お亡くなりになった方(被相続人)から生前に特別の利益を受けていた相続人がいる場合、「特別受益の持戻し計算」といって、特別受益分を、相続財産(遺産)に加えて計算することで、不公平を取りのぞくこととなっています。
しかし、この方法によると、被相続人が、ある相続人に対して特に多く財産を相続させるはずであったという意思が実現できなくなります。そこで活躍するのが「持戻し免除の意思表示」です。つまり、「特別受益であっても、持戻し計算はしなくていい」ということです。
「持戻し免除の意思表示」を行った場合、相続分の計算、遺留分の計算が、難しい取り扱いとなる場合があります。そこで今回は、相続に強い弁護士が、持戻し免除の意思表示についての基礎知識と、遺留分の関係を、わかりやすく解説します。
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持戻し免除の意思表示とは?
生前に、お亡くなりになったご家族(被相続人)から、通常の程度を超えて、生前贈与や遺贈などによって特別の利益を得た場合、「特別受益」と評価され、相続財産を計算する際に「持戻し計算」が必要です。つまり、特別受益で得た財産額を、相続財産に加えて計算します。
この持戻し計算をすることで、特別受益として得た金額は、「相続財産の前渡し」的に考えることができ、生前贈与を得ていた相続人も、生前贈与を得られなかった相続人も、不公平感なく相続することができるのです。
しかし、お亡くなりになった方(被相続人)の意思表示によって、特別受益分を相続財産(遺産)に持ち戻すことを免除できます。これを「持戻し免除の意思表示」といいます。つまり「相続財産の前渡し」ではなく「あげてしまう趣旨」での生前贈与・遺贈ということです。
いわば、特別受益の制度によって生じた、不公平の是正の副作用のような部分を、さらに意思表示によって回避するのが、この「持戻し免除の意思表示」です。
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持戻し免除の意思表示の方法は?
持戻し免除の意思表示をする方法については、民法をはじめとした法律にも、特に決まったルールはありません。そのため、書面で行っても、口頭で行っても、メールやLINEなどで行っても、持戻し免除の意思表示は有効です。
方法を問わず、また、明示・黙示いずれの意思表示も有効というわけです。
しかし、「持戻し免除の意思表示があったかどうか」は、「特別受益」という相続の不公平を是正するための考え方が適用されるかどうかに影響する大きな問題であって、「争続」の火種になりやすい重要な事実です。
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持戻し免除の意思表示を書面に記載する方法
持戻し免除の意思表示の方法に決まりはありませんが、争いの元を増やさないよう、確実に、あとから証明しやすいよう、書面に記載する方法が適切です。
そのため、「持戻し免除の意思表示をしたい」という明確な意思のある被相続人の方や、「持戻し免除の意思表示を受けたい」と考える相続人の方は、書面で意思表示を明確に行ってください。遺言書(自筆証書遺言・公正証書遺言など)に持戻し免除の意思表示を記載することも可能です。
例えば、持戻し免除の意思表示を書面に書くための記載例・書式は、こちらを参考にしてください。
「20XX年X月X日に、長男相続太郎に贈与した不動産(XXX所在)について、持戻しを免除する。」
「持戻しを免除する」という難しい専門用語をつかわなくても、生前贈与をしたことを前提として相続分・相続割合を指定することがわかれば十分ではありますが、念のため、「持戻し免除」という書き方をおぼえてください。
持戻し免除の意思表示を記載した書面は、公正証書遺言にするとか、書面を貸金庫に保管しておくなど、紛失したり、偽造されたりしないよう注意が必要です。
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持戻し免除の意思表示の撤回
ひとたび、持戻し免除の意思表示をおこなったとしても、被相続人は、いつでもその意思表示を撤回することができるものとされています。
故人の最後の意思を尊重すべきであることから、一旦は「あげるつもり」で生前贈与・遺贈を行ったとしても、その後の受贈者の態度の変化、生活状況の変化など、さまざまな事情によってその意思・気持ちが変わることも少なくありません。
このことは、遺言を撤回したり、新しい遺言書を作成したりすることが可能であることと同じです。
黙示の持戻し免除の意思表示とは?
持戻し免除の意思表示が、書面などによって明確に証拠化されていなかったとしても、意思表示があれば有効です。意思表示自体を証明できないときに「それでも実際に意思はあったのだ」と主張したいとすると、「黙示」に意思表示をした、と主張することになります。
つまり、「黙示の持戻し免除の意思表示」とは、故人が意思表示を明らかに外部に示してはいないものの、関連する事情などから考えると「実際にはそのような意思であったのだろう」と推察できることをいいます。
たとえば・・・
相続人全員に同額程度の財産を、不公平とならないようそれぞれ生前贈与したケースでは、被相続人は、持戻し免除の意思表示があったのではないかと考えることができますので、「黙示の持戻し免除の意思表示があった」と主張することになります。
しかし、その他の関連事情によっては、「黙示の持戻し免除の意思表示」は認められない場合もありますので、やはり生前に、しっかりと書面化することがおすすめです。
黙示の持戻し免除の意思表示があったと認定できるかどうかは、裁判例などで、次の点を基準に総合的に判断されています。
ポイント
- 贈与をした経緯
- 贈与の趣旨
- 贈与の内容・金額
- 贈与が行われた動機
- 被相続人が受贈者から利益を得ていたか
- 被相続人と受贈者の関係、同居の有無
- 被相続人と受贈者の職業、経済状態、健康状態
黙示の持戻し免除の意思表示が認められた裁判例
黙示の持戻し免除の意思表示が認められるかどうかはとても難しく、生前贈与や遺贈などの特別受益を受けた相続人と、その他の相続人との間の不公平が大きければ大きいほど、話し合い(遺産分割協議)での解決は難しいです。
そのため、黙示の持戻し免除の意思表示があるかどうかは、遺産分割調停・遺産分割審判など、裁判所での争いになるケースが多くあります。ここでは、意思表示があると認められた裁判例を、弁護士が紹介します。
被相続人が生前に行った、次男に対する土地建物の購入資金の生前贈与について、「次男に家を出て行ってもらわなければならない申し訳なさ」が理由であったという事情から、黙示の持戻し免除の意思表示が認められた裁判例
東京高裁平成8年8月26日判決妻が高齢であること、被相続人の唯一の資産ともいえる不動産持ち分の譲渡であることなどを理由に、黙示の持戻し免除の意思表示を認めた裁判例
東京高裁昭和57年3月16日決定受贈者が、贈与を受けた財産を基礎に被相続人の生活維持に寄与したことなどを理由に、黙示の持戻し免除の意思表示の存在を認めた裁判例
福岡高裁昭和45年7月31日決定被相続人が、生前から家業の農家を長男と営んでいたことや、無効となったとはいえ自筆証書遺言に全財産を長男に譲ると記載されていたことから、農地などの不動産の贈与について、黙示の持戻し免除の意思表示を認めた裁判例
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持戻し免除の意思表示の具体例
持戻し免除の意思表示があると、生前贈与をされた額は、特別受益として持戻し計算をすることはありません。つまり、相続財産(遺産)に加算しないまま、残りの財産を、相続人間で分割することになります。
たとえば・・・
ある方(被相続人)がお亡くなりになり、相続人は、妻、長男、長女の3名、相続財産は1億円であったとします。このとき、生前に、家業の継承者である長男に対して、事業に利用するため2000万円の生前贈与があったとします。
持戻し計算をする場合
2000万円の生前贈与が特別受益と評価されると、まずはこの分を持戻し、相続財産(遺産)は1億2000万円です。法定相続分は「妻:2分の1、長男4分の1、長女4分の1」ですので、「妻:6000万円、長男3000万円、長女3000万円」となります。
このうち、長男は既に生前贈与(特別受益)として2000万円を得ているので、相続時に得られる財産は「1000万円(3000万円―2000万円)」です。
持戻し免除の意思表示がある場合
2000万円の生前贈与を持ち戻しませんので、1億円の相続財産をさきほどと同様の法定相続割合にしたがって遺産分割すると「妻:5000万円、長男2500万円、長女2500万円」となります。
長男は、生前贈与分もあわせると、被相続人から4500万円を得ていることになります。
持戻し免除の意思表示と、遺留分の関係
持戻し免除の意思表示は、遺留分を害しない範囲においてしか効力を有しないものと、最高裁判例(最高裁平成24年1月26日決定)で判断されています。つまり、持戻し免除の意思表示よりも、遺留分のほうが優先します。
遺留分とは、法定相続人のうち兄弟姉妹以外の人が有する、最低限相続財産を確保できる割合のことをいいます。遺留分を侵害された場合、遺留分減殺請求権を行使して、財産を回復することができます。
特別受益と、持戻し免除の意思表示が、他の相続人の遺留分を侵害しない場合には、その意思表示のとおり、「持戻し計算」をせずに、生前贈与や遺贈をもらった人が得をする結果となりますが、遺留分を侵害する場合には、持戻し免除の意思表示があっても「持戻し計算」をするということです。
このことは、遺留分減殺請求権を行使した場合に、持戻し免除の意思表示が、遺留分を侵害する限度において効力を失うことによってこの結果が実現されることとなっています。
注意ポイント
なお、このような結果を避け、お亡くなりになるご家族の意思を最大限実現したいがあまり、遺言書に「遺留分減殺請求権を行使しないように」と記載する例があります。
しかし、遺留分は、法律によって認められた相続人の権利であって、遺言書にこのように書いても、遺留分に関する権利がなくなるわけではありません。故人の遺志を尊重するかどうかは、相続人の判断に委ねられます。
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いかがでしたでしょうか?
今回は、特別受益という不公平を解消する制度の、更なる例外である、「持戻し免除の意思表示」について、遺留分との関係も踏まえて、相続に強い弁護士が解説しました。
生前贈与や遺贈によって、ある特定の相続人に対して多くの財産を相続させたい、という被相続人の思いは、「持戻し免除の意思表示」を書面など証拠にのこる形で行うことで、一定程度実現できます。
「相続財産を守る会」では、持戻し免除の意思表示を活用し、相続対策のための生前贈与や遺言書作成などについて、お亡くなりになる方の意思に沿った結果となるよう、弁護士が最大限サポートいたします。