2018年(平成30年)7月に、民法の中の相続法に関する部分が改正されました。相続法の改正は、私たちの生活にも重要な影響を与えます。
改正項目の1つに「預貯金の仮払い制度」というものがあります。この記事をお読みの皆さんも、どこかで「預貯金の仮払い制度」を見聞きしたのではないでしょうか。
「預貯金の仮払い制度」は、特にこれまでの改正前のルールでは不都合の多かった部分であり、注目度の高い改正です。
よくある相続相談
相続人間に争いがあり、預貯金を引き出すことができないため、相続税が支払えない。
相続人のうち1人だけで銀行にいったら、相続人なのに断られた。
当会にも、預貯金に関するこのような法律相談が多数よせられます。
「預貯金の仮払い制度」の内容を理解し、利用方法と対応を知ることによって、不都合を回避することができるケースもあります。
今回は、「預貯金の仮払い制度」について、弁護士がご説明します。
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2018年(平成30年)の相続法改正のまとめは、こちらをご覧ください。
平成30年(2018年)7月6日に、通常国会で、相続に関する法律が改正されました。 正式名称、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」という法律が成 ...
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相続が発生した場合の預貯金の払戻しルール
「預貯金の仮払い制度」を理解するために、まず、被相続人が亡くなった場合に預貯金がどのように取り扱われるかについて、弁護士がご説明します。
「預貯金」は、誰しもが少しはもっているもので、相続財産として「預貯金」を気にしなければならない方がほとんどではないでしょうか。
預貯金払戻しの「現在の」ルール
平成28年に最高裁判所が下した決定により、現在の預貯金の払い戻しルールは、原則として次のとおりです。
ポイント
被相続人が亡くなると、遺産分割が終わるまでの間は、預貯金は、共同相続人全員の同意がなければ払戻しを受けることができません。
原則ルールのポイントをごらんいただくと「全員の同意をとればいいなら簡単だ。」とお思いかもしれません。
この原則的な払い戻しのルールが、現在、相続がおこる皆様にどれほどの不都合を及ぼしているか、具体例で説明していきます。
たとえば・・・
X銀行に、Aさん名義の1000万円の預金があります。Aさんには、妻と、2人の子どもがいました。
Aさんが亡くなると、葬儀費用などが必要になります。
Aさんの家族がAさんの収入に頼って生活していた場合、生活費をまかなうのに、預金をおろすことが必要になるでしょう。
しかし、上で述べた判例のルールだと、預金を払い戻すためには、Aさんの相続人である妻と2人の子ども全員が同意しなければなりません。
Aさんの妻が、1人で預金をおろすことはできず、万が一、子供が海外に留学していたり、子供と仲が悪かったりすると、預金がおろせません。
預貯金払戻しの「現在」のルールの不都合
では、さきほどの具体例にも一端があらわれていた、預貯金払戻しの現在のルールの、不都合な点について解説していきます。
「相続人と連絡がとれないとき」に不都合
相続人が現在どこに住んでいるか分からず、連絡が取れないという場合も少なくありません。
この場合、相続人のいどころをつきとめるため、司法書士、弁護士などに依頼し、登記、住民票を追ってもらう「相続調査」が必要ですが、時間がかかります。
「相続人間に争いがあるとき」に不都合
相続人全員の連絡先を知っているけれども、一部の相続人とのあいだで、非常に仲が悪いため連絡したくないということもあるでしょう。
預金をおろすために同意をもらおうとしても、感情的な問題で、その相続人が同意してくれないことも考えられます。
「相続人の同意を用意する手間」がかかる
相続人の連絡先がわかり、仲もよく、相続人全員の同意が得られる場合であっても、別の都合があります。
金融機関が、同意を得たことの証拠として、相続人全員が印鑑を押した書面の提出を求めてくる場合があります。
このとき、離れた場所に住んでいる相続人から必要な押印をあつめるために郵送などの方法を利用しますが、これまた時間がかかります。
「すぐにお金が必要」なときに不都合
相続人が、ご家族がなくなったときにお金を必要とする事情は、みなさまが想像しているよりも多いものです。
- 被相続人の収入に頼っていたため、生活費の支出が必要である。
- 亡くなったご家族の葬儀を行わなければならない。
- 亡くなったご家族が負っていた債務を返済しなければならない。
遺産の分割前に、お金を必要とする場合であっても、現在のルールですと、共同相続人全員の同意が得られないと、払戻しを受けられないおそれがあります。
2018年改正法の2つの「仮払い制度」
2018年(平成30年)7月に成立した相続法の改正で、共同相続人全員の同意が集められなくても、遺産分割の前に、預貯金を「仮に」払い戻すことができることになりました。
この改正が「預貯金の仮払い制度」です。
2018年法改正によって導入された「預貯金の仮払い制度」は、具体的には、次の2つの制度です。
ポイント
- 家庭裁判所の保全処分による仮払い制度
- 家庭裁判所の手続を経ずに仮払いを受けられる制度
それぞれの制度について、以下でご説明します。
仮払い制度①「家庭裁判所の保全処分による仮払い制度」
法改正で導入された仮払い制度の1つ目が、「家庭裁判所の保全処分による仮払い制度」です。
家庭裁判所で「預貯金の払戻しを仮に(暫定的に)受けてもよい」という許可(保全処分といいます)をもらって、預貯金の払戻しを受ける制度です。
現在も存在する制度だが・・・
実は、現在でも、家事事件手続法(かじじけんてつづきほう)と呼ばれる法律の中に、家庭裁判所の許可を受けて仮払いできる制度があります。
しかし、許可を得るための条件が非常に厳しいため、この制度はほとんど使われていません。
ポイント
現在の法律にある「仮払い」制度では、共同相続人の「急迫の危険を防止するため必要があるとき」に許可(保全処分)ができるルールです。
「急迫の危険」、つまり、差し迫った危険がなければ、仮払いは受けられません。
2018年法改正による要件緩和
2018年(平成30年)7月の改正で、家庭裁判所の許可を得るための条件を緩和しました。
改正法で定められた、仮払いの要件は、次のとおりです。
ポイント
改正法では、「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要がある」場合には、原則として、預貯金の仮払いを認めることにしています。
これにより、新ルールでは、債務の返済や生活費などのために預貯金を使う必要があると認められる場合には仮払いが認められる可能性があります。
したがって、今よりも、預貯金の仮払いを受けるための許可を得られやすくなると期待されています。
仮払い制度②-家庭裁判所の手続を経ない仮払い制度
家庭裁判所で許可(保全処分)をもらって預貯金の仮払いを受ける制度は、すぐにできるわけではありません。
「仮払い」の制度自体、急いでお金を必要とする場合のものですが、家庭裁判所に提出する書類を準備するのは、一般の方には時間と手間がかかります。
家庭裁判所の許可が不要な新制度とは?
2018年改正法では、家庭裁判所での手続を経ずに、直接、金融機関の窓口で預貯金の払戻しを受けられる制度が新設されます。
被相続人が亡くなって、すぐにお金が必要なとき、家庭裁判所に申立てて許可を待つのでは間に合わない、という方への救済策です。
いくらの仮払いが受けられる?上限は?
新しい制度では、それぞれの相続人は、一定の金額にかぎって、直接金融機関から仮払いを受けることができます。
他の相続人の同意がなくても受け取ることのできる金額は、次の金額です。
ポイント
死亡時の預貯金額 × 1/3 × 相続人の法定相続分 = 相続人が仮払いできる金額
仮払いを受けることのできる金額は、金融機関ごとに上限あり
新しい仮払い制度を利用して、相続人の同意なく仮払いを受けようとする方に、具体的にイメージしていただくために、計算式の例をあげます。
たとえば・・・
亡くなった方がX銀行に300万円の預金をもっていました。相続人は妻と、子ども2人です。
この場合、妻の法定相続分は2分の1です。また、子どもの法定相続分は、それぞれ4分の1ずつです。
そうすると、妻は、300万円×1/3×1/2=50万円を、子どもの同意を得ることなく、X銀行の窓口で受け取ることができます。
子どもは、それぞれ、300万円×1/3×1/4=25万円の預金を、一人でおろすことができます。
この制度に基づいて1つの金融機関から受け取ることができる預貯金の額には、上限が設けられることになっています。
したがって、X銀行から仮払い制度で受けとった金額が上限に達してたけれど、さらに資金が必要な相続人は、別の金融機関から仮払いを受けることを検討します。
仮払いを受ける方法は?
仮払いを受けられる上限金額を知るためには、法定相続分を知る必要があり、そのためには「相続人調査」(誰が相続人かの調査)が必要です。
金融機関としても、預貯金を払う必要のない人に対して大切な預貯金を払うわけにはいきません。
そのため、預貯金の支払いを求めるとき、相続人の範囲を証明するための資料(具体的には、戸籍謄本です)が必要になることが想定されます。
注意ポイント
ここまで解説してきた制度は、いずれも「仮払い」の制度です。
相続人がこの制度に基づいて受け取る預貯金は、あくまで「仮に」受け取るもので、その後の遺産分割の手続のなかで、精算されます。
現在も行われる「便宜払い」との関係は?
現在でも、金融機関は、「どうしてもお金がすぐに必要だ」という相続人のために、任意に、預貯金の払戻しを行うことがあります。
本当は払戻しの義務はないけれど、相続人による払い戻し依頼に応じてくれることがあります。
これを「便宜払い(べんぎばらい)」と呼びます。
「便宜払い」の目的も、亡くなった方の相続人が、急に現金が必要となったときに用意してあげるということです。
今後は、法改正で、正式に、金融機関から払戻しを受けるための制度ができました。
葬儀費用などのためのお金が急に必要でも、金融機関としては、「仮払い」制度にもとづいて払戻しをおこなえば十分である場合が多いです。
そのため、金融機関で現在おこなわれる「便宜払い」は、今後なくなったり、内容が変わる可能性があります。
預貯金の相続は、弁護士にお任せください
いかがでしょうか。
大切な方が亡くなってしまった場合に、のこされた相続人の方々が急に出費が必要となる・・・、ということは、よくあることです。
しかし、「仮払い」制度をうまく利用するためには、家庭裁判所、金融機関とのやりとりをスムーズに進める必要があり、相続に関する知識、ノウハウが必要となります。
「相続財産を守る会」の弁護士も、相続に関するご相談を受けた際には、これらの制度も活用して適切なアドバイスをおこないます。
預貯金を相続して、どのように対応したらよいかお悩みの方、特に、相続人間に争いのある方は、当会にご相談ください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は、2018年におこなわれた相続法の改正のうち、特にお悩みのおおい、相続した預貯金の仮払いについて、弁護士がくわしく解説しました。
今回の解説をご覧になっていただくことで、次のことをご理解いただけます。
解説まとめ
預貯金を相続し、すぐにお金が必要な場合の手続き
相続人が遠方にいるときや、相続人間で争いがある場合の、現在の預貯金仮払い制度の不都合
2018年(平成30年)の相続法の改正で救済される、預貯金の仮払いに関する新しい制度の利用方法
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