民法で定められた相続人(法定相続人)が、最低限相続によって承継することが保障されている相続分を「遺留分」といい、遺留分を侵害されたときに、多くの財産を入手した人に対して財産を取り返すために行使されるのが「遺留分減殺請求権」です。
ところで、遺留分減殺請求権を行使する相手方、すなわち、請求先は、誰なのでしょうか。「遺留分を侵害している相手方」に行うのが原則ですが、「遺留分の侵害のされ方」も様々に異なるため、相手方・請求先が誰か迷う場合があります。
例えば、遺留分を侵害する生前贈与、遺贈(遺言による贈与)が複数行われ、相手方・請求先となりそうな「遺留分を侵害している人」が複数いるケースです。
今回は、遺留分を侵害され、不公平な相続を強いられた相続人が、遺留分減殺請求権を行使するときの相手方・請求先について、相続に強い弁護士が解説します。
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遺留分減殺請求権を行使する相手方・請求先とは?
遺留分減殺請求権は、相続人間に不公平が生じてしまうような生前贈与、遺贈(遺言による贈与)が行われたとき、兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子・孫、両親・祖父母など)がもつ、不公平を解消するために財産を取り戻す権利です。
しかし、遺留分を侵害されたとき、遺留分減殺請求権を行使する相手方・請求先は、誰でもよいわけではありません。遺留分侵害の原因となった、最も不公平を解消できる人が相手方となることとなっており、民法で次の通りルール化されています。
民法1033条(贈与と遺贈の減殺の順序)贈与は、遺贈を減殺した後でなければ、減殺することができない。
民法1034(遺贈の減殺の割合)遺贈は、その目的の価額の割合に応じて減殺する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
民法1035(贈与の減殺の順序)贈与の減殺は、後の贈与から順次前の贈与に対してする。
以上の民法の規定を理解することによって、実際に遺留分の侵害を受けている相続人が、どのような相手方に対して、権利行使の通知書(内容証明郵便など)を送ったらよいのかを判断することができます。弁護士が、順に解説します。
なお、遺留分減殺請求権は「相続開始を知った時から1年(もしくは、相続開始から10年間)」という消滅時効の定めがあり、権利行使に期限があります。権利行使の相手方・請求先を知らないうちに期限を過ぎてしまうことのないようご注意ください。
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遺留分減殺請求権を行使する相手方・請求先は誰?候補者は?
では、実際に、あなたが遺留分に関する権利を行使することを考えたときに、相手方・請求先となりうる候補の人ごとに、その判断基準を弁護士が解説します。
遺留分減殺請求権の相手方・請求先は、遺留分を侵害している生前贈与の受贈者、遺贈の受遺者などが原則です。
他方で、具体的な状況によっては、直接の侵害者ではない転得者などに請求できる場合や、遺言執行者など、特殊な立場にある人に対して権利行使の通知をしなければならない場合もあり、注意が必要です。
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共同相続人(きょうどうそうぞくにん)
「共同相続人」とは、相続人が複数いるときの、他の相続人のことです。相続人は、配偶者は必ず相続人となり、その他、子・孫、直系尊属(両親・祖父母)、兄弟姉妹の優先順位で相続人となります。また、子、両親、祖父母、兄弟姉妹などが複数いる場合もあります。
そのため、相続人は複数となることが少なくありません。
そして、相続人のうちの一部が、生前贈与や遺贈を受けたり、相続の割合を遺言で指定されていたりすることで、遺留分を侵害するほど多くの相続財産(遺産)を得ていた場合、その共同相続人は、遺留分減殺請求権の行使の相手方・請求先となります。
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受遺者(じゅいしゃ)
「受遺者」とは、遺贈(遺言による贈与)を受けた人のことです。相続人以外の人であっても、遺贈の対象である受遺者になることができます。
遺贈によって与えられた財産が多額になる場合、遺贈を受けられなかった相続人の遺留分が侵害されることがあります。遺贈は、生前贈与よりも優先的に遺留分減殺請求権の対象となりますので、受遺者が、権利行使の相手方・請求先となります。
譲受人(ゆずりうけにん)
「譲受人」とは、受遺者から、遺留分減殺請求権の対象となる財産を譲り受けた人のことです。遺留分減殺請求権を行使する前に、受遺者が目的物を第三者に譲渡してしまった場合、その財産を遺留分に関する権利行使で取り戻すことはできないのでしょうか。
この点について原則としては、譲受人は、遺留分減殺請求権の相手方・請求先とはならず、遺留分の権利は、受遺者に対して、価額弁償を請求するのみとなります。例外的に、遺留分を侵害することを知って譲り受けた譲受人は、遺留分減殺請求権の相手方・請求先となります。
なお、遺留分減殺請求権の行使の意思表示を受けた後で、受遺者が対象物を譲渡した場合には、先に登記を備えたほうが、その物に関する権利を得ます。
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遺言書に記載された財産が譲渡された場合の対応は、こちらをご覧ください。
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転得者(てんとくしゃ)
「転得者」とは、遺留分減殺請求権の対象となる財産を、譲受人から、さらに譲渡を受けた人のことです。
転得者も、譲受人と同様に、原則としては遺留分減殺請求権の相手方・請求先にはなりませんが、例外的に、遺留分を侵害することを知って譲り受けた場合には、遺留分減殺請求権の相手方・請求先となります。
転得者が存在するとき、遺留分を持つ権利者としては、受遺者、譲受人、転得者がそれぞれ遺留分減殺請求の相手方・請求先となり得ることとなり、判断が困難です。この場合、すべての候補者に対して、配達証明付内容証明郵便による意思表示を通知すべきです。
承継人(しょうけいにん)
「承継人」とは、遺留分減殺請求権の相手方・請求先の人を、その地位を包括的に承継した人のことをいいます。例えば、遺留分減殺請求権の相手方・請求先の人が、その後に死亡した場合の相続人が、「承継人」の典型例です。
遺留分減殺請求権の消滅時効は1年、除斥期間は10年ですが、相続開始をしらない遺留分権利者などがいた場合、時効が進行しない間に、遺留分減殺請求権の相手方・請求先の人がお亡くなりになってしまうこともあります。
そのため、「承継人」もまた、遺留分減殺請求の相手方・請求先になり得ます。
遺言執行者(いごんしっこうしゃ)
「遺言執行者」とは、遺言書を、その文言通りに執行するために選任される役職のことをいいます。遺言執行者もまた、遺言執行前であれば、遺留分減殺請求権の相手方・請求先となる場合があります。なお、遺言執行後は、遺言執行者に対して遺留分減殺請求はできません。
具体的には、遺言によって包括遺贈が定められている場合であって、いまだ遺言の執行が未了である場合に、遺言執行者が遺留分減殺請求権の相手方・請求先となります。包括遺贈とは、遺贈の目的物を特定せず、一部または全部を遺贈することです。
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遺留分減殺請求の相手方・請求先の判断方法・順序は?
以上の通り、遺留分減殺請求の相手方・請求先となり得る候補者についてご理解いただいた上で、次に、具体的に相続開始したとき(被相続人の死亡時)、誰に対して遺留分減殺をするかを知るための判断方法を、弁護士が解説します。
相手方・請求先がわかったら、次の順序で、遺留分の権利を行使し、実現する流れで進めてください。
ポイント
遺留分減殺請求権の通知(内容証明郵便)
話し合い(交渉・協議)
遺留分減殺請求調停(調停前置)
遺留分減殺請求訴訟
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生前贈与より、遺贈を先に減殺する
遺留分を侵害されており、生前贈与と遺贈とが両方存在するときに、どちらが遺留分侵害に寄与しているのか、どのように判断したらよいのでしょうか。
遺留分減殺請求権の考え方においては、生前贈与よりも、遺贈を優先して減殺請求の対象とするものと決められています。つまり、受贈者よりも先に、受遺者から遺留分減殺請求権の相手方・請求先にするのです。
遺贈をすべて減殺した(受遺者から相続財産を取り戻した)上で、まだ遺留分の侵害が残っている場合には、次に、生前贈与を減殺する(受贈者から相続財産を取り戻す)という順で進めます。
遺贈は、遺贈額の按分で減殺する
遺贈が複数ある場合には、その遺贈の価額に応じて、割合的に減殺することとされています。つまり、遺留分侵害額を、遺贈額で割って、その割合分だけの相続財産(遺産)を、それぞれの受遺者から取り戻せるというわけです。
ただし、例外的に、遺言による別段の意思表示がある場合には、これに従うものとされています。つまり、遺贈が複数あるけれども、その減殺の順序について遺言に定められているときは、遺言にしたがった順序で減殺請求の相手方・請求先としていきます。
生前贈与は、新しいものから順に減殺する
遺留分を侵害されているとき、生前贈与が複数あるときは、新しい生前贈与から古い生前贈与の順番で、遺留分減殺請求権の相手方・請求先としていきます。
これは、生前贈与はかなり昔になされたものも減殺請求権の対象となり得るため、古い贈与のほうが、新しい贈与のほうが、贈与の安定性を保護する必要が高く、逆に言うと、減殺されてしまうと、第三者を侵害する可能性が高いためです。
誰が相手方・請求先かわからないときは?
ここまでお読みいただければ、遺留分減殺請求権の請求先・相手方が誰で、どのような判断基準で選択すればよいか、ご理解いただけたのではないでしょうか。
具体的な状況によって異なりますが、「譲受人」や「転得者」など、その人に悪意があるかどうかによって相手方・請求先になるかどうかの結論が異なる場合には、念のため、配達証明付き内容証明郵便で、意思表示を伝えておくことがお勧めです。
少なくとも、自分が知らないところで生前贈与や遺贈がなされている可能性もありますから、知り得る共同相続人全てに対しては、遺留分減殺請求権を行使する意思表示を通知すべきです。
特に、「誰に生前贈与がされているかわからない」等、結局誰が遺留分減殺請求権の請求先・相手方かが不明な場合には、全ての候補者に対して通知を行う必要があります。
相続問題は、「相続財産を守る会」にお任せください!
いかがでしたでしょうか?
今回は、遺留分の権利を認められており、不公平な相続を強いられている方に向けて、遺留分減殺請求権の請求先・相手方をどのように判断したらよいかについて、弁護士が解説しました。
遺留分減殺請求権の請求先・相手方をきちんと理解し、正しい相手に対して権利行使の意思表示をしなければ、相手方を知らなかったり、間違えていたりする間に「相続開始を知ったときから1年」という消滅時効期間が経過してしまうおそれがあります。
「相続財産を守る会」では、遺留分減殺請求に関するサポート経験が豊富で、知識、ノウハウを有する弁護士が、あなたの不公平な相続を解消し、相続財産(遺産)を取り戻すお手伝いをします。