遺言は、遺産をどう分けるか、生前に決める大切な手段。死後にも、遺言書の通り確実に手続きが進むためには、遺言執行者を定めるのが有効です。遺言執行者は、故人の最後の意思を後世に反映するため、遺言を執行する重要な役割を担います。必ず選任するものではないものの、遺言を円滑に進める役に立ちます。
遺言執行者は、遺言に記して選任するのが通例ですが、その際には、相続人との調整、財産の管理や分け方についての配慮など、正しく活用するための注意点が多くあります。また、2018年の相続法改正で、遺言執行者についてのルールが明確化され、法整備も進みました。
本解説では、遺言執行者を選任するメリットやその方法についてわかりやすく解説します。相続は、デリケートな問題が多く、遺言執行者の人選には配慮が必要です。将来の相続トラブルを防ぐため、遺言執行者についての知識を身に着け、賢い選択をしてください。
遺言執行者とは
遺言執行者とは、故人の最後の意思である遺言書を正確に実行し、遺産分割の手続きを円滑に進めるために指名される人のことです。
遺言執行者の役割
その役割は、遺志の尊重と、遺産の適正な分配を保証する重要なものです。遺言執行者は、遺言書に記載された指示に従って行動する義務を負い、残された財産の分配や債務の支払い、相続手続きといった業務を行います。特に、相続人間に争いがあって意見が一致せず、遺言の執行が思うように進まないとき、遺言を速やかに実現するのに、遺言執行者の力が役立ちます。
遺言執行者の権限
遺言執行者は、遺言の執行に必要となる一切の行為を行う権限を有します。遺言執行者の権利義務を定めた民法の条文は、次の通りです。
民法1012条(遺言執行者の権利義務)
1. 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2. 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3. 第六百四十四条、第六百四十五条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。
民法(e-Gov法令検索)
遺言執行者の権限は、遺言によって与えられるものです。次のようなものが一般的です。
【遺言執行者のできること】
- 相続人の確定
- 相続財産調査と負債の調査
- 相続財産目録の作成
- 貸金庫の解錠、解約、金庫内の物品の取り出し
- 故人の債務の精算
- 預金の口座の名義変更、払戻し
- 株式の名義変更
- 車両の名義変更
- 不動産の相続登記
- 企業品の保管
- 寄付行為
- 子の認知
- 相続廃除
- 保険金の受取人変更
- 復任権(第三者に職務執行を任せる権利)
※ 2018年の相続法改正で、相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)があれば遺言執行者が単独で相続登記の申請ができること、同じく相続させる旨の遺言により遺言執行者が預金の払戻しを申請できることが明記されました。これにより遺言執行者の権限が明確化されたことおから、遺言執行者を定めておく方が相続手続きがスムーズに進み、かつ、相続人間の争いを避けることができます。
【遺言執行者のできないこと】
- 相続税の申告・納付
遺言執行者の立場は、相続人から独立しており、相応に強いものです。あくまで遺言者のために執行するのであり、相続人とは利害が対立することもあります。そのため、遺言の作成時には信頼できる人物を指名する必要があり、その人選には細心の注意を払うべきです。一方で、数ある手続きのうち重要性の高い「相続税の申告・納付」は相続人の義務であり、遺言執行者が進めることはできない点に注意が必要です。
また、そもそもの前提として、遺言が法的な要件を満たした有効なものである必要があり、遺言能力が欠如していたり形式不備があったりすると、いくら遺言執行者を選任したとしても遺言そのものが無効になってしまいます。
遺言書の基本について
遺言執行者を選任するメリット
遺言執行者を選任することには、相続における多くのメリットがあります。遺言執行者は、故人の意向を伝えるための重要な役割を持ち、相続手続きをスムーズに進めるキーパーソンです。
遺言執行者を選任するかどうかを決めるのは遺言者ですが、家族もまた、将来の遺言の執行に不安のあるときには、遺言執行者を決めておくよう進言するのがよいでしょう。例えば、多額の遺産があるときや、換価の難しい不動産が遺産になる可能性の高いケースなどでは、遺言執行者を選任するのに向いています。
相続手続きを効率よく進められる
遺言執行者は、遺言の指示に従って行動し、相続手続きを効率よく進める助けになります。特に、弁護士などの専門家を執行者にした場合には、面倒な事務手続きに慣れており、法律知識と経験を活かしながら業務を進めることができます。
相続人が、相続をどう進めてよいか迷うとき、遺言執行者はその指導役となり、手続きを迅速に進める役に立ちます。
透明性が確保される
遺言執行者が、相続のプロセスを監督することによって、透明性が確保される点もメリットの1つです。相続人が好き勝手に進めてしまうと、悪意をもった相続人の行為によって不公正な分配が起こってしまうことがあります。遺産隠しや独り占めを防ぐのも難しい場合があります。
遺言執行者が資産を適切に管理すれば、執行の間、相続人はその業務を妨げることができません。その結果、透明性が確保され、遺族間の信頼の維持にも繋がります。
トラブルを回避できる
遺言執行者を選任することには、相続についての紛争を予防できるメリットもあります。遺言執行者は、相続人とは独立した中立的な立場で遺産の管理と分配をするため、遺族間の紛争に影響されることなく、遺言を確実に実行できるからです。また、弁護士であれば、起こり得る法的なトラブルを予想し、リスクを減らす努力をすることができます。
このような遺言執行者の働きにより、遺志の忠実な実行が果たされます。
遺産分割がもめる理由について
遺言執行者を選任する方法
遺言執行者の選任は、遺言で生前にする方法と、家庭裁判所に選任を申し立てる方法の2つがあります。各選任方法について、ステップで解説します。
遺言者が遺言で選任する方法
遺言で選任する方法の手順は、次の通りです。亡くなる前に、生前対策の一環として、遺言書に書くことで遺言執行者を選任します。
候補者の特定
遺言執行者の候補者を選定します。遺言者からの信頼があり、将来確実に遺言を執行してくれる人で、遺言者よりも長生きする可能性の高い人にしましょう。また、法律と財務の知識を理解し、責任感のある人が適任です。
候補者への打診
遺言者のなかで候補者が決まったら、重要な役割を引き受けることができるか候補者に打診します。弁護士など専門家に任せる場合は、法律相談で依頼の意思を伝え、費用の見積もりをもらいましょう。
遺言書への記載
候補者が遺言執行者を務めることに同意したら、遺言書にその旨を記載し、遺言執行者を選任します。遺言の記載は、候補者の氏名や住所などによって明確に特定した上で「遺言執行者に選任する」と書けば足ります。また、遺言執行者に実現してほしい意向を具体的かつ明確に書いておくと効果的です。
相続人が家庭裁判所に選任を申し立てる方法
遺言で選任されていない場合にも、相続人が家庭裁判所に申し立てをすれば、遺言執行者を選任してもらうことができます。この場合の手続きの流れは、次の通りです。
- 選任申立てができる人
相続人、受遺者、債権者などの利害関係人 - 申立先
遺言者の最終住所地を管轄する家庭裁判所 - 申立ての必要書類
申立書、遺言者の死亡の記載のある戸籍謄本、遺言執行者候補の住民票、遺言書、利害関係の分かる資料(戸籍など)、相続関係説明図 - 申立てにかかる費用
800円分の収入印紙、連絡用の郵便切手代
遺言執行者の選任は、遺産管理のプロセスにおいて非常に重要なステップです。適切な選任が行われれば、遺言の実行はスムーズに進み、遺志が尊重され、遺族間の紛争が最小限に抑えられます。
遺産が多いなど遺言の執行の負担が大きい場合や、遺言があることによってかえって相続人の対立が深まっているような場合(特に、相続廃除を主張したい場合など)、遺言執行者の選任を申し立てて、利害関係にない第三者や専門家にその執行を任せるのが有益です。
相続に強い弁護士の選び方について
遺言執行者による遺言の執行と義務
次に、実際に開始した相続において、遺言執行者が行う遺言の執行の流れと、その際に負うべき義務について解説します。遺言執行者に選任された方は、参考にして抜かりなく進めてください。
遺言者への通知
遺言執行者は任務を開始後に遅滞なく、相続人全員に遺言の内容を通知しなければなりません(民法1007条2項)。遺言を知らないまま進むのを避ける趣旨です。
遺言の執行
相続人は、遺言の執行を妨げてはなりません。
執行終了の通知
相続人から請求があったときや、執行の終了時にも、遺言執行者は相続人全員に対して職務の内容や結果についての通知をする義務があります。
遺言執行者は解任することもできる
遺言執行者の職務の重要性からして、法律に定められた義務を果たさない場合には、相続人は遺言執行者を解任することもできます。解任を希望する場合は、家庭裁判所に対し、遺言執行者の解任を求める審判を申し立てます。
遺言執行者の解任を申し立てるには、利害関係人全員の同意が必要です。遺言執行者は、一部の相続人にとって有利な遺言を執行する場合には、その相続人と対立するのは当然であり、自分にとって不利益だからといって解任が自由にできるわけではありません。
例えば、次のような理由があるときには、解任が認められやすいです。
- 遺言執行の義務を果たさない
- 相続人全員への通知を行わない
- 遺産を使い込んだ
- 連絡がとれず、行方がわからない
- 遺言執行者の報酬が高すぎる
- 相続人と利害関係のあることが明らかになった
解任が認められた後に、再度選任の申し立てをすれば、別の人を遺言執行者にしてもらうこともできます。
遺言執行者の報酬
遺言執行者の報酬は、遺言で指定されている場合はその指示に従います。弁護士が遺言を執行する際は、次のように旧日弁連報酬基準に基づいて決めるケースが多いです。
【基本】
請求額 | 遺言執行手数料 |
---|---|
300万円以下 | 30万円 |
300万円を超え3,000万円以下 | 2%+24万円 |
3,000万円を超え3億円以下 | 1%+54万円 |
3億円を超える場合 | 0.5%+204万円 |
【特に複雑又は特殊な事情がある場合】
弁護士と受遺者との協議により定める額
【遺言執行に裁判手続きを要する場合】
遺言執行手数料とは別に、裁判手続きに要する弁護士報酬を請求できる。
また、遺言で定められていない場合にも、適正な対価を受け取る権利があります。
遺言に定めのないときは、遺言執行者は、相続開始地の家庭裁判所に対して、報酬付与の審判の申立てをすることができます。この申立てをすると、裁判所が遺言執行者の状況や、遺産の複雑者、執行者の負担などを考慮して報酬額を算定し、その金額を遺産から得ることができます(なお、審判確定後は、特段の事情のない限り報酬額を争うことはできないと考えられています)。
なお、遺言執行者の報酬の他に、遺言を執行するには、必要となる戸籍の収集や、相続財産目録、相続関係説明図の作成費など、様々な実費が執行費用としてかかります。
遺言執行者についてよくある質問
最後に、遺言執行者についてのよくある質問に回答しておきます。
誰が遺言執行者になれる?
遺言執行者は、遺言のなかで自由に指定できます。信頼できる人なのが大前提ですが、親族である必要はなく、友人にお願いすることもできますし、弁護士など専門家に依頼するケースも少なくありません。ただ、遺言者より先に亡くならない方を選びましょう。
遺言執行者がいる場合、遺言と異なる遺産分割はできる?
通常、遺言があっても相続人全員の同意により異なる分割が可能です。しかし、遺言執行者がいる場合はその同意も必要で、勝手な処分は無効になる危険があります。ただ、相続人全員が真意から同意すれば、遺言執行者も同意してくれる可能性が高いです。
まとめ
今回は、遺言執行者の役割やメリット、選任方法を解説しました。
遺言の執行は、亡くなった方の遺言による遺志を、適切に実現するのにとても重要です。そのなかで、遺言執行者は強い権限と、それに伴う責任を有する大切な役割を担います。遺言で選ぶ際には、将来の支障とならないよう、信頼できる方や専門家を選ぶようにしてください。
また、自身が遺言執行者に選任されている方は、相続が開始したときは、本解説を参考にして、適切な執行を心がけるようにしましょう。正確に遺言を実行することは、相続争いを最小限に押さえるにも不可欠です。必要であれば、弁護士のサポートを受けながら進めることもできます。