遺言能力とは、遺言を有効に行うことができる能力のことをいいます。相続の生前対策で、「遺言を残しておいた方がよい」というアドバイスをよく受けるかと思います。しかし、遺言能力のない状態で残した遺言書は、無効です。
せっかく相続税対策、揉めない遺産分割対策などの目的で残した遺言が無効となってしまわないためにも、遺言能力があるかどうか、の判断基準をしっかり理解してください。特に、認知症にり患してしまった後の遺言書作成には要注意です。
また、相続人の立場でも、不利な遺言が残っているとき、「遺言能力のない状態で作成された、無効な遺言なのではないか?」という検討を忘れず行ってください。
今回は、遺言能力について、相続に強い弁護士が解説します。
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遺言能力とは?
遺言能力とは、遺言を有効になしうる能力のことをいいます。遺言能力がある場合とは、遺言の内容をきちんと理解し、判断できる能力があることをいいます。
遺言の内容がどのようなものか、どのような効果を生むかを理解することができないのに記載した遺言が、有効にその人の効果を及ぼすとすると、遺言者の生前の意思を遺産分割に反映するという遺言の趣旨に反するため、遺言能力のない状態で書いた遺言は無効です。
遺言能力については、民法で定められています。
遺言能力がない人とは?
遺言能力は、形式的な判断(年齢など)と、実質的な判断(「事理弁識能力」があるかどうか)の2点から判断されています。
そのため、形式的な基準を満たしていない場合には、明らかに遺言能力がないことがすぐにわかりますが、形式的な判断基準を満たしている場合には、実質的な判断基準を満たしているかどうかの判断は微妙な場合があります。
そこでまず初めに、「遺言能力がないのではないか?」と疑問をもって検討すべき類型の人について、弁護士が解説します。
未成年者による遺言
未成年者によって作成された遺言の有効性が問題となることがあります。通常の契約などの場合には、未成年の場合、財産に関する行為を行うときには親の同意が必要であり、親の同意がなければ取消すことができるためです。
しかし、遺言の場合には、「未成年であるかどうか」は、遺言の有効性には関係がありません。遺言は、本人の意思が尊重されるため、遺言の内容と効果をしっかり理解していれば、未成年であっても遺言を残せるようにすべきだからです。
遺言の有効性は、次に解説するとおり「満15歳以上であるかどうか」で決まります。満15歳以上の子が残した遺言は有効であり、満14歳以下の子の残した遺言は無効です。
高齢者による遺言
高齢者による遺言が有効かどうかを調べるときに注意しなければならないのが、その高齢者が、遺言作成当時、認知症をはじめとした疾患にかかっていなかったかどうかです。認知症にかかっていると、遺言の内容や効果を理解する能力がないと考えられるからです。
お亡くなりになった方の遺言が発見されたとき、遺言を作成した時点でも既に高齢であったという方は少なくありません。この場合、まずはカルテ、看護記録、診断書などを主治医からとりよせ、当時の健康状態、病状などを調査しなければなりません。
精神疾患者による遺言
年齢が高齢でなくても、精神疾患などを患っている場合にも、遺言能力が疑問視され、遺言が無効と判断されることがあります。
ただ、精神疾患にかかっているからといって、すぐに遺言書が無効と判断されるわけではありません。精神疾患だったとしても、遺言の内容や効果を理解できるだけの判断能力があれば、有効に遺言を残すことができ、故人の意思を尊重すべきとされるからです。
遺言が無効かどうかの判断基準は?
遺言書を書くためには、遺言能力が必要であり、遺言能力のない人による遺言が無効であることをご理解いただけたでしょうか。そこで次に、民法で定められた、遺言能力の基準、すなわち、「遺言が無効かどうか」の判断基準について、弁護士が解説します。
遺言が無効と判断されたときは、遺言が存在しない場合と同様に、法定相続分にしたがって遺産分割協議によって遺産の分配割合を話し合いで決めることになります。寄与分、特別受益などを主張する相続人がいる場合には、遺産分割協議が揉める危険もあります。
遺言能力の判断基準はとても難しいです。絶対の基準があるわけではありません。ケースバイケースの判断となるため、遺言能力について不安があるときは、事前に弁護士にご相談ください。
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【条件①】満15歳以上であること
民法961条では、満15歳に達した人であれば、有効に遺言を残すことが出来ると定められています。つまり、未成年であっても、満15歳以上であれば遺言を残せます。他方で、満15歳未満の場合、どれほど頭が良くても、遺言を残すことができません。
満15歳未満の場合には、親の同意があっても遺言はできず、逆に、満15歳を超えた場合には、親であっても子の遺言を取り消すことはできません。要は「成年に達しているかどうか」という遺言書以外の契約書などの有効性の判断と、遺言の有効性の判断基準は違うということです。
また、遺言は本人が作成しなければならず、たとえ両親など、未成年者の親権者であっても、子の代わりに遺言を残すことはできません。これを「遺言代理禁止の原則」といいます。
注意ポイント
満15歳以上の年齢の場合には必ず遺言能力があり、必ず遺言が有効かというとそういうわけではありません。
たとえば、この解説でも説明する認知症にり患している場合のほか、精神疾患にかかっているなどの理由で、正常な判断ができない場合には、満15歳以上の年齢であったとしても遺言能力がない場合もあります。
【条件②】事理弁識能力があること
遺言能力を認められて、有効に遺言を残すことができるためには、事理弁識能力が必要とされています。この能力は、遺言の内容と、その遺言に基づく法的効果を、弁識、判断するに足りる能力であると考えられています。
この事理弁識能力があるかどうかの判断は、裁判例でも様々な議論がされていて、特に難しい要件です。主に、精神医学的な観点だけでなく、遺言の内容が簡単か複雑か、遺言の内容が自然かどうか、といったことも考慮要素となります。
精神医学的な観点で参考となるのが、カルテ、診断書、看護記録、行動記録など、医療機関に保管されている証拠です。そして、医師の判断と共に、「長谷川式簡易知能評価スケール」という基準がよく利用されます。
事理弁識能力があるかどうかの判断には、遺言の内容も関係してきます。遺言の内容や効果が簡単なものであるほど理解しやすく、必要となる判断能力は低くても十分理解できると考えられるからです。
また、遺言の内容や、遺言作成の理由などが自然なものであるかどうかも重要です。人間関係の深い親しい人に財産を残す内容はごく自然ですが、人間関係の浅く遠い人に莫大な財産を残す内容の遺言は不自然であり、理解力の欠如から作成された無効な遺言の可能性もあるからです。
【条件③】(成年被後見人の場合)医師2名の立会い
成年被後見人の遺言能力については、民法で特に次のとおり定めがあります。成年被後見人の場合には、判断能力が非常に低下していることが明らかであるため、特に注意が必要です。
成年被後見人とは、家庭裁判所に対する申立てによって、成年後見人を選任された人のことをいいます。
民法973条(成年被後見人の遺言)1.成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
2.遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。
したがって、成年被後見人の場合には、事理弁識能力が回復した状態で遺言を作成するという以外に、医師2名以上の立会いと、医師による署名押印という形式的な要件が付け加わっており、これを満たさなければ、成年被後見人の遺言は無効です。
被補佐人、被補助人には、成年被後見人の遺言についての規定は適用されませんので、事理弁識能力があれば遺言能力を認められ、被保佐人、被補助人は有効に遺言を残すことができます。
遺言が無効になったらどうなる?
ここまで解説してきた遺言能力の判断基準にしたがって、作成当時の遺言者に遺言能力がないのではないか、と考える方は、まずは、話し合いで解決できないかを試します。この話し合いは、遺産分割協議と同様の内容となります。
なお、遺産分割協議において、遺言にしたがわずに別の分け方をすることを、相続人全員が合意したときは、遺言とは異なる分け方が遺言で禁止されていない限り、遺産分割協議に基づく財産の分配をすることができます。
話し合いでは解決しない場合(遺言が有効なほうが都合がいい相続人がいる場合など)には、「遺言無効確認訴訟」を起こし、遺言の無効を争うことになります。
遺言が無効であることが明らかとなった場合の遺産分割の方法は、遺言が存在しない場合と同様です。つまり、遺産分割協議によって、改めて遺産分割の方法や割合を話し合う必要があるということです。
遺言能力のない人が、遺言を残す方法は?
まず、遺言能力のない人のうち、満15歳未満の人は、どのような方法でも遺言を残すことができません。これに対して、満15歳以上の人は、「遺言書を書いたとき」に遺言能力があると判断されれば、有効に遺言を残すことができます。
このためには、認知症、精神障害などによって判断能力が著しく低下している人が遺言を残すためには、成年後見人を選任するなどの方法はもちろんのこと、これに加えて、医師の立会いによる証明などの方法を用いるのが一般的です。
最後に、遺言能力があるかどうか不安な方、遺言能力を争われそうな状況の方が、できるだけ有効に遺言を残すための方法について、弁護士が解説します。
遺言能力を争われるケースとは?
「認知症っぽいけれど、遺言能力はありそう」など、微妙なケースも多くありますが、遺言を残すことは、後の遺産分割協議でトラブルの火種になることもあります。遺言書が自分にとって不利な相続人が、遺言能力を争ってくる可能性があるからです。
よくある相続相談
- 仲の悪い兄弟が、私に不利益な遺言を残すよう、母をそそのかしたのではないか。
- 結婚をして家を出た後、同居していた兄弟が無理やり遺言書を書かせたのではないか。
- 母親は、私が面倒を見なかったことについて特に責めなかったが、遺言書は私に不利な内容となっている。
このような場合に備えて、遺言能力があるかどうかの判断が微妙なケースでは、万が一のため、細心の注意を尽くしておいた方がよいです。
遺言能力を証明するポイント
遺言能力が争われるときには、話し合いで解決できないときには、最終的には「遺言無効確認訴訟」という訴訟によって、裁判所の判断が下されます。そして、裁判所の判断は、証拠に基づいて判断されます。
したがって、遺言能力に不安のある方が、できるだけ将来に有効と判断してもらいやすい遺言を作成するためには、例えば次のような証拠化に気を付けて遺言書を作成するのがよいでしょう。
ポイント
- 遺言書作成前後の行動、言動を書面によって証拠化する
- 遺言書作成当時の診断書、カルテ、看護記録
- 遺言書を作成した経緯が自然であることを示す、遺言書作成の理由を証拠化する
- 遺言書作成時に、医師の立会いを求める
- 遺言書作成時の様子(公証人の質問に対する受け答えの状況など)を録音、録画する
公正証書遺言であって、公証人と弁護士の立会いのもとで作成したとしても、やはり「遺言能力がないのではないか」という争いは起こりえます。遺言書を発端とした「争続」を回避するために、遺言作成前に、すべての相続人とお話し合いをすることも検討してください。
相続問題は、「相続財産を守る会」にお任せください!
いかがでしたでしょうか?
今回は、遺言能力、つまり、遺言を有効に残すことができる能力について解説しました。
遺言能力は、遺言を残す側にとって、遺言を残したことが後世に禍根を残すこととならないようにするために、遺言を残される側にとって、発見された遺言が有効なものかどうかを判断して公平な遺産分割をするために、ぜひ理解しておいていただきたい考え方です。
「相続財産を守る会」の弁護士は、遺言能力に疑問・不安のある方の遺言書作成のお手伝いを積極的にサポートしています。また、発見された遺言が自身に不利なものであった場合に、「遺言能力を争いたい」という方の相続相談もお任せください。ご相談から親身にお受けしています。