相続開始から、ある程度の期間が経った後ではじめて、「相続した財産が少ないのではないか」「不公平な相続で権利を侵害されたのではないか」と気付いたとき、速やかな対応が必要です。
民法において、最低限、相続できることが保障された割合が遺留分であり、その請求を遺留分侵害額請求権(旧:遺留分減殺請求権)といいます。その権利行使には、時効と除斥期間、という2つの期限があり、いつまでも行使できるわけではありません。一方で、時効を中断する方法があり、しっかり対応しておけば、期間が経過した後でも遺留分を取り戻せます。
今回は、遺留分侵害額請求権の期限と、時効、除斥期間について解説します。
遺留分侵害額請求権の2つの期限とは
そもそも遺留分侵害額請求権(旧:遺留分減殺請求権)とは、最低限、相続できることを保障された割合を侵害された場合の救済です。遺留分の侵害は、遺贈や生前贈与などによって起こります。遺留分を有する法定相続人は、配偶者(夫または妻)、子、直系尊属(両親、祖父母など)とその代襲相続人であり、兄弟姉妹には遺留分が認められていません。
この遺留分侵害額請求権の期限について、民法は次のように定めます。
民法1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
民法(e-Gov法令検索)
上記条文の通り、遺留分侵害額請求権には、以下の2つの期限があり、それぞれ別々に進行します。
遺留分の基本について
遺留分侵害があったことを知った時から1年(時効)
遺留分侵害額請求には消滅時効があり、「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」を起算点として、期間は「1年」とされています。
つまり、相続が開始したことを知らなかったり、遺留分を侵害する贈与や遺贈の存在をしたなかったりすれば、時効期間はスタートしません。相続の開始や遺贈、贈与を「知った」といえるには、これらの事実を知るだけでなく、これによって「遺留分が侵害されたこと」まで知る必要があります。なお、遺留分についての正確な知識がなければ、侵害の有無を判断できない危険があります。
消滅時効は、法律の定める一定期間が経過したときに権利を消滅させる制度であり、消滅後はもう行使できません。権利を放置し、長期間経過した場合に、「もう権利行使はないだろう」という期待を保護し、法律関係を安定させるのが目的です。
相続開始の時から10年(除斥期間)
遺留分侵害額請求権の除斥期間は、「相続開始の時」を起算点とし、期間は「10年」です。
つまり、時効と異なり、相続開始を知らなかったり、遺贈や生前贈与によって遺留分を侵害されていることを知らなくても、期間の経過によって権利行使はできなくなります。除斥期間は、権利の存続期間のことをいい、時効とは異なり中断などはなく、一定の期間が経過すると自動的に権利が消滅する制度です。
相続手続きの期限について
遺留分侵害額請求の時効の中断方法
消滅時効は、長らく放置された権利を消滅させ、行使不能にする制度です。そのため、放置しなければ、時効を中断することもできます。逆に言うと、相続開始や、遺留分の侵害を知らなければ、時効中断の方策を取ることもできないので、時効は進行しないこととされているのです。
より詳しく説明すると、遺留分侵害額請求権は、ひとたび行使すればこれによって効果を生じるため、厳密には「時効中断」というより、行使後は時効が進行することはありません。このような権利の性質を「形成権」といいます。
権利行使の意思表示をすれば、期限を気にする必要がなくなるため、意思表示をした事実は、必ず証拠化しておく必要があります。具体的には、内容証明によって通知書を送付する形で行うのが確実です。遺留分侵害額請求を行う方法には、内容証明を送って話し合いをする方法のほかに、調停、訴訟による方法もあります(調停前置主義なので、訴訟の前に調停をする必要があります)。
遺留分侵害額請求の通知書の書き方について
遺留分侵害額請求の期限を過ぎてしまったときの対応
遺留分侵害額請求権の2つの期限(時効、除斥期間)を過ぎてしまうと、どれほど不公平な遺言が存在しても、多額の金銭請求ができるはずだったとしても、もはや権利行使はできません。
しかし一方で、遺留分減殺請求権の消滅時効は1年ととても短く、その間に相続人調査と相続財産調査を進め、遺言を探し、遺留分が侵害されていないか計算することは、専門家の助けを借りなければ非常に困難だと言わざるを得ません。実際、被相続人の死亡から1年を過ぎてから弁護士に相談に来る方も少なくないのです。
相続開始(被相続人の死亡)から1年を過ぎていたとしても、まだ10年経過していないならば救いはあります。「消滅時効期間は経過していない」という主張をするため、次の可能性を探ってください。
- 被相続人が死亡したことをしばらくの間知らなかった。
- 遺言が隠されており、遺留分の侵害に気づけなかった。
- 相続財産の一部が隠されており、正しい遺留分の計算ができなかった。
これらの場合には、相続開始と同時に消滅時効期間が進行しないため、相続開始から1年足っていたとしても、まだ時効は完成せず、遺留分侵害額請求が可能です。他の相続人の悪意によって気づけなかったときには、激しい相続争いを覚悟しなければなりません。
遺留分侵害額請求について
まとめ
今回は、不公平な遺言や生前贈与によって、遺留分を侵害された方に向けて、遺留分侵害額請求権の2つの期限(消滅時効、除斥期間)とその止め方を解説しました。
遺留分侵害額請求権は、ひとたび行使すれば効果を発揮する、いわゆる「形成権」なので、権利行使の意思表示さえすれば、時効は進行しなくなります。しかし、それにはきちんと証拠に残る形で行使しなければなりません。