「遺産を、仲の悪い兄弟に独り占めされた」という法律相談をよくお聞きします。相続において、公平を損なわないよう「遺留分」という最低限確保できる相続分についての考え方がありますが、しかし、それでも「遺産の独り占め(総取り)」問題はなくなりません。
相続財産(遺産)は、法律と裁判例にしたがって公平に分配されるべきであり、不公平な場合には「遺留分減殺請求権」による救済がありますが、それでも起きてしまう遺産の独り占めは、どのような方法によって行われるのでしょうか。
今回は、「遺産の独り占め(総取り)」について、よくある悪質な手口と、他の相続人がこれを防ぐための対処方法、対策について、相続に強い弁護士が解説します。
「遺産分割」の人気解説はこちら!
[toc]
遺産を独り占めする方法・手口は?
遺産の独り占めが、不公平なことであり、「遺留分減殺請求権」の行使によって正されるべきものであることは民法にも定められていることから、遺産の独り占めをする方法の中には、違法となりかねない悪質な手口が含まれています。
そこで、遺産の独り占めを防ぐ相続人の対処法を考えるために、まずは、どのような不公正な手口で、遺産の独り占めが行われてしまうのか、その実態について弁護士が解説します。
なお、手口の解説は、悪質な遺産の独り占めを推奨するものでは決してありません。
同居の相続人による「遺産の独り占め」方法
まず、最も「遺産の独り占め(総取り)」をしやすい立場にあるのが、お亡くなりになった方(被相続人)と生前に同居していた親族です。同居していることで、生活費などは被相続人の口座から使い放題、というケースもあります。
結婚、進学、就職などで親元を離れた他の相続人に内緒で、高齢の親をそそのかして高額の生前贈与を受けたり、介護、子の進学、学費などさまざまな名目で、相続財産(遺産)となるはずであった財産の贈与を受けたりします。
気付いた頃には、実家の自宅不動産(家・土地)も含めて、すべての財産の名義が、親名義から同居の相続人名義に変更されていた、といった場合も少なくありません。
親に遺言書を書かせる「遺産の独り占め」方法
ご家族がお亡くなりになり、相続が開始されたとき、遺言書が存在しなければ、どの財産を誰がもらうかは、話し合いによって決まります。この話し合いのことを「遺産分割協議」といいます。
遺産分割協議は、相続人全員で行わなければならず、一部の人を除外すると遺産分割協議が成立しないため、協議から「仲間外れ」にすることによっては独り占め(総取り)は行えません。
しかし、遺言書が存在する場合には、原則として遺産分割協議は行われず、遺言書にしたがって遺産分割を行うことになります。そのため、公平な話し合いはできず、遺言書が不公正な内容だと、「遺産の独り占め(総取り)」問題が起こります。
親に正常な判断力が残っている場合はもちろん、高齢や認知症などによって正常な判断力がなくなってしまった後であっても、「長男にすべての財産を相続させる」など、「遺産の独り占め」に適した遺言書を作成してもらう手口はよくあります。
自署と押印で作成できる「自筆証書遺言」の場合には、悪質な手口では「偽造」されるケースもあります。
-
-
「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の比較は、こちらをご覧ください。
数ある遺言書の種類のうち、特によく利用されているのが「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類です。この2つの遺言については聞いたことがある方が多いでしょう。他方、秘密証書遺言や緊急時の遺言の利用頻度 ...
続きを見る
勝手に相続財産(遺産)を使い込む「遺産の独り占め」方法
遺産の独り占めが起こる3つ目の方法が、相続財産(遺産)の使い込み事案です。これは、被相続人の生前であっても、死亡後であっても起こり得るケースです。
被相続人の生前に、同居していて預貯金通帳や実印の保管場所を知っている相続人が、これを盗用・悪用して、被相続人の預貯金を払戻し、使い込んでしまう場合があります。
被相続人の死後であっても、銀行などの金融機関が死亡の事実を把握するまでの間であれば、預貯金を払い戻し、使い込んでしまうことで、「遺産の独り占め」をおこなおうという悪質なケースは残念ながら後を絶ちません。
【対策1】まずは遺留分減殺請求をする
遺産の独り占めが、正常な判断力を有している親に遺言書を書いてもらう、という、適法な方法で行われた場合には、遺留分減殺請求権を行使することによって、独り占めした相続人から、最低限保証されている相続分(遺留分)を取り戻すことができます。
遺留分減殺請求権が民法上権利として認められていることにより、少なくとも「法律上」は、遺産の独り占め(総取り)は困難です。
具体的には、遺留分は、遺言書の内容よりも優先され、遺贈(遺言書による贈与)などが行われることで、遺留分を下回る財産しかもらえなかった場合、遺留分侵害請求権を行使して、不足分の相続財産(遺産)を取り戻すことができます。
遺留分減殺請求権は、配偶者、子・孫、直系尊属(父母、祖父母)に認められており、それぞれの遺留分割合は、次のとおりです。
相続人の続柄 | 遺留分割合 |
---|---|
配偶者のみ | 配偶者:2分の1 |
配偶者と子 | 配偶者:4分の1 子4分の1 |
配偶者と直系尊属 | 配偶者:3分の1 直系尊属:6分の1 |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者:2分の1 兄弟姉妹:なし |
子のみ | 子:2分の1 |
直系尊属のみ | 直系尊属:3分の1 |
兄弟姉妹のみ | 兄弟姉妹:なし |
遺留分請求は、まずは、権利行使の意思表示を配達証明付き内容証明郵便などで、相手方・請求先に対して送付して話し合いを行い、話し合いで解決しない場合には、遺留分減殺請求調停、遺留分減殺請求訴訟の順に進めていきます。
[su_posts template="templates/list-loop.php" posts_per_page="5" taxonomy="post_tag" tax_term="23" order="desc" orderby="rand" ignore_sticky_posts="yes"]
【対策2】遺言無効確認請求訴訟(遺言が偽造された場合)
以上のとおり、遺言書が正しい方法によって適法に作成されたのであれば、遺留分減殺請求権によって救済を図ることになるのですが、これに対して、悪質な遺産の独り占め(総取り)の手口・方法の中には、遺言書が偽造されるケースがあります。
特に、自筆証書遺言は、弁護士や公証人など専門家の助けなく、個人が自由に作成することができるため、親の実印の盗用・悪用などにより、偽造されやすい遺言の1つです。
親の関与なく偽造する場合のほか、親が高齢や認知症で判断能力の乏しい状態であることをいいことに、強迫したり、不当な圧力を加えたり、騙したりして、自分に有利な遺言書を作成することで「遺産の独り占め(総取り)」が起こることもあります。
遺言の偽造という悪質な独り占め事案では、話し合いによる解決はもはや困難です。この場合、「遺言無効確認請求訴訟」という裁判手続きにより解決を目指します。次のような証拠、審理方法によって、遺言書の偽造を立証し、独り占めを回避しましょう。
ポイント
本人の筆跡であるかどうか、被相続人の筆跡によるメモなどと筆跡鑑定を行う
本人の遺言以外の意思表示を証明し、明らかに不自然な遺言内容であると主張する
本人の遺言書作成当時のカルテなどから判断能力の欠如を主張する
遺言無効確認請求訴訟によって遺言の無効が確認できれば、不公平な遺言書に基づく遺産分割が行われることを防ぐことができます。
遺言書が無効であるというだけでなく、遺言書が「遺産の独り占め(総取り)」を企図する相続人によって偽造されたことまで証明できれば、「相続欠格事由」にあたり、独り占めしていた相続人を、逆に相続人ではなくすことができます。
-
-
相続人になれない相続欠格・相続廃除は、こちらをご覧ください。
民法に、相続人になることができると定められている人のことを「法定相続人」といいます。法定相続人は、本来、必ず相続人になることができますし、相続権を侵害されても「遺留分」という考え方で守られています。 ...
続きを見る
【対策3】相続財産調査を行う
遺言の偽造、遺産の使い込みをはじめとした、悪質な遺産の独り占め(総取り)問題が起こったとき、表に見えている相続財産(遺産)以外にも、既に奪い取られてしまっている相続財産(遺産)が別に存在していた可能性も十二分にあります。
他の相続人による遺産の独り占め(総取り)に気づいたときは、平常時にもまして、相続財産の調査を入念に行う必要があります。「財産を分けない、教えない」と明言してくる場合だけでなく、相続財産目録を見せてもらえた場合も「これで全部か?」と疑うべきです。
特に、「現金・預貯金」は、相続財産(遺産)の中でも散逸しやすく、独り占めを画策する側からすれば、隠しやすく奪いやすい種類の財産です。
お亡くなりになった方(被相続人)の金融機関の通帳、取引明細を1つ1つ確認することで、他に流出した財産がないかどうかチェックするようにしてください。
-
-
相続財産となる預貯金の調査方法は、こちらをご覧ください。
ご家族がお亡くなりになったとき、そのご家族が預貯金を全く持っていないというケースはとても少ないです。預貯金が相続財産となることを想定し、どの金融機関(銀行など)にいくらの預貯金があるか、預貯金を調べる ...
続きを見る
-
-
相続財産となる不動産の調査方法は、こちらをご覧ください。
相続財産(遺産)の中に、不動産が含まれる人がいます。被相続人が不動産を所有していたとき、不動産の評価額が相続財産の中のかなりの割合を占めることが多いです。 不動産は人によっては所有していないこともある ...
続きを見る
【対策4】相続財産(遺産)を保全する
「相続財産(遺産)は一切渡さない」とはっきり通告された場合など、遺産の独り占め(総取り)を画策していることが明らかな相続人が存在する場合は、遺産を使い込まれてしまわないよう、相続財産(遺産)の保全が最優先課題となります。
まず、相続財産(遺産)に預貯金が含まれることが大多数ですから、各金融機関に対して、被相続人の死亡の事実を伝えることで、口座凍結を行ってもらいます。口座が凍結されると、独り占めをしたい相続人1人の独力では、解約・払戻はできなくなるからです。
その他に、不動産などの相続財産が存在し、早急な売却・処分による独り占めが起こる可能性が高いときは、「処分禁止の仮処分」などの保全処分によって、相続財産(遺産)の散逸を防ぎます。
【対策5】遺産を使い込みされた場合の訴訟は?
遺言書が存在しなければ、法定相続分に応じて遺産分割協議によって遺産分割を行うのが原則です。遺産分割協議が、特別受益、寄与分などの争点によって「争続」となっても、遺産分割調停、遺産分割審判という方法で、家庭裁判所に公平な判断を下してもらえます。
しかし、これはあくまでも適法な範囲の「遺産の独り占め(総取り)」事案の場合であり、既に遺産の使い込みが行われた悪質かつ違法なケースでは、悠長なことは言っていられません。
このような悪質な事案では、遺産分割協議による話し合いでの解決は困難なことは当然、既に起こってしまった遺産の使い込みは、遺産分割調停、遺産分割審判でも解決できない問題とされています。
遺産の使い込みが起こったとき、その相続財産(遺産)は「もらえるはずのない財産」ですから、「不当利得返還請求訴訟」という類型の裁判手続きで、財産の返還を求めます。悪質性が高い場合、「不法行為」を理由とする損害賠償請求が可能な場合もあります。
相続問題は、「相続財産を守る会」にお任せください!
いかがでしたでしょうか?
今回は、相続人の中に悪質な「遺産の独り占め(総取り)」を計画する人がいた場合に、独り占めを防ぐ方法・対策などを解説しました。悪質な独り占めを行う相続人とはこれ以上信頼関係を維持できず、話し合いは困難ですので、原則として裁判手続きによる救済を検討してください。
そのため「遺産の独り占め(総取り)」問題が発生したときは、悪質で不公正な相手方に対抗するためにも弁護士の助力が必須です。「相続欠格」などの攻め手を利用することで、逆により多くの相続財産(遺産)を得られる可能性もあります。
「相続財産を守る会」では、相続問題に関する裁判手続きの経験豊富な弁護士が、困難な遺産の独り占め事案であっても徹底的にサポートいたします。