遺産分割協議の結果に納得がいかない、または、新たな事実が明らかになった場合に、その結果をやり直すことは可能でしょうか。感情的に複雑な対立のあるケースほど、一度決めてしまった協議の内容を変更したいという不満のある方も珍しくありません。
法的にも、遺産分割協議のやり直しは、一定の条件の下で認められています。遺産分割協議は、相続人全員の合意がなければ成立しないので、その合意が無効なら、やり直しが可能です。不公平な分割の是正、新たな財産の発見など、やり直しすべき場面は多くありますが、税金や登記の手間が再度必要となるなど、注意すべき点もあります。
今回は、遺産分割協議のやり直しについて、その条件や方法を解説します。より公平で納得のいく解決を目指すようにしてください。
遺産分割協議とは
まず、遺産分割協議は、遺産を相続人間で分割するため、合意に向けて話し合う手続きを指します。この協議によって遺産を分けるには、相続人全員の合意が必要です。
遺言がない場合や、遺言書にて分割方法の指示をされていない財産があるとき、相続財産を分けるには遺産分割のプロセスを踏む必要があります。遺産分割協議では合意に至らないとき、遺産分割調停ないし審判という裁判所の手続きに移行して争います。
遺産分割協議における話し合いは、遺志に沿った分配を目指す一方で、相続の紛争を避けるのに非常に重要です。公平な分割に向けた建設的な議論ができればよいですが、本解説の通り、なかにはその結果に不満のある相続人が、やり直しを希望するケースもあります。
遺産分割協議の進め方について
遺産分割協議のやり直しが可能なケース
一度成立した遺産分割協議について、例外的に、やり直しが可能なケースがあります。
相続人全員がやり直しに同意した場合
遺産分割協議をやり直すことについて、相続人全員の合意があれば、協議をやり直すことができます。法的には、成立した協議を「合意解除」して、再び協議し直すことを意味します。
遺産分割協議は、相続人全員の同意によって決まるので、全員がやり直しに同意するなら、その意思を尊重すべきと考えられることが理由です。そのため、共同相続人のうち1名でもやり直しに反対する人がいれば、協議は有効に成立し、やり直すことはできません。
なお、相続人全員の合意によって新たな協議をしたときは、以前の合意の内容は、初めから効力を有しないこととなります。
新たな遺産が発見された場合
遺産分割協議の成立後に、分割方法を決めていない新たな遺産が発見された場合、原則としては新たに発見された遺産についてのみ協議し、分け方を決めるので足ります。この場合、既に協議が成立した財産には触れずに済み、やり直しはしません。
ただ、新たに発見された遺産が非常に重要なものだったり、故人の財産の大部分を占めていたりする場合は、一からやり直す方が公平な分割となるケースもあります。この場合、相続人全員がやり直しに同意し、再協議となる例も多いです。なお、遺言において、新たに発見された財産の扱いをあらかじめ決めておき、再協議を防ぐ例もあります。
- 「協議書に記載されない相続財産が発見されたとき、長男である◯◯が相続する」など
遺産が新たに発見された原因が、ある相続人が意図的に隠していたという場合は、相続欠格に該当し、相続人としての資格を失う可能性があります。
そのため、相続財産の隠匿によって再協議せざるを得なくなったケースでは、相続人として参加できる人物についても配慮を要します。
遺産分割協議が無効となる場合
遺産分割協議が無効となる場合、新たに協議しなければ財産の引き継ぎができません。そのため、当然ながらやり直しをすべき場面といえます。遺産分割協議が無効になるケースは次の例があります。
遺産分割協議が取り消しできる場合
遺産分割協議において、相続人の意思表示に瑕疵があった場合は、民法によってその意思表示を取り消すことができます。民法に定められた取り消しの事由は、主に次の3つです。
- 錯誤(民法95条)
意思表示の前提となる重要な部分の認識に誤りがある場合 - 詐欺(民法96条)
だまされて意思表示をした場合 - 強迫(民法96条)
脅されて意思表示をした場合
いずれの場合にも、意思表示の瑕疵を主張し、他の相続人に取り消しを通知して、遺産分割協議のやり直しを求めることができます。
遺産分割協議に従わない相続人がいてもやり直しはできない
一方で、協議に不満があってもやり直しができない場合もあります。例えば、遺産分割協議に従わない相続人がいたとしても、それだけでは協議をやり直すことはできません。
法律用語では「債務不履行解除」といい、通常の契約ならば、当事者が負う義務を履行しないことを理由に解除できますが、遺産分割協議は債務不履行解除ができないものとされています。このことは、最高裁判例で次の通り判示されています。
共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が右協議において負担した債務を履行しないときであつても、その債権を有する相続人は、民法五四一条によつて右協議を解除することができない。
最高裁平成元年2月9日判決
つまり、相続人の1人が協議書に違反したとしても、これを理由に協議を無効にしたり、解除したりやり直したりすることはできません。この場合、他の相続人としては、従わない者に対して、その債務の履行を請求するしかありません。
遺産分割協議をやり直す方法
次に、遺産分割協議をやり直す場合に、その方法についてステップで解説します。一度行った手続きをやり直すため、複雑な手続きになることもあるので慎重に進めてください。
法的なアドバイスを得る
まず、遺産分割協議をやり直すメリットとデメリットを比較するため、弁護士に相談してください。初めに法律相談することで、やり直しのプロセス全体を指導してもらえます。
やり直しを求める理由を決める
本解説の通り、協議をやり直せる条件は、いくつかのものに限定されますから、要求する具体的な理由や根拠を決めなければなりません。
協議のやり直しを要求する
他の相続人に対し、正式にやり直しを求める旨を通知します。まずは話し合いから始めるようにしてください。他の相続人にもやり直すメリットがある場合や、そもそも協議が無効な場合は、この段階で再度の協議に移行します。
遺産分割協議無効確認訴訟を起こす
遺産分割協議が無効であるのに、他の相続人がやり直しに応じない場合には、協議の無効を確認するための訴訟を提起することができます。
遺産分割協議を見直す際の注意点
最後に、遺産分割協議をやり直すときの注意点を解説します。
一度成立した協議を再度やり直すにはリスクもあり、協議内容を見直す際には注意が必要です。これらの手間やコスト、リスクを加味し、やり直すのが適切かどうかを検討すべきです。
有利にまとまるとは限らない
遺産分割協議に不満があり、やり直せる条件に該当していても、その後に再び協議したからといって必ずしも有利に進むとは限りません。再度協議をして、結局は同じ内容にまとまってしまったり、場合によっては初回の協議よりも悪くなってしまったりする危険もあります。
再度の協議も、初回の協議と同じく、話し合いでまとまれば遺産分割協議書を作成して終了することになりますし、決裂すれば遺産分割調停ないし審判にて争います。
税金が余計にかかる
遺産分割協議をやり直した場合、最初の協議で一度取得した遺産を、新たに贈与ないし譲渡したものと扱われ、贈与税や所得税を課されるおそれがあります。最初の協議の後に相続税の申告を完了している場合には、税務署から贈与税、所得税の対象となるという指摘を受けやすくなります。
特に、贈与税は税率が高く、小規模宅地等の特例など、相続税の計算時には利用できる税額軽減の特例を利用することができず、思いの外高い税金となる可能性があります。
相続登記のやり直しが必要となる
遺産分割協議をやり直すと、相続登記も再度する必要があります。相続した不動産の名義変更について、新たな協議書に従ってやり直さなければなりません。一旦は相続登記を完了している場合、「合意解除」などの登記原因によって古い登記を抹消してからやり直します。
このとき、再度の相続登記についても登録免許税がかかり、また、不動産を新たに取得することになり不動産取得税も課されます。
相続登記の手続きについて
まとめ
今回は、遺産分割協議のやり直しができる場合と具体的な方法、注意点を解説しました。
遺産分割協議は、一旦成立したとしても、相続人全員の合意があったり、無効となったりする場合には、やり直すことができます。ただ、不満があるからといってやり直す方が得かどうかは、税金や相続登記の手間、その他様々なデメリットを考慮して慎重に決めなければなりません。
また、少なくともミスによってやり直しとなることのないよう、当初の協議の際にはしっかりと相続人と遺産の調査をし、不備のないよう進めてください。その際、多くの遺産分割協議をサポートしてきた弁護士など専門家のアドバイスが助けになります。