遺言を残しておくことで、未然に防げる相続トラブルは多くあります。自筆証書遺言は、個人でも簡単に取り組める、最も手軽に遺言を残す方法です。
遺言書を作成するのに「早すぎる」ということはありません。まずは、自筆証書遺言の作成から始めてください。ただ、自筆証書遺言には、法的に有効とされる条件があり、書き方に注意が必要です。また、他の遺言と比べてメリット、デメリットがあり、必ずしも最適な方法とは限りません。
今回は、自筆証書遺言の基本について、詳しく解説します。
自筆証書遺言とは
自筆証書遺言は、自分一人でも作成できる遺言です。遺言の残し方には、公正証書遺言、自筆証書遺言、秘密証書遺言がありますが、このなかでも最も簡単に作成できるのが、自筆証書遺言による方法です。
自筆証書遺言の定義
自筆証書遺言は、遺言者が自分で作成する遺言の形式です。
法律上、遺言を残す人が、その全文と日付、指名を自筆で記し、印鑑を押すことが必須となります。この形式は、独自に作成する遺言の形式です。法律上、遺言者がその全文、日付、氏名を自筆し、印を押すことが必須です。この形式は、民法968条で次のように定められています。
民法968条(自筆証書遺言)
1. 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2. 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3. 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
民法(e-Gov法令検索)
自筆証書遺言では、遺言を残した人の意思が明確に反映されることを重視し、自分ひとりの手で作られることによる不確実性を払拭するために、その作成方法や内容について、法律に厳しい条件が定められているのです。これらの要件を満たさない自筆証書遺言は無効です。
遺言書の基本について
自筆証書遺言と他の遺言の種類との違い
自筆証書遺言は、他の遺言形式と比較して、手軽に作成できる点が特徴です。
これに対して、他の形式の1つ、公正証書遺言では、公証役場に出向き、公証人と証人の協力を得て作成する必要があり、費用と手間がかかります。自筆証書ならば、遺言者が自筆で、独力で完成させることができます。また、秘密証書遺言は、秘密裏に作成することができますが、第三者に知られない分、誤りを正しづらく、検認してはじめて有効要件を満たしていなかったことが明らかになるなど、リスクがとても大きいです。
公正証書遺言について
自筆証書遺言のメリットとデメリット
自筆証書遺言には、手軽に作成できるというメリットがある反面、作成方法にミスがあると、無効な遺言になってしまうデメリットがあります。
一方で、デメリットとしては、形式に関する誤りが無効の原因になるリスクがあり、書式や内容の間違いにより、意図しない法的トラブルを招く可能性があります。さらに、自筆証書遺言は遺言者の死後に発見されない可能性もあるため、保管方法にも注意が必要です。
【自筆証書遺言のメリット】
- 自分で手軽に作成できる
- 遺言作成にコストがかからない
- 遺言内容を秘密にできプライバシーを守れる
- 遺言者の意思を直接表現できる
- 複雑な法的手続きが不要でシンプル
【自筆証書遺言のデメリット】
- 形式の要件を満たさないと無効になる
- 適切に保管されず紛失や発見できないリスクがある
- 内容が不明確だと誤解や紛争を招きやすい
- 相続財産調査が不十分となる
- 偽造、書き換え、隠蔽のリスクがある
これらのメリットとデメリットを考慮すると、自筆証書遺言の形式で作成するなら、法的要件を確実に満たすよう注意し、弁護士など専門家のアドバイスを受けるのがお勧めです。
自筆証書遺言の法的要件
次に、自筆証書遺言が満たすべき、厳格な法的要件について解説します。作成するにあたり、以下の要件を満たさないものを作っても無効になってしまうため、必ず守るようにしてください。
全文の自筆、日付と氏名の記載、押印
自筆証書遺言の作成時において、民法が定めているのは以下の3つです。
- 全文の自筆
遺言の全文は、遺言者自身が手書きします。「全文」とは、本文だけでなく、タイトルや指示など、遺言書に書かれた全ての部分のことです。 - 日付と氏名の記載
遺言書には、作成した日付と、遺言者の氏名を書きます。氏名は、戸籍上の名前(フルネーム)がよいですが、ペンネームや源氏名でも、誰の遺言かがわかれば有効です。氏名を書くことで誰の意思が示されたものかを明らかにするとともに、日付は、先後関係によって優劣が決まり、最新の遺言が有効となるからです。 - 押印
遺言書には遺言者の印鑑を押す必要があります。これは遺言者の身元を確認し、文書がその真意によって作成されたことを保証するためです。実印でなくてもよく、認印や三文判でも構いません。
つまり、遺言書の全文を遺言者自身が手書きで書き、日付と氏名を明記し、そして最後に押印することです。これらの要件は、自筆証書遺言が有効であるためのもので、全部満たさなければなりません。いずれか1つでも欠けると、遺言書が無効になってしまいます。
自筆でなくても良い部分とそのルール
自筆証書遺言について、例外的に遺言者が自筆で書かなくても良い部分があります。それが財産目録です。遺言は全文自筆と解説しましたが、財産目録は自筆でなくても構わず、この部分についてはパソコンによる印字や、代筆によって作成することが許されています。また、目録の一部として登記簿謄本や預貯金通帳の写しなどを添付することもでき、転記ミスによるトラブルを減らせます。
財産目録が手書きでなくてもよい点は、2018年の相続法改正で可能になりました(2019年1月13日施行日以降の遺言に適用されます)。財産目録は細かく、情報を誤らぬよう記載せねばなりません。そのため、手書きでないほうがむしろ意思の正確性が担保できます。
ただし、新ルールに従って目録を手書き以外で作るときは、自筆でない全てのページに遺言者が署名押印が必要です(両面に目録が印字されている場合はその両面に署名押印する)。また、自署部分に、財産目録とはいえない記載があると、遺言は無効になります。
自署でない財産目録について、よくある質問をまとめておきます。
- 財産目録に押す印鑑は認印で構わない?
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本文、財産目録いずれも実印でなく認印、三文判で構いません。本文と財産目録に押す印鑑が別でもよいですが、誤解を招くので統一するのがよいです。
- 同じページに自署部分と自署ない部分があるときは?
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自署でない部分が含まれたページには、全て署名押印が必要です。
- 手書きでない財産目録を訂正する方法は?
-
手書きでない目録も、手書きで訂正してよいです。その場合には、修正箇所に署名押印が必要です。新しい財産目録を作って差し替えることも可能です。
相続財産目録について
自筆証書遺言の書き方
次に、自筆証書遺言の書き方について解説します。ステップに分けて説明しますので、見ながら実際に順に進めていけば、遺言を完成させることができます。
作成の事前準備
まずは、自筆証書遺言を残す事前準備として、紙と筆記具を容易してください。用紙や筆記具の選び方は、以下を参考にしてください。
- 用紙
法律上の制限はなく、便箋かコピー用紙などがお勧めですが、市販の遺言書作成キットも活用できます。長期間保管しておくため、高品質で耐久性の高い紙でなければなりません。 - 筆記具
同様に制限はないものの、偽造のおそれがあるため消せないもの、黒のボールペンがお勧めです。水性ではなく、油性のもので、読みやすくはっきりと記載してください。 - 印鑑
自筆証書遺言には必ず押印が必要です。実印でなく、認印、三文判で足ります。印鑑証明書は不要です。シャチハタは偽造が容易なため避けるようにしてください。
日付を記入する
前章の通り、遺言を有効とするために、遺言書に作成した日付を記載します。西暦、和暦のいずれでもよいですが、年月日まで全てはっきり特定できるように記載する必要があります。作成日付も自筆で書く必要があり、ゴム印や印字は認められません。
遺言内容を記載する
遺言書には、財産の分割方法や、遺言によって財産を移転したい人(受遺者)についての具体的な指示を書きます。明確かつ具体的に記述するのがポイントです。
本文と、財産目録を作成する必要がありますが、遺産となる財産が明確に特定できるよう、不動産ならば登記情報、銀行口座ならば通帳などの記載にしたがい、正確に作成します。また、受遺者についても氏名と住所を正確に記載してください。どの財産を、誰に渡すかが不明確だと、せっかく作った遺言が争いのもとになります。
付言事項を記載する
遺言には、財産の承継に必要な事項以外のことも記載できます。これを付記事項といい、必須ではないものの、生前の遺言者の意思を尊重してもらうための、いわば「お気持ち」の記録です。例えば、次のようなことを書く例があります。
- 遺言を残した理由
- 現在の心境
- 相続される財産が不平等な場合に、その理由
- 将来家族で争ってほしくないということ
付記事項がなくても遺言が無効となることはありませんが、将来の争いを根を絶つために記載しておくのがお勧めです。
遺言執行者を指定する
自筆証書遺言では、遺言執行者を指定するのがお勧めです。遺言執行者は、作成した遺言の内容を忠実に実行してくれる役割を持つ人のことで、親族や血縁である必要はなく、弁護士などを指定する例も少なくありません。
遺言執行者を指定することにより、争いをやめさせ、遺言にしたがった遺産分割を確実に履行してもらえることが期待できます。
遺言執行者の役割について
自筆で記述し、署名押印する
自筆証書遺言は、全文を自筆で作成します。財産目録以外についてはパソコンで印字はできず、他人の代筆も許されません。署名だけでなく、文書も全て自筆で書きます。身体が不自由だったりケガしていたりなどで自筆で書くのが難しい場合、公正証書遺言など他の形式を検討してください。
最後に、署名押印をします。1つの遺言書で意思表示できるのは1人までであり、共同遺言は許されないので、自分の名前だけを書くようにしてください(夫婦であっても2人の名前を書くと無効です)。
遺言書を保管する
完成した自筆証書遺言は、紛失や破損を防ぐために、安全な場所で保管してください。第三者に預けるのもよいですが、偽造、変造しない信頼できる人で、利害関係のない方がよいでしょう。弁護士など専門家に預けるのも効果的です。
自筆証書遺言の保管と管理について
次に、作成した自筆証書遺言を、間違いなく後世に伝えるための、保管と管理について解説します。せっかく作成した遺言が失くしたり破損してしまったりしては台無しです。
遺言書の安全な保管方法
自筆証書遺言書を封筒に入れ、密封して押印する例はよくありますが、自筆証書遺言においてこの保管方法は必須ではありません。ただ、このように厳重に封をしておけば、相続人などの利害関係者が遺言書を改ざんする危険を防げるので良い方法です。
なお、大切に保管しすぎて、しまい込んだ遺言を死後に誰も見つけられなかったのでは意味がないので、確実に遺族に発見してもらえるよう、貸金庫に保管するか、相続人に遺言の存在を伝えておくようにしてください。
法務局で保管してもらう方法
自筆証書遺言は手軽に作成できる反面、偽造や紛失などのリスクがどうしてもつきまといます。そのデメリットを避けるため、法改正により新設されたのが、自筆証書遺言を法務局で保管してもらうことのできる制度です。本制度は2018年の相続法改正で新設され、2020年7月10日に施行されました。
保管先の法務局は、次の要件を満たす場所から選択します。
- 遺言者の住所地を管轄する遺言書保管所
- 遺言者の本籍地を管轄する遺言書保管所
- 遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所
※ 法務局の管轄は、法務省のサイトをご確認ください。
保管申請書を作成し、遺言者本人が、法務局に出向く必要があります。この際、遺言書、保管申請書とともに、身分証明書が必要書類となります。なお、内容面に関するチェックや作成の支援はしてくれないので、自筆証書遺言が無効にならないよう自分でしっかり作成までは進める必要があります。
発見された際の手続き
自筆証書遺言を発見した際にとるべき手続きがあります。まずは、遺言書を安全な場所に保管し、紛失したり損傷したりすることを防ぎましょう。遺言は、今後の遺産分割で重要な役割があるため、慎重に扱う必要があります。
発見した自筆証書遺言は、相続の開始後、速やかに家庭裁判所に提出する必要があります。この手続きを検認といいます。検認の細かい手続きは次の通りであり、主に、遺言書の正当性を裁判所に確認してもらい、公正な遺産分割を進めることが目的です。
- 提出先
遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所 - 提出期限
特に定めはないが、遺言者の死後(相続開始後)すぐすべき - 参加者
相続人、(指定されている場合は)遺言執行者
検認では、遺言書が封印されている場合には開封し、内容を確認します。検認手続きが終了したら、遺言書にしたがって遺産を分割します。遺言執行者が指定されている場合にはその人が手続きを進めますが、指定されていない場合には相続人が行います。
なお、前章の保管制度を利用していた自筆証書遺言は検認が不要となりますが、遺言者が亡くなったときは遺言書保管事実証明書の交付を請求します。この手続きは、遺言者の相続人、受遺者、遺言執行者のみ可能です。
そして、遺言が保管されていることが判明したら、遺言書情報証明書の交付を請求します。この際、他の相続人らにも通知され、遺言書があることが周知されます。
遺言書の検認について
自筆証書遺言についてよくある質問
最後に、自筆証書遺言についてよくある質問に回答します。
自筆証書遺言の修正や追記はできる?
自筆証書遺言は、いつでも修正や追記をすることができます。
遺言の作成途中はもちろん、完成後でも変更は可能です。自筆証書遺言の修正は、変更箇所を二重線で削除し、加除訂正した文字数を記載して押印します。死後になって解釈に誤解が生じないよう、正しいやり方で正確に行ってください。変更方法が不適切な場合には、その変更が無効となった結果、変更前の遺言が有効ならばそれが残ります。
軽微な修正や追記ではなく、遺言書の重要な部分を大幅に変更したい場合には、再度遺言書を作成しなおせば、作成日付が後の遺言が優先することとされています。遺言の作成後に、相続人が死亡していたり、遺産の状況が大きく代わったりした場合には、再考のきっかけにもなるので、遺言を書き直すのがお勧めです。
認知症でも自分で遺言を作成できる?
遺言書を有効に作成するには、遺言を残す能力(遺言能力)が必要です。特に、自筆証書遺言では、公正証書遺言とは異なり第三者の関与がなく自分で作るので、作成時点に遺言能力があったかどうかが、後からトラブルの火種となります。遺言者は高齢なことが多く、認知症の疑いがあるときには特に争いが激化します。
心配なときは、次の方法によって念のための予防をしましょう。
- 医師の診断書を残す
- 遺言に利害関係のない第三者(弁護士など)に立ち会ってもらう
- 遺言を作成している状況を動画に撮影する
- 公正証書遺言の形式にする
遺言能力の判断基準について
自筆証書遺言の代理作成は認められる?
自筆証書遺言は、その名の通り「自筆」であり、全文を自署しなければ無効となってしまいます。そのため、代理作成は認められないのが原則です。これは、法的要件を厳格にし、誤解や偽造を防止するとともに、遺言の秘密を守ることが目的です。
ただし、2018年の民法改正から、財産目録に限っては代理作成が認められます。その場合にも、自署でないページには遺言者の署名押印が必要です。身体が不自由であるなど自署が難しい場合は、公正証書遺言を検討してください。
まとめ
今回は、自筆証書遺言の基本的な法知識を詳しく解説しました。自分ひとりでも作成できる手軽さがあり便利ですが、書き方を誤ると無効になるおそれもあります。本解説の作成方法をよく理解し、注意深く作成を進めてください。
自分で遺言を残す場合には、甘く見ず、法律の定める条件をよく守るようにしてください。自筆証書遺言だったとしても、書き終えた後に弁護士などの専門家にチェックしてもらうことで将来の相続トラブルを防ぐことができます。法律上の要件を守って、大切な人に想いが届くようにしましょう。