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持戻し免除の意思表示とは?法的効果の基本と遺留分との関係

遺産相続のなかで、特に大きな問題となりやすい遺留分侵害が争点となるケースでは、遺産分割は複雑かつ感情的なトラブルを伴います。

このような背景から「持戻し免除の意思表示」は、遺産分割のプロセスを円滑に進め、亡くなった方(被相続人)の意思を尊重するために生まれた重要な考え方です。つまり、被相続人から生前に特別な利益を受けた相続人は、その特別受益の持戻し計算をして不公平を取り除くのが原則ですが、これによって「ある相続人に特に多くの財産を相続させたい」といった被相続人の思いが実現できなくなる事態を回避するのが、持戻し免除の意思表示なのです。

今回は、持戻し免除の意思表示の役割と重要性を、遺留分との関係から解説していきます。持戻し免除の意思表示が絡むとき、遺留分の計算方法は複雑になります。

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持戻し免除の意思表示とは

まず、持戻し免除の意思表示に関する基本的な知識について解説します。

持戻し免除の意思表示の定義

持戻し免除の意思表示とは、亡くなった方(被相続人)の意思によって、特別受益分を遺産に持ち戻すことを免除するという意味です。

被相続人から生前贈与や遺贈によって特別な利益を得た場合、それが特別受益と評価され、相続分を計算する際には持戻し計算をする必要があります。つまりは、特別受益で得た財産額を遺産に加算した上で、分割割合を計算するという方法であり、遺留分を侵害する場合には、持戻し計算をしなければなりません。

このような基本に対し、例外的に、被相続人の意思を尊重し、持戻し計算をしないようにするのが、持戻し免除の意思表示です。持戻し免除の具体的な方法は、贈与に際し「持戻しを免除する」旨を文書で明記するのが一般的です。遺言による贈与の場合は、その遺言書内に記載します。

特別受益の計算方法について

持戻し免除の意思表示の効果

持戻し計算は、特別受益として得た額を「相続財産の前渡し」と考えて、それによって遺留分を侵害される相続人の不公平を是正するためのものです。したがって、その例外となる持戻し免除の意思表示は、特別受益をあげたままにし、返す必要がないということを意味します。

持戻し免除の意思表示は、遺産相続における争いを予防し、被相続人の意思を尊重する効果があります。生前贈与や遺贈で、特別に財産を分け与えたにもかかわらず、それを戻さなければならないとすれば、遺産分割におけるトラブルが加速するおそれがあります。遺留分の侵害を主張されれば、大きな争いとなります。予期せぬ紛争のリスクを軽減するためにも、持戻し免除の意思表示は重要です。

持戻し免除の意思表示の方法

持戻し免除の意思表示の方法には、法律に決まったルールはなく、書面でしても口頭でしてもいずれも有効です。また、明示的な意思表示の方法だけでなく、黙示の方法もあります。

ただし、持戻し免除の意思表示の有無によって適正な遺産分割の方法が変わるので、トラブル防止のためにも、証拠に残るよう書面で明確に行うのがお勧めです。

書面による意思表示

最も良いのが、持戻し免除の意思表示を書面に明記する方法です。後から証明しやすい証拠が残るため、トラブルをできるだけ避けることができます。

このとき、「持戻し免除を免除する」いう意思を、明確に書面に記載します。遺言による特別受益を与える場合には、それと同時に、遺言書に持戻し免除の意思表示を記載してください。記載例は次のようなものです。

  • 20XX年X月X日に、長男に贈与した不動産(XXX所在)は持戻しを免除する。

持戻し免除の意思表示を記載した遺言は、特に相続人間の争いを生みやすいものです。そのため、公正証書遺言にするのが、紛失や偽造のリスクがなくお勧めです。

黙示の意思表示

持戻し免除の意思表示は、書面によって明確にされるのが最善ですが、そうでなくても意思表示があれば有効です。そして、意思表示を明確に証明できないとしても、「黙示」に意思表示をしていたと評価できる場合には、それが持戻し免除の効果を生むことがあります。つまり、関連する事情からすれば「実際にはそのような意思があっただろう」と推察できるケースです。

例えば、「相続人全員に、不公平にならぬよう、同額の財産を生前贈与したケース」では、持戻し免除の意思表示を明らかにしなくても、返還不要との意思があったと考えられます。

裁判例では、黙示の持戻し免除の意思表示の認定において、次のような事情が総合的に判断されています。

  • 贈与をした経緯
  • 贈与の趣旨
  • 贈与の内容・金額
  • 贈与が行われた動機
  • 被相続人が受贈者から利益を得ていたか
  • 被相続人と受贈者の関係、同居の有無
  • 被相続人と受贈者の職業、経済状態、健康状態

黙示の持戻し免除の意思表示が認められるかどうかは、大きな争いになります。利益を受けた相続人と受けなかった人との間で不公平が大きいほど、遺産分割協議でまとめるのは難しいでしょう。争いになった裁判例では、次のように判断されています。

  • 東京高裁平成8年8月26日判決
    妻が高齢であり、被相続人の唯一の資産ともいえる不動産持分の譲渡であることなどを理由に、黙示の持戻し免除の意思表示を認めた。
  • 鳥取家裁平成5年3月10日審判
    被相続人の次男に対する不動産購入資金の生前贈与について、「次男に家を出て行ってもらわなければならない申し訳なさ」が理由だった点から、黙示の持戻し免除の意思表示が認められた。
  • 東京高裁昭和57年3月16日決定
    受贈者が、贈与を受けた財産を基礎に被相続人の生活維持に寄与した点を理由に、黙示の持戻し免除の意思表示を認めた。
  • 福岡高裁昭和45年7月31日決定
    被相続人が生前から長男と家業を営んでいたこと、無効になったとはいえ自筆証書遺言に全財産を長男に譲ると記載されていたこと、農地などの不動産の贈与について黙示の持戻し免除の意思表示を認めた。

持戻し免除の意思表示の撤回

ひとたび持戻し免除の意思表示をしても、被相続人はいつでもその意思を撤回できます。そもそも持戻し免除の意思表示は故人の最終意思の尊重が目的であり、その意思が変わったのであればそれも尊重すべきだからです。新しい遺言書を作成して遺言を撤回できるのと同じです。

持戻し免除の意思表示が撤回されたら、基本に戻り、持戻し計算をすることとなります。

遺言書を撤回する方法について

持戻し免除の意思表示と遺留分の関係

最後に、持戻し免除の意思表示と、遺留分の関係について解説します。

遺留分とは

遺留分は、法律において相続人に保証される最低限の相続分の割合です。民法では、配偶者と直系血族に遺留分が認められており、被相続人の自由な財産処分と、相続人の経済的保護のバランスをとっています。遺留分を侵害した場合には、遺留分侵害額請求をすることができます。

遺留分の基本について

持戻し免除と遺留分の関係

最高裁で、持戻し免除の意思表示は、遺留分を害しない範囲でしか効力がないものと判断されています(最高裁平成24年1月26日決定)。そのため、持戻し免除の意思表示よりも遺留分のほうが優先します。

特別受益と、持戻し免除の意思表示が、他の相続人の遺留分を侵害しないときは、その意思の通り持戻し計算はされず、生前贈与や遺贈の分だけもらった人が得をすることになりますが、遺留分を侵害する範囲においては、持戻し免除の意思表示があったとしてもなお、持戻し計算をするわけです。

相続法改正による持戻し免除の意思表示の推定

2018年に成立した相続法改正では、持戻し免除の意思表示に関するルールに一定の変更がありました。これは、明らかな意思表示のないとき、黙示の意思があるかどうかは評価が難しく、争いになりやすい事態に備え、法律で、一定の条件を満たす場合には持戻し免除の意思があったものと推定する規定です。

持戻し免除の意思表示の推定がされるのは次の場合です。

  • 婚姻期間が20年以上の配偶者への贈与
  • 居住用の建物又は土地の遺贈又は生前贈与

20年以上連れ添った夫婦で、自宅を贈与したなら、たとえ特別受益だったとしても返さなくてもよいという意思があると考えるべきだからです

相続法改正のポイントについて

まとめ

今回は、特別受益という不公平を解消する制度の、さらなる例外に位置づけられる「持戻し免除の意思表示」について、遺留分との関係を踏まえて解説しました。

生前贈与や遺贈によって、ある特定の相続人に対して多くの財産を相続させたい、という被相続人の思いは、持戻し免除の意思表示を証拠に残る形で行うことで実現することができます。遺言書作成にあたっては、書き方に注意し、誤解のないように記載するようにしましょう。

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