相続分の譲渡は、文字通り、相続分を他人に譲り渡すことをいいます。相続に関わりたくない気持ちが強いときや、煩わしい手続きを待たずに現金がほしいときに有効な手段です。
相続放棄と似たような機能を有していますが、両者は別個の制度であり、差異があるため区別が必要です。相続分の譲渡は、基本的に、譲りたい側と受け取る側の意思の合致によって成立します。特段の要式は必要ありませんが、譲渡の事実を証明するために書類を作成しておくべきです。
今回は、相続分の譲渡の基本からその方法、必要となる手続きについて解説します。相続分を譲渡できる期間は、相続開始から遺産分割の成立までの間に限られるので、メリット、デメリットをよく考え、できるだけ早めに決断しなければなりません。
相続分の譲渡の基本
まず、相続分の譲渡について、その意味や推奨されるケースを解説します。なお、共有持分の譲渡とは異なるので注意してください。
相続分の譲渡とは
相続分の譲渡とは、相続分を譲り渡すことをいいます。ここでいう「相続分」とは、遺産全体に対する共同相続人の割合的な持分のことで、遺産分割前の相続人としての地位を意味します。
相続分が譲渡されると、譲り渡した人(譲渡人)から譲り受けた人(譲受人)に相続分が移転します。その結果、譲渡人は相続する権利を失い、譲受人にその地位が承継されます。譲渡人は、多くの場合、その後の遺産分割の手続きに関与せずに済みます。
民法上、相続分の譲渡について定める規定はありませんが、「相続分の取戻権」について定める民法905条が「……その相続分を第三者に譲り渡したときは……」と規定することから、相続分は譲渡できることを当然の前提とすると考えられています。
相続分の譲渡の基本的な知識は、次の通りです。
- 相続分の譲渡の主体(譲渡人)
相続人には限られない。包括受遺者も相続人と同一の権利を有し(民法990条)、その相続分を譲渡することができる。 - 相続分の譲渡の相手(譲受人)
他の相続人でも第三者でも構わない。 - 相続分の譲渡の方法
譲渡人と譲受人との合意(契約)の成立により行われる。特別の方式や裁判所の関与はなく、他の共同相続人の同意も不要だが、口頭のみでなく書面で証拠に残すべき。譲渡の対価として金銭を受け取ることもできる。 - 相続分の譲渡の範囲
譲渡する相続分の範囲は、全部の譲渡でも、一部の譲渡でも可能。
ただ、いつでも相続分の譲渡ができるというわけではなく、相続の開始から遺産分割の成立までの間にしか行うことができません。多くのケースでは、遺産分割協議や、遺産分割調停、審判の間に、その解決策の一環として相続分の譲渡が起こります。
相続分の譲渡と相続放棄の違い
相続分の譲渡と同じく、相続分が変動する制度として「相続放棄」があります。「これ以上の相続に関与したくない」という希望を叶える手段としては共通しています。相続放棄がなされた場合、放棄した者は相続人とならなかったことになり、代襲相続も生じません。
ただし、相続分の譲渡と相続放棄には違いがあります。
相続放棄 | 相続分の譲渡 | |
---|---|---|
債務 | 相続放棄により債務も相続しない | 譲渡後も債務は相続する |
譲受人 | 放棄後は法定相続分による | 譲渡人が譲受人を自由に選べる |
手続き | 家庭裁判所に申述する方法による | 譲渡人と譲受人の合意による |
期間 | 相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内 | 相続開始から遺産分割が成立するまでの間 |
相続放棄の手続きについて
相続分の譲渡をすべきケース
相続分の譲渡をすれば、自分が遺産分割に関与せず、回避することができるようになります。逆に、譲渡した第三者を遺産分割に参加させることもでき、当事者を整理して相続の手続きを簡明にすることを目的とする場合もあります。
そのため、次のような希望のある場合、相続分の譲渡をすべきケースに該当します。
他方で、相続分の譲渡をすべきではなく、むしろ相続放棄をしたほうがよいケースもあります。例えば、次のような事情がある場合には、相続分の譲渡では目的を果たすことができません。
- 取得してプラスとなる財産よりも借金など債務額が大きい
- 特に譲りたい人がいない
- 誰かに遺産を独占させることでかえって争いを招く
相続分の譲渡の手続きと必要書類
次に、相続分を実際に譲渡するときの手続きと必要な書類について解説していきます。
基本的な流れは、譲渡するのが相続人であれ第三者であれ同じですが、第三者に譲渡したい場合の方が手続きが煩雑になる傾向にあり、注意を要します。
相続分譲渡証明書を作成する
相続分の譲渡をする旨の合意が形成できたら、譲渡した事実を「相続分譲渡証明書」として書面化します。相続人間で協議が整わないとき、遺産分割調停を裁判所に申し立てることになりますが、この書面があることで譲渡人は当事者として参加しなくてよくなります。
相続分を全部譲渡した相続人は「当事者となる資格を有しない者及び当事者である資格を喪失した者」として、家庭裁判所に手続から排除されます(家事法258条、43条1項)。この決定を受けるために、相続分譲渡証明書(印鑑証明書付き)の提出が求められます。
書面には、少なくとも次の点を記載しておかなければなりません。
- 譲渡人と譲受人の氏名および住所
- 被相続人の氏名
- 譲渡される相続分の範囲
- 条件(有償、無償)の内容
- 債務の取扱い
- 契約の効力発生時期
この書面は譲受人との間のトラブルを予防するためでもありますが、譲受人がその後の手続きを進めていくにあたっても必要です。
必要書類を準備する
相続分を譲渡した人は、遺産分割の手続きから排除されると説明しましたが、ただし、既に調停の手続が進行し、当事者として参加している場合は、調停から排除してもらう手続きが必要です。したがって、調停中の譲渡する場合は、「相続分譲渡証明書」以外にも次の書類を裁判所に提出する必要があります。
- 相続分譲渡届出書
- 即時抗告権放棄書
- 印鑑登録証明書
(譲渡人のものの原本)
即時抗告権をあらかじめ放棄しておくことで、家庭裁判所の決定が確定するのを早めることができます。不服申立期間が経過せずして、裁判所の決定を確定させ、権利の放棄を確たるものにする意味がある書面だからです。
相続分譲渡通知書を作成して他の相続人に通知する
相続分の譲渡に関しては、利害関係人が多いので通知をして混乱を防ぎます。「相続分譲渡通知書」を作成して他の相続人に内容証明郵便で通知してください。「誰が誰にどのくらい相続分を譲渡したのか」という事実が明らかになれば不都合はないので、文面は簡単なものでも構いません。
相続分の譲渡の場面では、取戻権が行使される可能性のある不確定な状態が続きます。早期に法律関係を確定させるためには、通知して行使するか否かの決断を迫る必要があります。
譲受人が財産を取得する
相続分の譲渡がなされると、譲受人が協議や調停に参加して、遺産が分割されます。
譲渡された財産を取得するには、不動産であれば名義変更が必要になったり(相続登記)、預貯金を引き出すために手続きが必要になったり(口座の名義変更)することがあります。譲受人のみならず譲渡人も手続きに関与しなければならないケースも多々ありますから、ケースに応じて対応するように注意してください。
登記の際には、一般的に必要とされる書類のほか、相続分譲渡証明書が必要です。遺産分割協議が成立しているときは、遺産分割協議書と印鑑証明書の提出も必要となります。
相続登記の手続きについて
口座の名義変更について
相続分の譲渡のメリットとデメリット
次に、相続分の譲渡のメリットとデメリットを解説します。譲渡をするか否かは、以下のメリットとデメリットも踏まえて、慎重に判断してください。
相続分の譲渡のメリット
まず、相続分の譲渡のメリットについて解説します。
譲受人を選択できる
相続分の譲渡の最大のメリットは、渡したい人に渡せる点です。
例えば、自身の親族が経済的に困窮していれば、相続分を譲渡して生計の資本を与えることができます。譲受人は相続人以外の第三者でもよいので、故人に扶養されていた内縁の妻に譲渡するといったことも可能です。自身の持分の範囲内なら自由に譲渡できるので、一部を譲渡したり、数人に譲渡したりするといった柔軟な扱いも可能です。
有償譲渡なら対価を得られる
相続分の譲渡は、有償譲渡なら対価を得られます。これにより、遺産分割を待たずに利益を現実化できるメリットがあります。
遺産分割は、もめると相当長い期間がかかることもあり、争続が激化すれば年単位の期間を要します。遺産が不動産である場合など、売却して現金化するのが困難なケースもあります。しかも、その間、戸籍を収集したり、公共機関に出向いたり、不動産仲介業者に依頼をしたりなど、手間と労力を掛けなければなりません。
相続トラブルに巻き込まれない
相続分の譲渡には相続トラブルを回避できるメリットもあります。相続分の全部を譲渡すれば、遺産分割の手続きに関与しなくてよくなるからです。相続は、良好だった間柄でさえ、大きな揉め事に発展させます。相続トラブルを機に、円満な家族関係にも亀裂が入ることはよくあります。渦中にいると相当なストレスでしょう。面倒事を避けたい相続人にとって、トラブルを回避できるのは大きなメリットです。
ただし、遺産分割調停に既に当事者として参加している場合は、相続分の譲渡を家庭裁判所に届け出て、手続きから排除する旨の決定を受ける必要がある点に注意してください。
相続人が減り遺産分割協議が円滑に進む
相続分の譲渡には、相続人を整理する機能があり、それによって遺産分割協議が円滑に進むメリットがあります。
遺産分割は、共同相続人間で合意を形成する手続きで、成立させるには相続人全員の同意が必要となります。遠方にいる場合や、仕事が忙しくスケジュール調整が難しい場合、遺産分割の進行を滞らせ、他の相続人に迷惑をかけるおそれがあります。相続分を譲渡すれば、こうした心配はいりません。また、話し合いは人数が多いほど収拾がつきません。意見を集約するには、利害の一致する共同相続人の相続分を譲渡によって集中させれば、手続きが迅速に進みます。
相続分の譲渡のデメリット
一方で、相続分の譲渡にはデメリットもあります。
相続分の譲渡後も債務は引き継ぐ
相続分の譲渡の大きなデメリットとして、譲渡後も債務を引き継ぐ点があります。
譲渡人は、たとえ相続分を譲渡しても、相続によって引き継いだ債務を免れることはできず、債権者から請求があれば、その求めに応じて履行しなければなりません。相続分の譲渡は相続人としての地位の移転を意味しますが、債権者の同意なく進めると、債権者の保護に欠けてしまいます。
この不都合を回避するために、実務的には、負債については譲渡人と譲受人が併存的に負担するものという扱いになっています。
相続税や贈与税、所得税がかかる
相続分の譲渡には、相続税や贈与税といった税金がかかる可能性があります。課税対象となるケースを場合分けして考えると、次の通りです。
【相続人が譲受人になる場合】
相続人間での相続分の譲渡となりますので、遺産分割の手続きにおける利益の移転と同視されます。
- 無償譲渡の場合
譲渡人には課税されません。相続分の譲渡によって相続人ではなくなるため相続税はかからず、無償での贈与について贈与税も所得税もかかりません。
譲受人には、相続したことによって相続税がかかります。無償で譲り受けたことによっても譲受人には贈与税はかかりません。 - 有償譲渡の場合
譲渡人について、譲渡対価分に対して相続税がかかります。
譲受人にも相続税がかかります。譲受人の相続税は、譲渡対価を支払っていることから、得られた遺産の額と譲渡対価との差額が対象となります。
【第三者が譲受人になる場合】
- 無償譲渡の場合
譲渡人には、たとえ相続分の譲渡をしたとしても相続税がかかります。
譲受人には、譲渡を受けた相続分に対する贈与税がかかります。 - 有償譲渡の場合
譲渡人には相続税がかかるほか、譲渡対価に対して譲渡所得税がかかります。
譲受人は課税されないのが原則ですが、著しく低い対価での譲渡を受けた場合には、贈与税を負担すべき場合があります。
以上をまとめると、次の表の通りです。
(譲受人が相続人・無償)
相続税 | 贈与税 | 所得税 | |
---|---|---|---|
譲渡人 | 非課税 | 非課税 | 非課税 |
譲受人 | 課税 | 非課税 | 非課税 |
(譲受人が相続人・有償)
相続税 | 贈与税 | 所得税 | |
---|---|---|---|
譲渡人 | 課税 | 非課税 | 非課税 |
譲受人 | 課税 | 非課税 | 非課税 |
(譲受人が第三者・無償)
相続税 | 贈与税 | 所得税 | |
---|---|---|---|
譲渡人 | 課税 | 非課税 | 非課税 |
譲受人 | 非課税 | 課税 | 非課税 |
(譲受人が第三者・有償)
相続税 | 贈与税 | 所得税 | |
---|---|---|---|
譲渡人 | 課税 | 非課税 | 課税 |
譲受人 | 非課税 | 非課税 | △ |
他の相続人から相続分の取り戻し請求をされる可能性がある
相続分の譲渡のデメリットの3つ目は、相続分の取戻権が行使される可能性がある点です。取戻権が行使されてしまうと、譲受人はせっかく受け取った相続分を喪失することになります。相続分の取戻権(民法905条1項)とは、第三者に対して譲渡した相続分を譲り受けることができるという他の共同相続人の権利です。
相続財産をめぐる法律関係に第三者が混在することで生じるトラブルの防止のために定められたものですが、権利行使されると、譲受人は、価額や費用が償還されるとはいえ、不利な立場に置かれます。行使の期間は1ヶ月以内と制限付きですが、一方的に行使可能なうえに、一人の共同相続人により単独で行使することも可能であり、行使のハードルは低いです。
譲渡を確実に成功させたいなら、事前に他の共同相続人の意向を確認しておく必要があります。
相続分を譲渡する際の注意点
最後に、相続分を譲渡する際に、注意点について重点的に解説します。
特定遺贈の場合は相続分の譲渡ができない
遺贈には、包括遺贈と特定遺贈の2種類があります。特定の財産を指定して贈与する遺贈に対し、特に財産の指定なく相続分の一部ないし全部を贈与する包括遺贈では、受遺者は相続人の立場を有することとなり、相続分の譲渡が可能です。
これに対し、特定遺贈の場合には、相続分の譲渡はできません。特定遺贈では、受遺者は個別の財産に対して権利を有するに過ぎず、相続分を有しないからです。
遺贈の基本について
相続分の無償の譲渡は特別受益となる可能性がある
譲渡人、譲受人がともに法定相続人の場合に、無償で相続分を譲渡すると、民法903条1項の「贈与」に該当し、特別受益として扱われるというのが裁判例の判断です(最高裁平成30年10月19日判決)。
その結果、自身の死亡によって開始される相続においては、譲受人に与えた特別受益について持戻し計算がなされ、その結果、譲受人が受け取れる遺産が少なくなるおそれがあります。特別受益にあたる場合、その価額を相続財産に持ち戻して法定相続分を計算し、そこから譲受人が既に得た利益を差し引いたものを具体的相続分として算出します。
こうした事情があるため、無償譲渡だと譲受人が他の共同相続人から特別受益であると指摘されて、トラブルに巻き込まれてしまうおそれがあります。
特別受益の基本について
遺産分割が終了すると譲渡できない
相続分を譲渡できるのは、遺産分割協議が成立するまでです。遺産分割が終了してしまうと譲渡はできなくなりますから、協議や調停中に譲渡するか否かを決めておかねばなりません。
遺留分や寄与分も譲渡される
相続分の譲渡により、遺留分や寄与分も譲渡されることになります。
したがって、譲渡を受けた後は、譲受人が、遺留分侵害額請求権を行使したり寄与分を主張したりすることができる一方で、譲渡人はこれらの権利ないし主張ができなくなります。これらのことから、譲渡人の当初の予測を超えて、譲受人が多額の財産を取得する可能性もあります。
錯誤による意思表示の取消しを主張して相続分の譲渡を取りやめることが可能なケースもありますが、遺産分割の手続きを混乱させてしまいます。そのため、譲り渡す前にこれらの権利行使も含め、どれほどの相続分が譲渡されるのかをよく見積もっておく必要があります。
遺留分の基本について
まとめ
今回は、相続分の譲渡について解説しました。
相続分の譲渡によって、譲受人は相続人として受けられる利益を享受できます。譲渡人としても、面倒な遺産分割の手続きから抜けることができ、争続のトラブルに巻き込まれず済むメリットがあります。せっかく遺産を得ても、話し合いが長期化するとすぐには費消することができません。相続分を譲渡し、対価として金銭を受け取れば、早期に利益を得ることが可能です。
ただし、相続放棄と異なり、譲渡後も債務を引き継ぐため、メリットばかりではありません。また、譲渡の対価として金銭を受け取ると課税関係が生じることがあり、第三者に譲渡した場合には他の相続人によって取戻権を行使されるおそれもあるので、慎重に進める必要があります。