相続で取得する財産には、プラスの財産だけでなく、マイナスの財産も含みます。マイナスの財産には、亡くなった方(被相続人)の生前にした借金や住宅ローン、自動車ローン、教育ローンなど、支払わなければならないあらゆる債務が含まれます。これらをまとめて「相続債務」と呼びます。
民法の定める遺留分は、相続人が最低限相続できる遺産の割合です。遺留分を計算するにあたっては、相続債務も考慮に入れる必要があります。遺留分はそもそも、財産をもらう権利ですが、財産は、債務の分だけ減ってしまうからです。
今回は、遺留分の計算において相続債務をどのように考慮するか、遺産に債務(借金やローン)を含む場合の遺留分の計算方法とともに解説します。
相続債務とは
相続債務とは、被相続人の遺産に含まれる債務のことです。相続債務もまた、相続によって相続人にその負担が承継されます。
相続債務は様々なパターンがあり、いわゆる「借金」だと想像していると、重要なものを見逃すおそれがあります。例えば、次のようなものも相続債務に含まれるので、注意が必要です。
- 個人間の借金
- 銀行からの借入
- 消費者金融からの借入
- 生前の治療費・入院費の未払い
- 税金・社会保険料の未納
なお、死後に生じる葬儀費用は、喪主が負担すべきと解釈されており、故人の財産で負担すべきものではないので、相続債務にはなりません。
相続する借金の調べ方について
債務(借金・ローン)も相続される
相続では、プラスの財産だけでなくマイナスの財産も承継されるので、債務(借金・ローン)も相続されます。このときの遺産分割の方法について解説します。
なお、マイナスの財産が多く、相続すると逆に損するというケースでは、相続放棄もしくは限定承認という手続きを選択すべきです。
可分債務は法定相続分に応じて分割する
まず相続債務のうち「可分債務」は、法定相続分に応じて分割するのが原則です。可分債務とは、分割して給付を実現できる債務です。例えば、100万円の借金なら、2人で5万円ずつ返済しても問題なく、可分債務の典型例といえます。
債務(借金・ローン)は遺産分割の対象とならない
遺産に含まれる債務(借金・ローンなど)は、相続の対象にはなるものの、遺産分割の対象にはなりません。
被相続人が死亡し、複数の相続人がいると、遺産分割が終わるまでは財産の全てを相続人全員が共同で引き継ぎ、その後に分け方を話し合う遺産分割協議を行います。借金やローンは、可分債務であり、プラスの財産とは異なり当然に分割されて個々の相続人に承継されるので、遺産分割の対象にはならないのです。
なお、相続人のうち1人が、相続債務を代表して払った場合には、他の相続人に対して求償権を行使することができます。
遺産分割の基本について
包括遺贈の場合の例外
包括遺贈とは、例えば、遺言書において「全財産の4分の1を次男の妻に相続させる」といったように、割合を示して遺贈することです。包括遺贈の場合には、債務の相続について例外的な扱いをすることになっています。
つまり、包括遺贈では、遺言で指定された割合に応じて、遺贈を受けた方(包括受遺者)が債務を引き継ぎます。
遺贈の基本について
相続債務がある場合の遺留分の計算方法
次に、相続債務がある場合の遺留分の計算方法について解説します。基本的な計算式は原則と同じであり、次の通りです。
- 遺留分 = 遺留分算定の基礎額 × 遺留分率 × 法定相続分
このうち、相続債務の存在は、「遺留分算定の基礎額」の計算におけるマイナス要素として扱われます。
遺留分の基本について
遺留分算定の基礎額を計算する
まず、遺留分の算定基礎額を計算します。
民法は「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する」と定めますので、計算式は次の通りです。
- 遺留分の算定基礎額 = 相続開始時の財産額 + 被相続人が贈与した額 - 相続債務額
被相続人が贈与した額を加えるのは、贈与額も元は被相続人の財産の一部であり、相続人間の公平を確保するために、特定の人が贈与された額も含めて取り分を計算するためです。なお、贈与は、原則として相続開始前の1年以内になされたものを加えます。
先ほど解説の通り、相続債務(お亡くなりになった方の借金・ローン)は、計算の際のマイナス要因、控除対象として取り扱われます。
遺留分率をかける
遺留分率、つまり、遺産の取り分として確保できる割合は、相続人の構成によって次のように定められています。
- 相続人の中に配偶者や子がいる場合「被相続人の財産の2分の1」が遺留分として確保されます。
- 相続人が直系尊属(両親や祖父母)のみの場合は「被相続人の財産の3分の1」が遺留分として確保されます。
- 相続人が兄弟姉妹のみの場合、遺留分はありません。
法定相続分を計算する
最後に、法定相続分をかけます。遺留分は個々の相続人ごとに計算するので、その法定相続人の法定相続分の割合をかけることによって最終的に算出します。
法定相続分の割合について
具体的な計算例
わかりやすくご理解いただくために、具体例によって、相続債務が存在する場合の遺留分の計算例を示します。
夫が死亡し、その相続人が妻と2人の子であり、相続開始時の財産額が4000万円、被相続人が妻に2000万円を生前贈与しており、相続債務が1000万円だったとします。
相続人が妻と2人の子なので、遺留分率は2分の1、また法定相続分は妻が2分の1、子がそれぞれ4分の1ずつ。したがって、妻と子の遺留分は次の通りに計算します。
- 遺留分の算定基礎額
4000万+2000万-1000万=5000万 - 妻の遺留分額
5000万×1/2×1/1=1250万 - 子の遺留分額
5000万×1/2×1/4=625万
なお、保証債務もまた債務の一部として相続の対象となりますが、遺留分の計算にあたっては原則として控除の対象にならないことに注意が必要です。ただし例外的に、保証債務を弁済しなければならないことが確実であって、かつ、本来の債務者に対して求償できないことが明らかな場合に限り控除の対象となるとされています(東京高等裁判所平成8年11月7日判決)。
ケース別の相続債務と遺留分の考え方
最後に、具体的なケース別に、相続債務と遺留分の考え方を解説します。
相続人の1人が遺言により全財産を相続する場合
まず、相続人の1人が、遺言によって全財産を相続するケースです。遺留分は、相続人が最低限相続できる割合を定めているので、1人が全て相続すれば、必然的に他の相続人の遺留分は侵害され、遺留分侵害額請求権によって回復することができます。
このとき、遺留分侵害額請求権を行使したとしても、相続債務を引き継ぐことはありません。全財産を1人の相続人に相続させるという遺言は、全割合(つまり10割)の財産を与えるという包括遺贈と同じ扱いになります。包括遺贈の場合には、指定された割合で債務も引き継ぐと解説したように、この場合には包括受遺者が相続債務も全て引き継ぐことになります。判例にも同趣旨の判断をしたものがあります(最高裁平成21年3月24日判決)。
「相続人のうち1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」
最高裁平成21年3月24日判決
なお、あくまで遺留分の計算上の問題であり、相続債務の債権者との関係では、法定相続分に従って承継された扱いとなります。つまり、債権者に請求されたら、他の相続人も、法定相続分に従って債務を返済しなければなりません(この場合、法定相続分に従って返済した相続人は、全ての相続債務を引き継いだ相続人に、返済額を求償できます)。
被相続人が債務超過の場合
以上は、相続債務はあれど借金はさほど多くないことを想定していました。しかし、被相続人の債務が多すぎて、相続財産より相続債務が多いケース、つまり「債務超過」の場合もあります。債務超過の場合、相続放棄をして相続しない選択をするケースのありますが、自宅不動産や家族経営の会社の株式など、手放せない財産があることもあります。
債務超過のときの遺留分の計算について、具体例を挙げて解説します。
夫が死亡し、相続人が妻と2人の子、死亡時の財産額が2000万円で、生前贈与はなく、相続債務は4000万円という債務超過のケースを想定します。
相続人の遺留分率は2分の1です。また、法定相続分は妻が2分の1、子はそれぞれ4分の1ずつです。この場合、遺留分の算定基礎額は、-2000万円となり債務超過なので、遺留分侵害額請求権は行使できません。
ただ、遺留分がないにもかかわらず、相続債務は当然に法定相続分で分割され、相続される点に注意が必要です。遺産を十分もらえないのに、債務については請求される可能性があるのです。
なお、一見すると債務超過に見えても、
- 実態のない相続債務を計算から除外する
- 被相続人が行った贈与を加える
- 相続財産の評価方法を検討する
といった方法でプラスになるケースもあり、その場合には遺留分侵害額請求が可能な場合があります。
遺留分侵害額請求について
まとめ
今回は、相続債務(借金・ローンなど)が存在する場合の、遺留分の計算方法について解説しました。なお、その前提として、債務を特定するために、その存在や金額、債権者などを十分に調査する必要があります。
遺留分を侵害され、遺留分侵害額請求権を行使するケースでは、裁判になることも多く、事前に弁護士へ相談するのがお勧めです。