民法は相続人の範囲を定めますが、生前に虐待があるなど、不適切な人に遺産を渡すのは我慢ならないことでしょう。このような場面で役立つのが相続廃除の制度。相続廃除は、推定相続人の相続権を取り上げる制度の1つです。
相続廃除によれば、侮辱や虐待といった一定の非行があったとき、家庭裁判所の判断によって相続権を失わせることができます。被相続人の遺志を反映できる一方で、単に気に入らないといった理由では難しく、相続権の喪失を正当化できるほどの事由、つまりは重大な非行が必要となります。相続廃除の強い効果からして、裁判所は廃除事由の該当性について慎重に判断するのが通例です。
今回は、相続廃除の基礎知識と流れを解説します。廃除を公正に実現したいなら、適切な主張を組み立てる必要があり、証拠があると有利に手続きを進められます。
相続廃除の基本
まず、相続廃除の意味や廃除する方法、相続欠格との違いなど、基本を解説します。
相続廃除とは
相続廃除とは、推定相続人が著しい非行をした場合などに、被相続人の意思によってその相続権を剥奪する制度のことです。亡くなった方(被相続人)の「この人には相続させたくない」という思いを実現させる手段の一つとして重宝されます。相続廃除をされた推定相続人は、相続人としての地位を失い、その後は協議や調停などの遺産分割に参加できなくなります。
相続廃除について、民法892条に次のように定められています。
民法892条(推定相続人の廃除)
遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。
民法(e-Gov法令検索)
上記の条文の通り、廃除ができるのは、次の3つのケースに限られます。
- 被相続人に対して虐待をしたとき
- 被相続人に重大な侮辱を加えたとき
- その他の著しい非行があったとき
※ 「相続廃除の条件」で後述
相続廃除の方法
相続廃除の方法には、「生前廃除」と「遺言廃除」の2つがあります。
- 生前廃除(民法892条)
被相続人が生前に、自ら家庭裁判所に赴いて廃除の請求を申し立てる方法 - 遺言廃除(民法893条)
被相続人が遺言書のなかで廃除を希望する旨を記載し、死後に、遺言執行者によって申立てをしてもらう方法
いずれの方法でも、廃除の効果が生じるまでには家庭裁判所の判断を介する必要があり、被相続人の意思表示のみで実現するわけではありません。被相続人の恣意や偏愛によって、相続人の順位が乱されるおそれがあるため、公正な第三者である裁判所の判断が必要とされているのです。
相続廃除をすることができるのは、被相続人本人に限られます。そのため「廃除してほしい相続人がいる」という場合には、被相続人に持ちかけ、廃除してくれるよう頼むしかありません。また、被相続人による廃除は、その対象となる推定相続人の同意や承諾なしに進めることができます。
遺言廃除では、廃除された推定相続人が死後の審判でどんな反論をするか、事前に想定する必要がありますが、これは非常に困難です。生前廃除なら、都度再反論を積み重ねられるメリットがあります。
少しでも廃除の確率を上げたいなら、まずは自分の言い分をぬかりなく主張できる生前廃除を検討します。
一方で、既に病床に伏しているなど、生前廃除が難しい場面や、将来的に関係が悪化する不安がある場面では、遺言廃除を活用するメリットがあります。
相続廃除と相続欠格の違い
相続廃除は、相続人となるべき者がその資格を失うという点では相続欠格と共通した仕組みです。ただし、両者には違いがあり、使い所を区別する必要があります。
相続廃除は、被相続人の意思に基づき、家庭裁判所の判断を経て、相続人の資格が喪失されます。これに対して相続欠格の場合には、法定の事由があれば当然に相続人の資格を喪失し、そこに被相続人の意思や家庭裁判所の判断は入る余地がありません。
したがって、相続廃除は、相続欠格とは異なり、相続権を失うかどうかが被相続人の判断に委ねられています。また、相続廃除の場合には、被相続人による宥恕の仕組みが法律で用意されており、要件に該当するとしても、被相続人の意思によって相続権を失わせないこともできます。これに対し、相続欠格は、法律上宥恕を認める規定はありません。
以下、違いをまとめると次の通りです。
相続廃除 | 相続欠格 | |
---|---|---|
相続権喪失の要件 | 非行+被相続人の意思 | 不正事由の存在 |
裁判所への申立 | 必要 | 不要 |
戸籍の記載 | あり | なし |
取消し制度 | あり | なし |
遺贈 | 可能 | 不可 |
相続欠格の基本について
相続廃除の条件と対象者
相続廃除は、被相続人の意思によって相続権を剥奪する制度なので、相続廃除となる事由は、相続資格を喪失してもやむを得ないほどのものである必要があります。言い換えると、一般的にいっても被相続人が相続をさせたくないのももっともだと考えられるような事情を要します。
相続廃除の条件
相続廃除の条件として民法が定めるのは次の3つです。
- 被相続人に対して虐待をしたとき
- 被相続人に重大な侮辱を加えたとき
- その他の著しい非行があったとき
以下で、それぞれ詳しく解説します。
被相続人に対して虐待をしたとき
まず「虐待」とは、被相続人の心理に苦痛を与える行為のことをいいます。例えば、遺棄罪(刑法217条以下)、逮捕監禁罪(220条以下)の構成要件を満たすような行為が虐待に該当します。
被相続人に重大な侮辱を加えたとき
次に「侮辱」とは、被相続人の名誉または自尊心を傷つける行為をいいます。例えば、名誉毀損罪(230)、侮辱罪(231)を構成する行為が「侮辱」に該当します。ただ、虐待や侮辱を必ずしも厳格に区別をしないのが実務です。
その他の著しい非行があったとき
「非行」は、虐待や重大な侮辱には該当しない行為の類型について、廃除事由とするための「最後の受け皿」として機能しています。著しい非行の例には、次のものがあります。
- 被相続人に対する遺棄
- 財産の浪費
- 無断の処分
- 不貞行為
- 素行不良
- 長期の音信不通
非行は、被相続人に対して直接された場合を指すものと、限定的に捉えられた例もありますが(東京家裁昭和42年8月18日審判)、現在は、必ずしも被相続人に向けられたものに限定されない傾向にあります(広島高裁岡山支部昭和53年8月2日決定など)。
ただし「非行」が広く解釈されすぎるのも問題で、限定する裁判例も存在します。具体的には「被相続人の主観的、恣意的なもののみであってはならず、相続人の虐待、侮辱、その他の著しい非行が客観的に重大なものであるかどうか」が必要とされます(東京高裁平成8年9月2日判決)。そして、客観的に重大か否かの評価は「相続人がそのような行動をとった背景の事情や被相続人の態度及び行為も斟酌考慮されたうえでなされなければならない」と判断されています。
そのため、被相続人にも非があると認められるような場合は、廃除の事由に該当しないと判断される可能性があります。
相続廃除の対象者
相続廃除の対象者は、遺留分を有する推定相続人です。推定相続人とは「相続が開始した場合に相続人となるべき者」(892条括弧書き)をいい、将来、法定相続人となる人のことです。この推定相続人のうち、遺留分を有している者は「兄弟姉妹以外の相続人」です(1042条1項)。被相続人の兄弟姉妹は、相続人ではあるものの遺留分権利者ではないので、廃除の対象にはなりえません。
既に遺留分を放棄している相続人についても、廃除の対象にはなりません。
このように遺留分を有する者に限定した理由は、遺留分を有しない者に相続をさせたくなければ、相続分をゼロにする遺言を残すなどの方法で対処可能で、なにも家庭裁判所を介した手続きをわざわざ踏む必要がないからです。
法定相続人の順位について
相続廃除の効果は?
次に、相続廃除されるとどうなるのか、相続廃除による効果について、詳しく解説します。
相続廃除されると相続資格を失う
家庭裁判所による廃除の審判が確定すると、廃除された者は当然に相続資格を失います。つまり、法定相続分を失い、不動産や預貯金、株式など、種類を問わず、全ての遺産を承継しなくなります。
相続開始前に確定した場合には即時に効果が発生し、相続開始後の場合には相続開始時に遡って効果が生じます。
相続廃除されると遺留分も失う
相続廃除がなされると、相続権はもとより遺留分まで剥奪されることになります。遺留分とは、相続人が相続によって得られる最低限の利益のことです。これによって、廃除された人は、最低限の遺産すら得られないこととなります。
遺留分の基本について
相続廃除後も代襲相続は生じる
廃除の審判が確定すると、推定相続人の相続権は喪失します。その一方で、廃除された推定相続人の子や孫の代襲相続権に影響が及ぶことはありません。
相続廃除は、その人のみの問題だからです。例えば、子が母に廃除されたとしても、その子(母にとっての孫)がいる場合には、代襲相続が発生します。また、他の家族が死亡した場合の相続にも参加することが可能です。
代襲相続の手続きについて
相続廃除の方法と手続きの流れ
次に、相続廃除の2つのパターンと、各手続きの流れを解説します。
被相続人が生前に相続廃除をする場合の手続き
生前廃除の場合は、まず被相続人が家庭裁判所に申立てをすることになります。申立てをする家庭裁判所は、被相続人の住所地を管轄する裁判所です。
申立時には、次の必要書類と費用をあわあせて提出します。
【必要書類】
- 推定相続人廃除の審判申立書
- 被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 廃除を希望する推定相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
【費用】
- 800円の収入印紙
- 連絡用の郵便切手
家庭裁判所は申立てを受けると、廃除事由の該当性を判断して決定をします。廃除の審判に不服があるときは、決定を受けた推定相続人が即時抗告をすることができます。申立てを却下されてしまった場合には、申立人が即時抗告をすることができます。
審判が確定した場合には、確定日から10日以内に、被相続人が廃除の届出をする必要があります(戸籍法97条、63条1項前段)。戸籍届出書には、審判の確定日を記載し、審判書の謄本(確定証明書付き)を添付します。これにより、廃除されたことが被廃除者の戸籍に記載されます(戸籍法施行規則35条8号)。
遺言によって廃除する場合の手続き
遺言廃除の場合、まずは被相続人が証拠を集め、遺言書を作成し、弁護士などに遺言の執行を依頼しておく必要があります。自筆証書遺言を作成する場合は、形式不備によって無効にならないよう、特に慎重に作成しなければなりません。公正証書遺言であっても、公証人に作成してもらう前に、文案は考えておく必要があります。
相続廃除を認めてもらいやすいようにするには、遺言書の書き方について、次のポイントを押さえて進めるようにしてください。
- 遺言書の文面から相続廃除の意思が明確に読み取れるようにする
- 「廃除」と記載する
「廃除」の文言がなくても認められたケース(最高裁昭和30年5月10日判決、広島高裁平成3年9月27日決定など)もあるものの、争いを減らすため「廃除」と明記すること。 - 相続廃除の理由や経緯を詳しく記載する
廃除事由について、他の相続人との関係で詳細には書けない場合、別紙にする方法もある。 - 遺言執行者を指定する
遺言書で遺言執行者を指定していない場合には、選任の手続きを要するため相続人の負担が増えてしまう。
例えば、相続廃除をする遺言書について、次の文例を参考にしてください。
遺言書
遺言者◯◯は、以下のとおり遺言する。
第1条 遺言者の次男A(20XX年XX月XX日生)は、遺言者に対して、日頃から「馬鹿親父」と罵り侮辱し、暴力を加えるなどの虐待を続けるので、遺言者はAを相続人から廃除する。
記
次男Aは、遺言者の一人息子であるが、20XX年に会社を辞めてから仕事に就かず、遺言者に無心して、酒浸りの生活を続け、競馬やパチンコにのめり込んでいる。金銭を与えないと、遺言者が収集した時計や宝石などの金品を、家から無断で持ち出し、金銭にかえてしまう。
20XX年頃から、遺言者から注意を受けると、暴力を振るうようになり、今まで10回以上の暴行を受けた。遺言者は、次男Aの殴打により左目を負傷し出血し、1週間ほどの通院と治療を余儀なくされた。続く同年X月にも胸部を強く突かれ、肋骨にひびが入るといった傷害を受けた。本遺言書に医師の診断書を添付する。
以上の次男Aの行為は、遺言者に対する虐待、重大な侮辱、または著しい非行に該当するため、遺言者は次男Aを推定相続人から廃除する。
第2条 遺言者は以下の者を遺言執行者に指定する。
・住所 東京都XX区……
・氏名
・生年月日
・職業
2. 遺言執行者には、遺言者名義の預貯金の名義変更、払戻し、解約、および遺言の内容を実現するために必要な行為をする権限を与える。
20XX年XX月XX日
(住所)
(氏名) 遺言者 ◯◯◯◯ 印
死後に遺言執行者が行う手続きや必要な書類は、「被相続人が生前に相続廃除をする場合の手続き」と基本的に同じですが、必要書類については、遺言書の写し(自筆証書遺言の場合には検認を要する)が追加で必要となります。
遺言書の検認について
相続廃除は取り消すことができる
相続廃除は、取り消すことができます。つまり、被相続人には、一度失わせた相続権を白紙に戻してあげる権利が認められています。相続廃除はそもそも被相続人の意思を尊重するための仕組みなので、一度廃除の効力を生じても本人が翻意するなら固執する必要はないからです。
廃除を請求する場合と同じくいつでも取消しを請求でき、その方法についても生前に請求する方法と遺言による方法の2つがあり、手続きも似ています。取り消すためには、何らの原因も必要せず、被相続人の自由です。もっとも、相続廃除後も遺贈はできるので、わざわざ廃除を取り消さずとも遺産を承継させることは可能ではあります。
なお、取消権は、被相続人にのみ認められ、被廃除者は取消しを請求することはできません。
相続廃除について判断した裁判例
最後に、相続廃除について判断した裁判例について、解説していきます。自身の事例について、相続廃除が認められるかどうかの参考にしてください。
相続廃除が認められた事例
長女の廃除を認めた事例。
長女は離婚後、犯罪歴ある男性と同棲、その男が顧客の金520万円を横領すると、男と共に姿をくらまし行方不明となった。結局、父が520万円のうち403万円を肩代わりした。
裁判所は年老いた両親に心労や経済的負担が及ぶ可能性を何ら顧慮せずに、音信不通のまま同棲相手と逃避行を続けていると認定し、著しい非行であると評価し、相続廃除を認めた。
両親が娘の廃除を申し立てた事例。
娘は、幼少の頃から非行を重ねたうえ、父母の反対を押し切って暴力団と結婚し、父の名で披露宴の招待状を出すなどした。娘の一連の行為によって、両親は多大な精神的苦痛を受けたにとどまらず、その名誉も毀損された。裁判所は、両親と娘の関係は修復が著しく困難になっているとして申立てを認容した。
長男を廃除する旨の申立てがなされた事例。
長男は被相続人の財産の多くをギャンブルにつぎ込み、被相続人は自宅を売却せざるをえない状況に追い込まれた。更に、長男は被相続人から取締役を解任されたことに不満をもち、虚偽の金銭消費貸借や賃貸借の契約を作り出し、被相続人は法的なトラブルに巻き込まれた。
裁判所は長男の一連の行為を、著しい非行にあたると判断した。
虐待に該当するとして配偶者を廃除する旨の判断をした事例。
判断に大きな影響を与えたのは、末期がん患者の被相続人に対してされた行為という点。手術を受けた被相続人は、安静に療養する必要があったにもかかわらず、夫は、療養にきわめて不適切な環境を作り出してその中で生活するよう強いた。
相続廃除が認められなかった事例
認められない事例についても、その理由が参考になります。
子を廃除する旨の申立てがなされた事例。
病により瀕死だった父が、財産問題をめぐって子と対立し、「それでも親といえるか」などと非難を浴びせられた。裁判所は、子の行為について、穏当を欠くものの「いわゆる売り言葉に買い言葉」として、重大な侮辱に該当しないと判断した。
子を廃除する旨の申立てが認められなかった事例。
酒好きの子と父の対立は、暴言のみにとどまらず、喧嘩に発展した。裁判所は、対立の原因は父が家業に従事してきた子の立場を考えず、子に農業の後継者としての将来への不安を抱かせたことにあるとし、廃除請求を否定した。
父と長男の感情的対立から発展したもみ合いのなかで、父に全治5日間の打撲傷を負わせた長男の暴行について、裁判所は、悪質だが計画性はなく、責任の一端は父とその後妻にもあったなどの事情から、廃除事由の該当性は否定した。
父の側に、母が存命中に愛人に金銭的な援助をしたり、母の一周忌前に長男夫婦の反対を押し切って再婚したりといった事情があった。
被相続人の孫らを債務者として、サラ金などから借金させ、約束を守らず弁済を怠った行為について、迷惑や不利益は与えているものの「著しい非行」というには無理があるとして、廃除事由を認めなかった。
被相続人に対する暴行や暴言を繰り返した行為について、長男がそうした行動を取ったのは、同居している嫁姑の不和が原因となってたとし、その背景事情のほか、被相続人の態度や行動も斟酌して、廃除事由の該当性を否定した。
まとめ
今回は、遺産分割の前提として問題となる相続廃除について、解説しました。
被相続人は、どうしても相続させたくない者がいるというときには、相続廃除を使えます。相続廃除は、遺言にも勝る遺留分に対して、被相続人の意思を優先させるとても強い効果を有する制度です。その強い効果ゆえに、無条件に被相続人の意思が優先されるのではなく、相続廃除の要件を充足する必要があり、実際の裁判では、限定的に解釈される傾向にあります。
廃除を認めてもらうのは、そう簡単ではありませんが、確率を少しでも上げたいなら、主張を裏付ける証拠を集め、適切な主張することが必要です。