相続税の節税対策の一環として、養子縁組を勧められることがあります。例えば、息子の妻、孫などを養子とするケースです。
養子縁組をすると単純に「子供が増える」ことを意味し、法定相続人が増えます。その結果、相続税の基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)が増えるため、相続税を低く抑えられるメリットがあります。ただ一方で、孫と養子縁組すると相続税が2割加算されるなど、デメリットもあるため、注意して進めないとかえって相続税が高くなることもあります。
また、税金だけの問題に集中して、遺産分割の争いにつながる無理な養子縁組をするのも適切ではありません。本解説では、相続税の節税効果がある、最適な養子縁組の方法について解説します。
養子縁組とは
まず、養子縁組についての基本を解説します。
普通養子と特別養子の2種類がある
民法の認める養子縁組には普通養子縁組と特別養子縁組の2つがあります。
養子の年齢 | 実親との関係 | 手続き | 目的 | |
---|---|---|---|---|
普通養子縁組 | 制限なし | 継続する | 同意と届出 | 多様な目的に活用 |
特別養子縁組 | 制限あり | 断ち切られる | 裁判所の審判 | 子の福祉が最優先 |
普通養子縁組
普通養子縁組は、年齢の制限なく、養子と養親の合意によって進めることのできる縁組です。双方の合意があれば、市区町村役場に養子縁組届を提出することで成立します。成人になってからも養子縁組ができ、財産承継や相続税対策を目的としてされるのは、主に普通養子縁組です。
特別養子縁組
特別養子縁組は、生みの親との関係を断ち切って、家庭裁判所の審判によって成立する養子縁組です。子供の福祉のために安定した養育環境を整えることを目的とし、実親との関係が悪化している場合に利用されます。特別養子縁組には次のような年齢制限があり、相続税対策には向きません。
【養親の要件】
- 結婚している夫婦が、共同で特別養子縁組を行う
- 25歳以上(夫婦のうち片方が25歳以上なら、他方は20歳以上であればよい)
【養子の要件】
- 特別養子縁組の申立て時に、15歳未満であることが必要
養子縁組と相続の基本について
養子も実子と同じ相続権がある
養子は、相続においては実子と同等に扱われており、「子」の続柄として法定相続人となり、実子と同じ割合の遺産を相続します。
民法727条(縁組による親族関係の発生)
養子と養親及びその血族との間においては、養子縁組の日から、血族間におけるのと同一の親族関係を生ずる。
民法(e-Gov法令検索)
法定相続人の順位として、子は第一順位となります。そのため、亡くなった方(被相続人)に子がいる場合は、配偶者とともに必ず相続人となります(第一順位の子がいる場合には、第二順位の直系尊属、第三順位の兄弟姉妹は相続人とはなりません)。
法定相続人の順位について
よくある相続税対策としての養子縁組
相続税対策としてよく実施される養子縁組のパターンについて紹介します。
- 孫を養子にする
祖父母が、自分の孫を養子にするケースです。相続や家業の継承を目的として実施されます。祖父母から両親を通さず直接孫を支援することができ、相続のプロセスを省略できる効果もあります。孫が15歳未満の場合、養子縁組には親権者の同意を要します。 - 子の配偶者を養子にする
親が自分の子の配偶者(例えば息子の嫁)を養子にするケースです。家業や家名を継ぐために、婿養子にするパターンが典型例ですが、相続にも大きな影響を及ぼします。 - 再婚時に連れ子を養子にする
再婚した男性が、新たな妻の連れ子を養子にするケースです。養子が相続権を得るのは当然ですが、正式に家族の一員として、自分の子供であると認めるプロセスとしての意味が強いです。
これらのパターンは、それぞれ異なる家族の状況やニーズに応じて選択する必要があります。養子縁組と一言でいっても様々な状況や目的があるので、法律面だけでなく、養子、養親それぞれの感情面にも配慮しなければ養子縁組はうまくいきません。
養子は、相続分があることはもちろん、遺留分も実子と同様に認められます。
養子の遺留分について
養子縁組のメリットと相続税の節税効果
次に、なぜ養子縁組をすると相続税が節税できるのかについて解説します。
養子縁組をすると、「子供が増える」という効果があるために、その分だけ相続税から控除される金額を増やすことができます。その結果、相続税の額は減少するため、節税効果があります。
相続税の基礎控除額が増える
相続税の基礎控除は、あらゆる相続の場面で、遺産の額から差し引くことのできる基本的な控除額のことです。相続税の基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」という計算式で算出されるので、法定相続人の数が増えるほど控除額が増え、その結果、支払う相続税の額が減ります。
したがって、養子縁組をした子は、法定相続人に含まれるため、養子縁組をすれば法定相続人は増え、その分基礎控除が増額され、支払うべき相続税の額が減少し、節税に繋がるわけです。
生命保険金の非課税限度額が増える
生命保険金の非課税限度額とは、保険金の受取人が相続人だった場合に、みなし相続財産として課税される生命保険金の額から控除できる一定の金額のことです。非課税限度額の枠内であれば、相続税はかかりません。
生命保険金の非課税限度額も「500万円×法定相続人の数」で算出されるように、法定相続人の数に応じて増やすことができます。したがって、養子縁組によって法定相続人を増やせば、生命保険金の非課税限度額を増額でき、相続税を減らすことができます。
死亡退職金の非課税限度額が増える
死亡退職金の非課税限度額とは、死亡保険金をもらうことのできる受取人が相続人の場合に、みなし相続財産として課税される死亡退職金から控除できる一定の金額のことです。死亡退職金は、退職金、退職年金や功労金など、死亡によって支払われる金額のうち死亡後3年以内に支給が確定したもののことです。遺族の生活のための金銭なので、一定の控除額の範囲では非課税となります。
死亡退職金の非課税限度額も、「500万円×法定相続人の数」という計算式となっており、法定相続人の数が増えるほど、非課税枠を増やすことができます。
相続税の累進税率を下げることができる
養子縁組によって相続人が増えると、相続税の税率を低く抑えることができます。相続税は、累進税率が採用されており、次の速算表の通り、相続する遺産が増えるほど税率が上がるようになっているからです。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | - |
1,000万円超から3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
3,000万円超から5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
5,000万円超から1億円以下 | 30% | 700万円 |
1億円超から2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
2億円超から3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
3億円超から6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
適用される税率は、法定相続分で遺産を承継したとみなして、各相続人ごと個別に相続する金額(課税価格)を計算し、その額に応じて税率を決めます。そのため、養子縁組によって相続人を増やし、相続人1人あたりの承継する遺産を減らすことができれば、それだけ相続税の税率を下げることができます。
養子縁組のデメリットと相続税対策にならないケース
養子縁組が相続税対策になるとしても「増やせば増やすほど良い」わけではありません。逆に、養子縁組のデメリットとして、相続税対策にならないケースや、逆に相続税が増えてしまう場合もあることに注意しなければなりません。
相続税対策となる養子の人数には制限がある
まず、相続税対策としての養子縁組は、無制限に増やすことができるわけではなく、税法上の人数制限があります。
民法上は、養子の人数に制限はなく、何人でも養子縁組でき、このとき養子は全て法定相続人になります。しかし、相続税法では、相続税の基礎控除、生命保険や死亡退職金の非課税限度額といった計算の際に「法定相続人の数」に加算される養子には、次の人数制限があります。
- 被相続人に実子がいる場合:1人まで
- 被相続人に実子がいない場合:2人まで
なお、控除額の計算に入らないだけで、法定相続人として相続する権利は有します。なお、次に説明する養子は、実子と全く同等に取り扱われるため、上記の人数制限の例外となります。
- 特別養子縁組によって養子となった子
- 被相続人の配偶者の実子で、被相続人の養子となった子
- 被相続人の配偶者と、結婚前に特別養子縁組によって養子となり、結婚後被相続人の養子となった子
- 被相続人の実子・養子・直系卑属が既に死亡しているか、相続権を失ったため、その子に代わって相続人となった直系卑属
これらの場合には、養子縁組をする特別な家庭事情が存在するために、実子と同等に扱い保護すべきと考えられるからです。
孫と養子縁組すると相続税が2割加算される
孫との養子縁組は、相続税対策としてよく行われます。しかし、孫と養子縁組した場合には、相続税が2割加算されるルールがあるため注意を要します。養子縁組による節税効果と、2割加算とを比較し、相続税が減少するかどうか、あらかじめ慎重に計算しておく必要があります。
相続は、親から子、子から孫へと進むのが通常ですが、孫養子は、このプロセスを一段階飛ばすことを意味します。その分だけ、税金を少なくして財産を承継できるのですが、これを考慮して2割加算のルールがある点に注意しなければなりません。
1人あたりの遺産額が減る
当然のことですが、養子縁組して相続人が増えれば、分配する人が増える分だけ1人あたりが承継する遺産の額は減少します。
共同相続人の納得が得られていないのに、被相続人や一部の相続人の一存で養子縁組すると、かえって、他の相続人から不満が生じて、争いに発展することも。このとき、遺産分割が争いになり、長期化すれば、相続税対策どころではない労力と手間がかかります。
遺産分割がもめる理由と対処法について
相続税が増える可能性もある
養子縁組をすることでかえって法定相続人が減るケースもあります。この場合には、法定相続人が減ることによって基礎控除をはじめとした控除額が減り、相続税の額が高くなってしまいます。
典型例は、子も直系尊属もおらず、兄弟姉妹が相続人となるケースで、兄弟姉妹が複数いるときに、そのうち1人と養子縁組するケースです。
例えば、3人の兄弟姉妹がいれば、法定相続人は3人ですが、そのうち1人と養子縁組すると、養子1人が法定相続人となり、第一順位の子がいる結果、第三順位の兄弟姉妹は相続人とならず、法定相続人は1人のみとなります。
相続税対策目的のみの養子縁組は認められない
養子縁組は、民法上の親子関係を発生させるためにあるのが原則です。決して、相続税対策のために存在する制度ではなく、あくまで付随的な効果に過ぎません。
そのため、もっぱら相続税対策のみを目的にした養子は認められません。養子縁組が、相続税対策のみを目的としてされた悪意あるケースでは、税務署に否認されると、基礎控除や非課税限度額の計算には算入されません。この場合、相続税を計算しなおした結果、延滞税、加算税、重加算税といったペナルティが追加で生じるおそれもあります。
将来に否認されないようにするには、生前の対策の場面から、相続の専門家の助けを借りるのが重要です。
相続の専門家について
養子縁組と相続税についてのよくある質問
最後に、養子縁組と相続税についてのよくある質問に回答しておきます。
養子縁組すると実親との相続関係はどうなる?
普通養子縁組ならば、実親との親子関係も続くため、養子となった子は、実親の相続にも参加することができます。複数の養親と養子縁組を交わすこともでき、この場合、養子となった子は、複数の親を持ち、それぞれの親の相続人になります。
相続人である養子が死亡すると代襲相続が生じる?
相続人が死亡した場合にその子や孫が相続人となるのが代襲相続の制度ですが、相続人である養子が死亡したときにその子が代襲相続するかどうかは、養子になった時期によって結論が異なります。
- 養子縁組前に生まれた子の場合
養親との血縁関係がなく、直系卑属ではないので、代襲相続は生じない。 - 養子縁組後に生まれた子の場合
養親との血縁関係があり、直系卑属なので、代襲相続が生じる。
まとめ
今回は、養子縁組と相続税の関係について解説しました。
養子縁組は、相続税対策として行われることが多く「養子が増えると、法定相続人が増え、相続税が減る」という効果は確かにあります。しかし、その具体的な対策方法や注意点を知らないと、かえって落とし穴にはまり、相続税の増額や、争続をまねくおそれもあります。
養子縁組による相続税対策にも限度があり、相続税逃れは許されません。また、対象となる養子の心情を混乱させるなど、単なる税金の問題だけに目を奪われないようにすべきです。