民法上、相続人が最低限相続できる財産である遺留分を侵害して多くの財産を得た人は、他の相続人から「遺留分減殺請求権」を行使されるおそれがあります。
遺留分減殺請求をされたとき、不動産(土地・建物)を生前贈与や遺贈などによって得て、多くの相続財産(遺産)を得ていたとき、遺留分減殺請求の結果、その不動産が共有となってしまったり、その不動産を渡さなければならなかったりすることがあります。
「価額弁償」という方法を利用することによって、不動産を多くもらうことによって他の相続人の遺留分を侵害した人であっても、不動産を渡さずに相当額のお金を渡すことで解決することができます。
そこで今回は、遺留分減殺請求を受けた側の立場の方に向けて、価額弁償の方法によって不動産を共有にしたり渡したりせずに「争続」問題を解決する方法について、相続に強い弁護士が解説します。
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価額弁償とは?
価額弁償とは、遺留分減殺請求権を行使された際に、権利行使を受けた側が、取得した相続財産(遺産)の現物ではなく、相当価格の金額を支払うことで減殺請求に応じることをいいます。
「相続財産(遺産)の現物」とは、相続によって取得した不動産(土地・建物)、株式、動産などをいいます。特に不動産(土地・建物)は価値が高いため、生前対策などなく1つの不動産を取得した場合、他の相続人の遺留分を侵害している可能性が大いにあります。
不動産(土地・建物)は分割がしづらく、遺留分減殺請求権を行使された結果不動産自体を渡すこととなると、その一部の持分を渡し、共有となってしまうおそれがあります。
遺留分減殺請求権を調停や訴訟などによって争うほど相続人間に亀裂が生じているとき、不動産を共有し、この先うまく進めていくことは困難です。このとき、価額弁償を活用することになります。
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価額弁償を選択するメリットは?
1つの不動産の評価額が高ければ高いほど、不動産(土地・建物)をめぐる相続の争いごとは大きくなりがちです。その不動産を取得できるかどうかによって、得られる相続財産(遺産)の金額が大きく異なってしまうからです。
そして、遺留分減殺請求権を行使した結果、1つの不動産を複数人の相続人で共有することとなった場合には、相続のタイミングだけで問題が解決せず、その後も争いが継続することともなりかねません。この争いは「共有物分割訴訟」など、解決には更に別の手続が必要です。
相続で取得した現物を渡すのか、それとも、価額弁償をするのかは、遺留分減殺請求権の行使を受けた側が選択します。
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価額弁償で支払う金額の決め方は?
では、遺留分減殺請求を受けた人が、価額弁償を選択するとき、いくらの金額を支払えばよいのでしょうか。価額弁償する金額の決定方法にルールはあるのでしょうか。
遺留分減殺請求を行使すると、その減殺の対象となった生前贈与や遺贈は、その減殺請求の割合の限度で効力を失います。
協議で価額弁償の金額を決める方法
まず、遺留分減殺請求権をめぐる争いは、遺留分権利者が、遺留分義務者に対して、内容証明郵便などを送って話し合いをするところから始まります。
そのため、価額弁償の方法を選択した場合に、その支払う弁償金額についても、話し合いで合意ができれば、両当事者の合意した金額で価額弁償を行うことができます。
両当事者の合意のもと、不動産会社の簡易査定を取得したり不動産鑑定士などの専門家士業に依頼したりして、その評価額を参考に決定することもありますが、評価にかかる費用(専門家報酬)が高くなる場合には、話し合いでの解決が困難なケースもあります。
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裁判で価額弁償の金額を決める方法
次に、遺留分減殺請求権をめぐる争いが話し合い(協議)では解決しないとき、遺留分減殺請求調停、遺留分減殺請求訴訟という順序で進行します。「調停前置主義」といって、訴訟より前に調停を行う必要があります。
両当事者の合意ができず、裁判所の判断により、価額弁償で支払う金額を決めてもらうときには、不動産の時価評価額を基準とします。裁判でも、「鑑定」の方法により、不動産鑑定士が評価額を提出します。
このとき、不動産の時価評価額は、被相続人の死亡時ではなく、訴訟の事実審の口頭弁論終結時を基準時とします。実際に価額弁償がされる時点にできるだけ合わせることが、相続人間の公平性という遺留分の制度趣旨に沿うためです。
価額弁償の遅延損害金
価額弁償をすることとなったにもかかわらず、相当の金銭を支払わない場合には、その遅れた期間分だけ遅延損害金がかかります。この遅延損害金の起算点は、遺留分権利者が、価額弁償金の支払を請求したときから進行するものとされています。
ただし、次に解説するとおり価額弁償の選択を誰がするかは、複雑です。一旦価額弁償の意思表示を受けた後、価額弁償権を行使して金銭請求をしてしまうと、後戻りはできません。
つまり、価額弁償権を行使して金銭請求をした後で、生前贈与や遺贈を受けた人が「実はお金をもっていない(無資力)」ことがわかったとき、財産も金銭も得られなくなってしまう危険があります。
遺留分権利者の側でも、価額弁償を求めるかどうかを判断するにあたっては、「無資力の危険」がないかどうか、支払不能となってしまわないかどうか、調査が必要です。
価額弁償を選択するのは誰?
ここまで解説してきたとおり、価額弁償の制度は、遺留分権利者から遺留分減殺請求権を行使された側、つまり、相続財産(遺産)をより多くもらった側が、「価額弁償をしたい」と選択するものです。
つまり、請求された側が、不動産・株式などの相続財産(遺産)の現物を渡すのか、金銭を渡すのかを、選ぶことができるのです。遺留分減殺請求に関する争いにおいて、価額弁償の選択をするのが誰かを決める民法の条文には、次のように規定されています。
民法1041条(遺留分権利者に対する価額による弁償)1. 受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2. 前項の規定は、前条第一項ただし書の場合について準用する。
ただし、価額弁償を選択して、現物の返還義務を回避するためには、価額弁償の金額について、現実に提供する必要があります。つまり、「価額弁償をする」と意思表示しただけではまだ、請求した側が、現物の返還請求をし続けることができます。
遺留分権利者側から価額弁償を選べない
遺留分を有する側からして、相続財産(遺産)の現物に必要性はあまり感じておらず、相当額の金銭さえもらえて公平性が保たれれば満足だ、という場合があります。
しかし、遺留分権利者側から積極的に価額弁償によって対応することを選択することはできません。遺留分減殺請求を受けた側が、「不動産などの現物を渡す」といった場合には、代わりにお金をもらうことを選択することはできません。
遺留分減殺請求権は、金銭を求める権利ではなく、現物を求める、いわゆる「物権的請求権」と呼ばれる権利だからです。
ポイント
なお、2018年に行われた相続法の改正により、遺留分減殺請求権という物権的請求権は、遺留分侵害額請求権という金銭請求権に変更されることとなりました。
したがって、この改正が施行されると、遺留分に関する権利は金銭を求める権利となり、遺留分減殺請求権を受けた側がどのような対応をしようとも、これまでの価額弁償の制度と同様の結果になるのです。
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2018年法改正後の「遺留分侵害額請求権」は、こちらをご覧ください。
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一部の財産のみの価額弁償もできる
包括遺贈(すべての財産を一括して贈与すること)を受けた場合など、とても多くの種類の相続財産(遺産)を取得したとき、その一部の財産だけを「価額弁償」にしたいというケースがあります。
結論から申しますと、遺留分減殺請求を受けたとき、取得した相続財産(遺産)のうち、一部の財産についてのみ価額弁償とすることも可能です。個々の財産ごとに、その財産を返すのか、お金を払うのかを選べるのです。
たとえば・・・
会社経営者である父がなくなり、その相続人が息子と娘であったとします。
相続財産には、自宅不動産(家・土地)と会社の株式であり、息子が長男として、遺言により包括遺贈を受けた場合を想定してください。
この場合に、会社の事業承継を息子が後継者として行うことから、会社の株式は現物で確保しておきたいけれども、事業を円滑に経営する必要から現金は手元に残しておきたく、自宅不動産(家・土地)は不要という場合、株式については価額弁償とし、自宅不動産については共有とすることもできます。
相続問題は、「相続財産を守る会」にお任せください!
いかがでしたでしょうか?
今回は、遺留分減殺請求権を行使された側の人が選択することのできる「価額弁償」の方法とその弁償金額の決め方、注意点などを、弁護士が解説しました。
遺留分減殺請求権を行使された人に選択肢があるものの、遺留分減殺請求をした人(遺留分権利者)にとっても、価額弁償請求権を行使したにもかかわらず相手方の無資力によりお金を得られなかったという事態とならないよう注意が必要です。
「相続財産を守る会」の弁護士は、ご家庭の状況、財産の状況をお聴き取りした上で、価額弁償を選んだ場合のメリット・デメリットを正直にご説明し、より有利な選択をするサポートをいたします。