遺言書においてひんぱんに登場するのが、「不動産は妻に相続させる」、「A銀行の預金は長男に相続させる」といった、「~を相続させる」という言葉です。このような内容の遺言は「相続させる旨の遺言」と呼ばれます。
遺言書において特定の財産を特定の方に与える方法には、「遺贈(いぞう)」もあります。正確には、特定の財産を与える遺贈は、「特定遺贈」と呼びます。
では、「相続させる旨の遺言」と「遺贈」は、どのように違うのでしょうか。遺言書において「相続させる」と書いた場合に、どのような意味があるのでしょうか。
遺言をのこされる方は何気なく「相続させる」という言葉を使いがちですが、その意味を正しく知らなければ、思い描いた相続を正しく実現することができなくなる可能性があります。
そこで今回は、この「相続させる旨の遺言」の基礎知識と、「遺贈(遺言による贈与)」との違いについて、相続に強い弁護士が解説します。
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「相続させる旨の遺言」とは?
相続させる旨の遺言とは、特定の財産について、特定の相続人を指定して、遺言書の文言に「相続させる」と記載する遺言のことをいいます。
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特定の財産を、特定の相続人に「相続させる」
「特定の財産」を指定するのではなく、「相続割合」を指定して、「長男に遺産の2分の1を相続させる」等と遺言書に書くことも可能ですが、この遺言は、特定の財産を与えるものではないため、「相続させる旨の遺言」ではありません。
また、相続人以外の方に財産を与える行為は「遺贈」であって、相続させる旨の遺言ではありません。
「相続させる旨の遺言」の効果
まずは、相続させる旨の遺言があると、相続手続においてどのように扱われるかを簡単にご説明します。
例えば、「A不動産を長男に相続させる」という、不動産を相続させる旨の遺言の事例では、以下のように扱われます。
ポイント
相続発生(=遺言者の死亡)と同時に、遺産分割協議や家庭裁判所の審判を経ずに、遺言で指定された相続人(受益相続人といいます)が、その遺産を確定的に取得する。
相続させる旨の遺言の対象となった不動産については、遺言で指定された相続人が単独で相続登記を申請できる。
遺言で指定された相続人(受益相続人といいます)は、登記がなくとも第三者に対して所有権を取得したことを対抗できる。
「相続させる旨の遺言」と遺贈の6つの違い
相続させる旨の遺言がどのようなものかを理解していただいたところで、次に、遺贈(特定遺贈)による相続と、どのように違うのかを、ポイントごとに弁護士が解説します。
相続させる旨の遺言 | 遺贈 | |
---|---|---|
財産を与える相手 | 相続人のみ可能 | 相続人・相続人以外いずれも可能 |
相続登記 | 単独登記できる | 相続人全員の同意が必要 |
賃貸人の同意 | 不要 | 必要 |
第三者対抗要件 | 不要 | 必要 |
財産を放棄する方法 | 相続放棄のみ可能 | 個別の遺贈ごとに放棄可能 |
農地法上の許可 | 不要 | 必要 |
「財産を与える相手」の違い
「遺贈」は相続人、相続人以外のいずれに対してもできますが、「相続させる旨の遺言」では、相続人に対してしか相続財産(遺産)を移転することができません。
つまり、相続人以外の方に特定の財産を与える場合には、遺贈をするしかありませんが、相続人に特定の財産を与える場合には、相続させる旨の遺言を用いる方法と、遺贈をする方法とがあります。
「単独登記ができるかどうか」の違い
相続財産(遺産)の中に、お亡くなりになった方の不動産がある場合には、その財産を引き継いだ方は、自身の権利を確保するために、登記をする必要があります。これを「相続登記」といいます。
「相続させる旨の遺言」の場合には、その遺言で権利を与えられた相続人(これを受益相続人といいます)が、単独で(他の人の協力なしで)、登記申請することができます。
遺言書に、遺言執行者が指定されている場合であっも、「相続させる旨の遺言」の対象となった不動産については、登記申請する権限が遺言執行者にはありません。
これに対して、「遺贈(特定遺贈)」の場合には、遺贈を受けた方(受遺者といいます)が単独で登記申請することはできません。
そのため、遺贈の場合には、受遺者をのぞく相続人全員の協力が必要ですが、法律上、相続人は、遺贈による相続登記に協力しなければないこととなっているため、協力が得られない場合は、裁判で登記を求めることが可能です。
遺贈の場合は、遺言執行者がいる場合には遺言執行者の協力が必要です。遺言執行者がいない場合には、受遺者をのぞく相続人全員の協力が必要です。
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「賃貸人の同意が必要かどうか」の違い
不動産(土地・建物)を賃貸していた場合には、その賃借権(賃借人としての権利)も相続の対象となります。賃借人が死亡した場合でも、賃貸借契約が当然に終了するわけではありません。
賃借権を譲渡する場合には、賃貸人の同意が必要なため、賃借権を「遺贈(特定遺贈)」した場合には、賃貸人の同意を得る必要があります。
これに対して、賃借権を「相続させる旨の遺言」をした場合には、「譲渡」ではなく「相続」と扱われますので、「相続」によって権利を引き継ぐ場合は、一般的に、相手方の同意は不要です。
「対抗要件が必要かどうか」の違い
「相続させる旨の遺言」によって、「相続」により不動産に関する権利を引き継ぐと、対抗要件(不動産登記)を備えなくとも、第三者に対して権利を主張することができます。
これに対して、「遺贈(特定遺贈)は、売買や贈与などと同様に、通常の取引行為と扱われます。
そのため、「遺贈(特定遺贈)」で不動産(土地・建物)を取得した場合には、所有権移転登記をしなければ、その不動産についての権利を第三者に対して主張することができません。
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「財産を放棄する方法」の違い
民法は、「遺贈(特定遺贈)」を受けた人は、その人の希望によっていつでも遺贈を放棄することができると定めています。そのため、他の相続人との兼ね合いや、受遺者の希望で、遺贈された財産を受けとる権利を放棄できます。
これに対して、「相続させる旨の遺言」の場合、遺言書の中で「××不動産をAに相続させる」と書かれていると、Aは、その指示に従って不動産を相続するか、あるいは相続そのものを放棄(相続放棄)するかの選択しかできません。
「その不動産はいらないが、相続はする」という選択は、原則としてできません。ただし、例外として、相続人全員が遺産分割協議で合意できれば、その不動産を受け取らずに相続をすることも可能です。
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「農地法上の許可が必要かどうか」の違い
農地法3条は、農地について所有権を移転する場合には、農業委員会の許可を受けなければならないことを定めています。
しかし、農地を「相続させる旨の遺言」によって相続人に与える場合には、この許可は不要です。
また、「遺贈(特定遺贈)」の場合も、相続人に遺贈する場合には、許可は不要です。条文上は、一見すると許可が必要そうに見えますが、裁判所がそのように判断しています。
他方で、相続人以外の者に、特定の農地を遺贈する場合(=農地を特定遺贈する場合)には、農地法3条の許可が必要です。
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財産を与える相手が先に亡くなった場合の取扱いは?
相続人となるはずの人が、被相続人よりも先に亡くなっていたときに、相続人の子が代わりに相続することを「代襲相続」といいます。「代襲相続」の状況が起こったときの「相続させる旨の遺言」と「遺贈(特定遺贈)」の取扱いについて解説します。
「遺贈(特定遺贈)」の場合でも、「相続させる旨の遺言」の場合でも、代襲相続人が相続財産(遺産)を受け取ることにはなりません。
遺贈については、「遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない」と民法にはっきりと書かれています。したがって、遺言によって「相続させる」と書かれた相続人が、遺言者より先に亡くなれば、遺贈は無効となります。
「相続させる旨の遺言」についても、最高裁判所の判例により、「受取人(受益相続人)が先に死亡した場合でも、その代襲者に相続させる意思である」ことが分かるような特段の事情がない限りは、その遺言の定めは無効となります。
注意ポイント
とはいえ、相続人や受遺者が先にお亡くなりになることもあり、「子どもが先に亡くなっても孫にあげたい」という意思の場合も多いものです。
このような場合には、「遺贈(特定遺贈)」であっても「相続させる遺言」であっても、その旨を定めておく必要があります。例えば「子どもが先に亡くなった場合には、孫に遺贈する」といった具合です。
「相続させる旨の遺言」メリット・デメリット
相続させる旨の遺言の場合と、遺贈をする場合との違いを見てきました。
まとめると、遺贈(特定遺贈)と比べた場合の、相続させる旨の遺言のメリットとしては、以下の点があげられます。
「相続させる旨の遺言」のメリット
- 受益相続人が単独で登記申請できる(不動産が対象の場合)
- 賃貸人の同意が不要(賃借権が対象の場合)
- 対抗要件なしで第三者に権利を主張できる
反対に、相続させる旨の遺言のデメリットとしては、次の点があげられます。
「相続させる旨の遺言」のデメリット
- 相続させる旨の遺言の対象となった財産について受取りを拒否するためには、相続放棄自体を拒否するか、他の相続人全員の同意を得て遺産の分け方を変える必要がある
相続対策は「相続財産を守る会」の専門家にお任せ下さい!
いかがでしたか?
今回の記事では、財産を特定の方に与えるという単純な行為でも、「相続させる旨の遺言」や「遺贈(特定遺贈)」など、取扱いの異なる複数の選択肢があることがおわかりいただけたと思います。
遺言書の作成は、簡単なようにも見えますが、正しく作成しようと思うと専門的な知識が必要となります。あなたの「想い」を実現するために、遺言書の作成の際には、専門家に相談されることをおすすめします。
遺言書の作成を含む相続対策は、「相続財産を守る会」の弁護士に、ぜひ法律相談ください。