相続対策として遺言書を作成している人の中でも、「争続」の大変さを理解している人は、かなり若いうちから遺言を残している人もいます。しかし、生前早くから相続対策をすればするほど、「遺言書に書いた財産がなくなった」「処分してしまった」ということが起こりえます。
遺言書の財産目録に記載をしたからといって、その財産の処分、売却などが禁じられるわけではありませんが、その財産がもはや手元になくなってしまえば、遺言書どおりに遺産分割をすることは困難です。
そこで今回は、遺言書に書いた財産を既に処分してしまったなど、遺言を残した後で相続財産(遺産)の内訳が変わってしまった場合の対応、相続方法について、相続に強い弁護士が解説します。
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遺言書に書いた財産がなくなる場合とは?
遺言書を作成するにあたっては、通常、まずは相続財産(遺産)となりうる財産を調査して一覧にして、財産目録を作成します。遺言書に記載されておらず、書き漏れた財産があると、遺言書を作成しても遺産分割協議を行わなければならず、二度手間だからです。
遺言書の財産目録に列挙された財産のうち、「預貯金・現金」については代替性がありますが、「不動産(家・土地)」は代替性がありません。つまり、その不動産を売却、贈与、譲渡などによって処分してしまえば、遺言通りに相続を進めることはできません。
「争続対策」、「相続税の生前対策」は、生前早いうちから着手すればするほど効果的ですが、早くから遺言を書けば書くほど、その後に相続財産の内訳や状況が変化する可能性が高まります。
遺言書を書いた人(遺言者)が生きているうちに、相続財産を処分して遺言と異なる状況となったことに気づく場合もあれば、遺言者がお亡くなりになってはじめて、遺言書に記載された財産が、既に遺言者のものではなくなっていたことが発覚する場合もあります。
遺言書に書いた財産は得られない
遺言書に書かれた相続財産が、遺言書記載後になくなってしまったときの対応について、相続人が、その財産を遺言によって取得することは不可能です。つまり、遺言を書いた後、遺言に書いた不動産を処分した場合には、その不動産を相続人がもらうことはできません。
では、上記の例の場合に、その不動産を処分・売却したときに得た代金相当額を得ることはできるのかというと、これもまた不可能です。
その結果、遺言を書いた後で遺言に列挙した不動産を処分すると、遺言書どおりに不動産を得ることができない反面、遺言に記載されていないお金(代金相当額)が増えるため、遺言を書きなおさなければ、遺言だけによって相続問題を解決できず、相続問題がトラブル化するおそれが高いです。
この場合、遺言とは矛盾する生前の財産処分によって、遺言のうち矛盾する部分が取り消されたものとみなされます。この考え方は、民法で次のとおり定められています。
民法1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)1.前の遺言と後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす。
2.前項の規定は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合にこれを準用する。
遺言書が複数存在するときに、作成日付が後の遺言のほうが優先するということは有名ですが、これと同様に、遺言と、遺言と矛盾する生前処分が存在する場合にも、日付的に後に行われた生前処分のほうが、故人の遺志を示すものとして優先されるのです。
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複数の遺言がある場合の優劣関係は、こちらをご覧ください。
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故人の最後の意思が尊重される
さきほどの解説からもわかるとおり、遺言書の作成や生前贈与など、遺言者(被相続人)の行為は、「最後の意思」が尊重されます。人間ですから、気持ちや考えが変わることもあり、その場合に、変動前の意思よりも変動後の意思が尊重されるのは当然です。
遺言の撤回はいつでも可能
遺言書も、いつでも撤回したり変更したりすることが可能です。そのため、遺言書に反する贈与・譲渡・売却などを行ったとき、その意思を合理的に推認すれば、「遺言書を書き替えるつもりであった」と考えてもよいからです。
遺言書に書いたからといって、その遺言に拘束されるわけではなく、財産目録に記載した財産を売却したり処分したりすることも自由です。
矛盾抵触する部分の遺言だけが無効
生前の処分によって、遺言書が撤回されたものとみなされるのは、遺言書と生前処分とが「矛盾する範囲内」に限定されます。つまり、生前処分とは矛盾しない遺言書の部分は、撤回されず有効なまま遺言として機能します。
たとえば・・・
遺言書に、不動産(土地・建物)に関する相続方法について、「長男に相続させる」と記載していた例を想定してください。この遺言書を書いた後にどうしてもお金が必要となり、不動産(土地・建物)を売却したとします。
この場合、不動産(土地・建物)の相続に関する遺言書の記載は、矛盾する生前処分があったことにより、撤回されたものとみなされます。その後、不動産の対価として得た現金・預貯金が残った場合、遺言書の記載によって、場合分けして考えなければなりません。
つまり、財産の生前処分により、矛盾抵触する遺言書の一部が無効になると、その財産処分の対価として増えた現金・預貯金について、遺言書の記載が足りないことがあります。この場合の処理について、次に解説していきます。
遺言書の一部が無効となった後の相続方法は?
遺言書と矛盾抵触する生前処分が行われて、遺言書の一部が無効となった後、残った財産をどのように相続するかは、遺言書のその他の部分(有効なままの部分)にどのように書かれているかによって、場合分けが必要となります。
そこで、遺言書の一部が無効となった後の、遺言書に記載されていない相続財産(遺産)についての処理について解説します。
遺言書に預貯金に関する記載があり、「〇〇銀行の預貯金はすべて長女に相続する」などと、特定せずに相続人が決められていた場合は?
→矛盾抵触せずに有効なままの、預貯金に関する相続方法にしたがって相続されます。
遺言書に預貯金に関する記載があるが、増加した預貯金が遺言書の範囲に該当しない場合は?
→これに該当しない預貯金の相続・遺産分割は遺言書では決まらないため、遺産分割協議が必要です。
遺言書に預貯金に関する記載がないときは?
→同様に、現金の相続・遺産分割が遺言によってはできないため、遺産分割協議が必要です。
財産の対価を現金で保管した場合で、遺言書に現金の相続に関する記載がない場合は?
→法定相続分に従って、相続人が分割して取得します。
遺言書に書いた財産がなくなったことに、生前に気づいたら?
遺言書に書いた相続財産(遺産)が、譲渡や売却、消失などによって手元になくなってしまったとき、そのことに遺言者の生前に気づけたのであれば、遺言書を撤回し、遺言を書きなおすことができます。
遺言書を撤回することは自由であり、撤回方法には、次のとおり5つの方法があります。
ポイント
- 「遺言を撤回する」という内容の遺言によって撤回する方法
- 前の遺言と矛盾抵触する内容の遺言を作成することによって撤回する方法
- 前の遺言と矛盾抵触する生前処分などを行うことによって撤回する方法
- 遺言書を破棄する方法で撤回する方法
- 遺言書の目的物を破棄することによって撤回する方法
なお、「遺言は自由に撤回できる」という原則は、どのような種類の遺言でも同様です。つまり、自分だけで作成した自筆証書遺言はもちろんのこと、公証役場で作成した公正証書遺言でも同じです。
そして、公正証書遺言を、その後に作成した自筆証書遺言によって撤回することも可能です。早めに生前対策を行い、その後に相続財産(遺産)がなくなったことにも早めに気づくことができれば、お亡くなりになってしまう前に対応策はいろいろと考えることができます。
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遺言書に書いた財産がなくなったことに、死後に気づいたら?
遺言者がお亡くなりになった後で、遺言書をチェックしてはじめて、遺言書に記載されていた財産が既に遺言者の所有ではなくなってしまっていることに気づいた場合、もはや生前対策や遺言の再作成は間に合いません。
この場合には、発見された遺言にしたがって遺産分割が可能な部分については遺言にしたがい、遺言とは矛盾抵触する処分が行われてしまって遺言が無効となった部分については、他の遺産分割方法によらなければなりません。
具体的には、遺言には記載されていない預貯金、不動産、動産など、相続財産(遺産)が増加していた場合には、別途遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成する必要があります。
これに対して、遺言には記載されていない現金や相続債務(借金・ローン等)は、法定相続分にしたがって、相続人間で分割されます。
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遺言書があるかどうか調べる方法は、こちらをご覧ください。
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いかがでしたでしょうか?
今回は、遺言書を作成したけれども、遺言書に添付した財産目録に記載した財産を、遺言作成後に譲渡・売却・贈与など処分してしまいなくなってしまった、という場合の対応方法について、弁護士が解説しました。
ただし、遺言と矛盾する生前贈与を行った結果、財産状況が異なると、その後の相続手続きをどのように進めるかの判断が難しい場合もあります。お亡くなりになった後、故人の遺志に反する相続とならないよう、生前の対策が重要です。
「相続財産を守る会」では、できるだけ「争続」のトラブルを回避するための遺言作成について、遺産相続問題の経験豊富な弁護士がサポートします。