遺言書とは、お亡くなりになったご家族の、相続財産の分け方についての意向を示す、とても重要な書類です。その効果は絶大で、民法に定められた法定相続分よりも、遺言書に書かれた指定相続分が原則として優先します。
しかし、尊重されるべき重要な書類である遺言書が、複数発見されたとき、どのように対応したらよいでしょうか。どの遺言書にしたがえばよいのでしょうか。優先順位などはあるのでしょうか。特に、全ての遺言書の内容が全く違い、相反するとき混乱することでしょう。
遺言書は、お亡くなりになった方(被相続人)が熟考に熟考を重ねて作成しているため、書き直した遺言書、下書き用の遺言書、自筆証書遺言や、公正証書遺言書の文案、公正証書遺言など、たくさん遺言書が発見され、それぞれ内容が異なって困惑することも少なくありません。
そこで今回は、法的に有効な要件を備えた遺言書が、複数発見されてしまったときの対応方法や優先順位などについて、相続に詳しい弁護士が解説します。
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そもそも「有効な遺言書」が複数あるか?
遺言書であると思われるような書類が、複数発見されたとき、まずは慎重な検討が必要となります。まず初めに見なければならないのは、それぞれの遺言書が、法律上有効となる要件を満たした、有効な遺言書かどうか、という点です。
というのも、遺言書には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言というそれぞれの遺言の種類に応じて、法律上有効となる要件が決められており、その要件を満たしていない遺言は、そもそも遺言書として無効となるからです。
特に、自筆証書遺言は、全文章を自筆で作成し、署名押印をしなければならない、作成日を明記しなければならないなど、多くの条件があり、素人がひとりで作成した自筆証書遺言は、しばしば無効となってしまいがちです。
複数の遺言書が発見されたとしても、有効な遺言書は1つだけで、他のものは押印をしていない下書きに過ぎないなど、遺言書としての効力のない無効なものであれば、有効な遺言書のみにしたがって相続手続きを進行させればよいのです。
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自筆証書遺言の有効となる要件は、こちらをご覧ください。
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複数の遺言書のうち、最新の作成日付のものが優先
では次に、さきほどの解説にしたがって検討した結果、やはり複数ある遺言書のすべてが、遺言書として有効なものであるとなったとき、どの遺言書にしたがって遺産相続をすればよいのでしょうか。
遺言書は1度しか作成してはいけないという決まりはないので、下書きや書き損じ、修正、再作成など、多くの遺言書が発見されることも珍しくないため、遺言書が複数出てきても焦ってはいけません。
結論から申しますと、複数の遺言書のうち、「最新の作成日付の遺言書」が、他の遺言書に優先して効力を持ちます。複数ある遺言書のうち、最も最近書かれたものが優先し、古い遺言書のうち、新しい遺言書と矛盾する部分は撤回されたものと考えるからです。
この点について、相続に関するルールを定める民法の条文には、次のように決められています。
民法1023条前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
注意ポイント
自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言いずれであっても、遺言書の作成日が不明な遺言書は、遺言書として有効となる要件を満たさず、無効となります。したがって、有効な遺言書同士であれば、複数の遺言書のうちどれが先に書かれ、どれが後に書かれたかはすぐにわかります。
つまり、複数発見された遺言書のうち、作成日付が、遺言書の内容を見てもわからない書類があれば、その遺言書は無効ということで無視して考えてよいということです。なお、自筆証書遺言の場合には、発見したらすぐ家庭裁判所で「検認手続き」が必要です。
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遺言書の検認手続きについては、こちらをご覧ください。
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内容が矛盾抵触する?しない?
複数の遺言書が発見されたとしても、それぞれの内容が全く矛盾抵触しないのであれば、「複数の遺言書がすべて有効に適用される」という場合があります。
例えば、複数の遺言書のうち、遺言内容が矛盾抵触するケース、矛盾抵触しないケースを紹介しますので、参考にしてください。
遺言内容が矛盾抵触するケース
- 1つ目の遺言「自宅は、相続太郎(長男)に相続させる」
- 2つ目の遺言「自宅は、相続次郎(次男)に相続させる」
- →遺言内容が矛盾抵触するため、作成日の新しい遺言のみが有効
遺言内容が矛盾抵触しないケース
- 1つ目の遺言「自宅は、相続太郎(長男)に相続させる(預貯金については記載なし)」
- 2つ目の遺言「預貯金は、相続次郎(次男)に相続させる」
- →遺言内容が両立しうるため、どちらの遺言も有効
このように、遺言内容が矛盾抵触せず、どちらの遺言内容も両立しうる場合には、どちらの遺言書の作成が先か、後かに関係なく、複数の遺言書のいずれの内容も、従わなければならないということです。
後から作成された遺言書は、無理やり書かされていない?
さきほど例をあげて説明したように、遺言内容が全く異なり、矛盾抵触するような遺言書を複数残されたとき、「本当に同一人物の作成した遺言なのだろうか。」と疑心暗鬼になってしまう相続人も多いです。
特に、最初の遺言では、「○○の財産につき、相続させる」と相続人に指定されたにもかかわらず、次の遺言では撤回され、その相続財産(遺産)を得られなくなってしまった人にとっては、新しい遺言で有利になった人が、被相続人を脅したり騙したりして、遺言書の作成を強要したのでは?と疑ってしまうこともあります。
公正証書遺言の場合には、健康状態、遺言能力などを公証人や証人、成年被後見人の場合には医師にも確認をしてもらうため、このような争いは起こりづらいですが、自筆証書遺言の場合には、まずは主治医の意見やカルテなどを取り寄せ、作成日当時の健康状態を確認する必要があります。
無理やり自分に有利な遺言書を書かせたり、脅したり騙したりして遺言の作成を強要したりした場合「相続欠格」にあてはまり、相続財産(遺産)を得られなくなる危険があります。
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相続人になれない「相続欠格」は、こちらをご覧ください。
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自筆証書遺言・公正証書遺言のどちらが優先する?
複数の遺言書が発見されたとき、発見されたそれぞれの遺言が、その遺言形式が異なるという場合があります。例えば、金庫から自筆証書遺言が発見されたが、その後公正証書遺言も発見された、というケースがこれにあたります。
自筆証書遺言と公正証書遺言の比較についての解説でも紹介したとおり、公正証書遺言のほうが、弁護士や公証人などの専門家が関与する点で、死後に無効と判断されづらく、公証役場で保管、管理してもらえることから逸失、隠匿、改ざんなどの危険も少ない信頼性の高い遺言です。
しかし、複数の遺言書の優先順位を考えるときには、遺言書の種類・形式は関係ありません。つまり、自筆証書遺言であっても公正証書遺言であっても、作成日が後のもの(後から作られたもの)のほうが優先的に適用されます。
自筆証書遺言よりも公正証書遺言のほうが信頼性が高く、優先しそうですが、そのような決まりは法律にも裁判例にもありません。ただし、自筆証書遺言が正しく作成され、有効であることが前提です。後から作成された自筆証書遺言が、形式不備のために無効となる場合には、古い遺言であっても公正証書遺言のほうが優先することとなります。
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公正証書遺言の書き方と注意点は、こちらをご覧ください。
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いかがでしたでしょうか?
今回は、ご家族がお亡くなりになり、遺言書が複数発見されてしまったご家族の方に向けて、複数の遺言書の優先順位や、対応方法などについて、相続に詳しい弁護士が解説しました。
相続はある日突然、準備をする間もなくやってきて、相続に関する法律知識が不足していると、対応に困ることも少なくありません。遺言書の発見時など、相続の初期段階から、「何からはじめたらよいかわからない」という方は、まずは弁護士に法律相談ください。
なお、遺言書を何度も書き直したり、修正、撤回などを繰り返したりするときは、古い遺言書を破棄したり、新しい遺言書で無効としておいたりするとともに、公正証書遺言の形式で、確実に遺言をのこすことがお勧めです。