遺言書を勝手に作成されてしまったとき、どう対処すれば良いでしょうか。相続人間では勝手に作成されたのが明らかでも、その者が認めない限り争う必要があります。そして、最終的には勝手に作成された事実を第三者である裁判官に証明しなければ、有利な解決は望めません。
本解説では、遺言書を勝手に作成される状況にどのような例があるか紹介し、具体的な対処法を解説します。勝手に作成するという横暴を許さないために、相続人から除外したり、懲役刑を求めたりする手段もあることをご理解ください。
遺言書を勝手に作成されたと悩む方は、ぜひ弁護士のサポートを受けながら本解説を実践し、公平な相続や遺産分割を実現してください。
遺言書を勝手に作成される状況とは
遺言書を勝手に作成される状況として、大きく分けて次の2つがあります。
どちらも遺言そのものが無効になる原因となります。よくあるケースから稀な場面まで、裁判例も交えて幅広く紹介するので、遺言書が無効だと主張できるかどうかの参考にしてください。
本人が書いたのではない場合
亡くなった方(被相続人)本人が書いていない自筆証書遺言は無効です。自筆証書遺言は、目録以外の全文を自書することが要件とされており、たとえ本人の同意があったとしても代筆は認められていません。本人が書いていない自筆証書遺言は、いわゆる偽造された遺言書であり、効力を有しないのは当然です。例えば、次のようなケースがあります。
- 同居中の親族が勝手に被相続人名義の遺言書を書いた
- 実印を悪用して、自分に有利な遺言書を勝手に作成した
なお、遺言者本人が書いていれば、専門家に相談しながら進めることは可能です。また、公正証書遺言や秘密証書遺言については全文の自書までは求められていません。
遺言書の基本について
遺言者が内容を理解せずに作成した場合
遺言者本人が書いたとしても、内容を理解しないまま作成した遺言書は無効になる可能性があります。具体的には、例えば次のケースです。
- 遺言者が15歳未満の時に作成した遺言書
- 泥酔して意識不明のまま作成した遺言書
- 重度の認知症である方が作成した遺言書
- 本人の所有でない財産についての遺言
- 先に亡くなっている親族に相続させる旨の遺言
- 重大な勘違いをして作成された遺言書
- 親族に騙されたり脅されたりして作成した意思に反する遺言
遺言は、死後に財産をどうするかという重要な意思を示す法律行為であり、判断能力、意思決定能力など、いわゆる遺言能力のない状態で作られたなら無効です。
泥酔していた場合や認知症の場合はもちろん、遺言者が重大な勘違いをし(錯誤)、騙された(詐欺)、脅された(強迫)といったケースでは、遺言者以外(多くはその人にとって有利な遺言を作出しようとする人)の意思が影響している可能性が高く、勝手に遺言書を作成されたケースである場合があります。このとき、形式的には遺言書本人が書いた遺言書でも、状況によっては無効になります。
個別のケースで遺言書が無効になるかどうかを知りたい方は、相続問題の対応実績が豊富な弁護士に相談するのがお勧めです。
相続に強い弁護士の選び方について
遺言書が勝手に作成されたと疑わしいときの対応
遺言書が勝手に作成された疑いがあるときの対応は、次の流れで進めてください。具体的な流れと注意しておくべきポイントを解説します。
なお、法務局保管の制度を利用していない自筆証書遺言と秘密証書遺言は、発見したらすぐ家庭裁判所の検認の手続きをする必要があります。
遺言無効の調停・訴訟
相続人や受遺者(遺贈を受けた人)の間で、遺言書が勝手に作成されたのではないかという争いがある場合、遺言無効確認の手続きを利用して解決します。遺言無効の確認は、遺言が有効か無効かを裁判所で確定させ、遺言の有効性についての紛争を解決する手続きであり、遺産分割に先立って決める必要があります。調停では裁判所が関与して話し合いをし、それでも解決しないとき遺言無効確認訴訟において裁判官の判断で決着を付けます。
遺言無効確認の手続きを申し立てるには、法定相続人と受遺者の全員が当事者(原告や被告、調停であれば申立人や相手方)として関わる必要があります。有効性についての争いを最終的に解決するためのルールであり、無効を主張する人は全員が原告側(申立人側)に、そうでない人の全員を被告側(相手方側)にして訴える必要があります。
遺言書偽造の立証方法と筆跡鑑定
遺言書が勝手に作られたことが疑われるとき、無効であると裁判所に認めてもらうには遺言書が偽造されたことを立証しなければなりません。
裁判例では、遺言作成時には文字が書けなかったという主張のみでは証拠が不十分だとして遺言を有効なものと判断した例(名古屋高裁平成15年3月27日判決)もある通り、偽造であることを通常疑う余地がない程度に証明しなければならないとするのが裁判の実務です。このとき、次の証拠資料が役立ちます。
- 遺言書本人の筆跡がわかるもの
- 作成日時点の遺言者の自筆能力や意思能力がわかるもの
- 遺言書の存在や内容、発見の経緯が不自然だとわかる資料
以下で、裁判例を参考にして、遺言無効確認訴訟における裁判所の判断について解説します。
遺言者本人の筆跡がわかるもの
裁判例では、筆跡が考慮要素とされるため、まずは被相続人本人の日記やメモがないか確認するのが重要です。
- 名古屋高裁平成15年3月27日判決
「遺言書の署名の『A』の文字と、平成5年遺言書の本文末尾にある署名及び封筒裏面の署名の『A』の文字とは、「吉」の字が右上がりである点などを含め、全体が酷似している」といった筆跡の特徴を認定し、遺言の有効性を認めた。 - 名古屋高裁平成15年2月18日判決
「心理的要素や筆記姿勢、筆記具等の偶然的な要素によって左右されない筆跡個性の発現と見られる相異点が多数認められるのに対して、有意な類似点は殆ど認めることができず、本件遺言の筆跡と日記の筆跡は別人のものである可能性が高い」と判断し、遺言が本人のものではないと判断した。
業者に依頼した筆跡鑑定の結果を証拠として提出したり、裁判の途中で筆跡鑑定をしたりして証拠を提出することもできます。
遺言書の筆跡鑑定について
作成日時点の遺言者の自筆能力や意思能力がわかるもの
次に、作成日時点の遺言者の自筆能力や意思能力がわかる資料を準備しましょう。
以下の裁判例は、遺言書の作成日よりも前に生じた認知症の具体的な症状について証明を重ねた結果、本人が書いたと考えるのは不自然であるとの判断をされた事例です。
- 松山地裁平成17年9月27日判決
「脳血管性の認知症により、はいかい等の症状は本件遺言書作成の2年以上前から発現し、そのころから既に字に乱れが生じ、本件遺言書作成直前の段階では、時間の感覚を喪失する、自分の息子を亡くなった夫と間違え、それを指摘しても極短時間しか認識できないなどの状態に至っていたEが、突如として別紙1記載の遺言書のような文字で日付などを正確に記載したとするのはあまりに不自然である」として、遺言を無効であると判断した。
この裁判例では、医師が遺言書本人の症状について記載した診療情報提供書(紹介状)、遺言書本人が親戚に書いた文字の判読が困難な手紙といった証拠資料が提出されました。
なお、長谷川式認知症スケールと呼ばれる簡易的な認知機能テストの結果が10点以下の場合、重度の認知症の疑いがあります。ただし、遺言の経緯や作成時の状況を考慮し、比較的単純な遺言であることを考慮して同テスト結果が4点でも「遺言をするのに十分な意思能力を有していた」と認めた裁判例も存在します(京都地裁平成13年10月10日判決)。
遺言書の存在や内容、発見の経緯が不自然だとわかるもの
遺言書について次の状況を証明できれば、勝手に作成されたものと判断できる事情の1つとなります。
- 遺言者本人と同居していた親族がいる
- 生前の遺言者本人の発言と遺言書の内容が異なる
- 遺言書が発見されるまでの経緯が不自然である
筆跡や自筆能力、遺言能力といった証明だけでは不十分な場合、遺言書が勝手に作成されたと考えるほうが自然だと認めてもらえるように、相手の主張の矛盾や不自然さを突いていく必要があります。
遺言書を勝手に作成した者へのペナルティ
遺言書を勝手に作成した者にはペナルティがあり、民事上または刑事上の責任を追及できます。
【民事上の責任】
- 家庭裁判所に遺言書の提出を怠り、検認を経ず執行し、又は、家庭裁判所外で開封した場合、5万円以下の過料(民法1005条)
- 詐欺又は強迫によって遺言の作成、撤回、取消し、変更をさせた(または妨害した)場合や、遺言書の偽造、変造、破棄、隠匿をした場合には、相続欠格の事由に該当し、相続人となることができない(民法891条)
【刑事上の責任】
- 有印私文書偽造罪・同行使罪として3月以上5年以下の懲役刑に処せられる(刑法159条1項)
加えて、遺言書を勝手に作成し、他人に損害を与えたり、他の相続人が得られるはずであった財産を奪い取ったりした点について、不法行為による損害賠償請求や、不当利得返還請求をされる可能性があります。
相続欠格に該当する場合は、他の相続人などから相続権不存在確認請求訴訟が提起され、相続権の不存在が認められると遺産分割から除外されます。その結果、遺言書を勝手に作成したことで、本来なら受け取れたはずの法定相続分すら受け取れなくなくなります(なお、その子がいるときは代襲相続が発生します)。
相続欠格の基本について
例外的に他人の作成した遺言が有効になる場合
例外的に、他人の作成した遺言でも有効になる場合があります。そのため、他人が勝手に作成したために無効となるのではないかと疑わしい場合も、以下のいずれかに該当しないか、確認しておいてください。
公正証書遺言のケース
公正証書遺言は、遺言内容を公証人に口授して作成してもらいます。実際に遺言書を作るのは法務局に所属する公証人の役目であり、遺言者本人が作成するわけではありません。
自分の知らないうちに公正証書遺言が作成されていると、遺言者と関係の深かった親族が勝手に作らせたのではないか、という怒りの気持ちが湧くことは理解できます。しかし、公正証書は、公証人の作成する公文書であり、遺言者自身の手によって書かれていなくても、その意思に基づいて作成されたという強い法的効力が生じます。公証人が、遺言能力の有無や形式的な要件を確認するため、よほどの場合でなければ無効となることもありません。
遺産の独り占めの防止策について
遺言書の代筆が許されるケース
秘密証書遺言は、自筆証書遺言とは違って、自筆で作成する必要はなく、他人が代筆することも可能です。また、危急時遺言は、死亡の危機が迫っている場合に、遺言の口授を受けた証人が作成するものです。
いずれの場合にも、法律上、代筆が許容されているため、他人の作成した遺言書だったとしても有効になる可能性のあるケースだといえます。
一定の添え手による自筆証書遺言
自筆証書遺言は自書が原則ですが、遺言者の筆記をサポートするための一定の添え手は許される場合があります。本来読み書きのできる遺言者が視力を失ったり、手が震えるようになったりしてしまったときに添え手がされることがあり、裁判例でも問題となっています。
裁判所は、遺言者が本来読み書きができ、添え手をした人の意思が介入した形跡がないと筆跡から認められる場合に限って有効と解するのが相当と判断しました(最高裁昭和62年10月8日判決)。手の震えを抑えるためだけに手を添えていたり、筆記する箇所がずれたため正しい位置に導いたりすることまでは問題ないとされています。
一方で、遺言の内容に手心を加えたり、遺言者の意思に反して添え手をした人が積極的に筆を動かしているような筆跡が見られた場合には、無効と判断される可能性が高いです。
遺言書が勝手に作成されるトラブルを回避する予防策
最後に、遺言書を勝手に作成されるといった遺言書トラブルを防ぐための予防策を解説します。
遺言の種類は公正証書遺言を選ぶ
よく用いられる普通様式の遺言には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言がありますが、トラブルを防ぐためにお勧めなのは公正証書遺言です。公正証書遺言は、公証人や証人が慣用することから遺言者の真意や意思能力も明らかにしやすく、遺言者本人の意思に基づいて作成されたという強い法的効力を有するためです。この点で、手書きの遺言より明らかに役立ちます。
公正証書遺言の原本は公証役場に保管されるため、親族に勝手に変更されたり、破棄、隠匿されたりするおそれもありません。
自筆証書遺言は保管制度を利用する
とはいえ、自筆証書遺言にも手軽に作成できる利点があります。このように手書きの遺言を活用せざるをえないなら、せめて自筆証書遺言書保管制度を活用し、遺言書を法務局で保管してもらうのがよいでしょう。保管制度を利用すれば、検認は不要となるほか、公正証書と同じく、勝手に手を加えられるおそれはなくなります。
筆跡や意思能力に関する証拠を確保しておく
遺言書を勝手に作成されるトラブルを防ぐためには、本人の筆跡や意思能力に関する証拠を確保しておくことが重要です。
遺言書が複数ある場合には、後の遺言が有効となり、このとき、その遺言の種類を問いません。そのため、公正証書遺言を作成してもなお、その後に自筆証書遺言が勝手に作成されてしまうと、そちらの勝手に作られた遺言書が有効なものとして扱われる危険があります。このような事態を避けるためには、勝手に作成されたことを証明するための証拠の確保が重要となります。
意思能力が問題になる場合は、医療記録のほか、本人の言動や本人とのやり取り(コミュニケーション)を記録しておくことも重要となります。
遺言書が複数見つかったときの効力について
まとめ
今回は、遺言書を勝手に作成されたときの対処法について解説しました。
遺言書が勝手に作成された疑いがある場合には、何よりも証拠の確保が重要です。証拠がなければ交渉によって公平な相続、遺産分割を実現できる可能性は低く、また、遺言無効確認の裁判手続きにおいても、自身の主張を裁判所に認めてもらうことができません。
そのため、遺言書を勝手に作成された場合に備えて、本人の筆跡や言動、本人とのやり取り(コミュニケーション)の記録を残し、証拠として確保しておくのが重要です。遺言書が無効になる可能性やどのように証拠を確保すればよいかは個別具体的なケースによって変わるので、まずは弁護士への相談をお勧めします。