家族が多額の借り入れをして、借金がふくれ上がってしまったとき、「借金を相続したくない」と考える人が多いでしょう。このとき、借金を次世代まで承継しない方法に「相続放棄」と「自己破産」の2つの手があります。つまりは、亡くなるまで待って相続をしない、という方法か、死亡する前(もしくは相続した後)に借金をなくす制度を利用して解決するか、という選択です。
相続放棄も自己破産も、これ以降は借金を返さなくて済む点では同じですが、全く別の制度なので、異なる点も多くあります。そのため、両制度の内容を理解し、メリット、デメリットを知った上で、正しい選択をすべきです。
親の借金でも、自分が連帯保証人にさえなっていなければ、引き継いで返済する必要はありません。「親のかけた迷惑」と責任感を感じる必要はないのです。
今回は、借金のある家族が死亡した場合の、相続放棄と自己破産の違い、どちらがよいかの判断基準、注意点などを、弁護士が解説します。
相続では借金も引き継がれる
まず大前提として、借金をした人が亡くなり、相続が開始したときには、「相続人は借金を相続で引き継ぐことになる」という点をよく理解してください。「相続」というと、財産を引き継ぐケースを想定するかもしれませんが、実際は承継する「財産」はプラスの財産とマイナスの財産を含みます。
そのため、相続財産だけでなく、相続債務も一括して引き継ぐことになります。
相続する財産で、相続する借金を返しきれるなら良いでしょう。しかし、借金のほうが財産より多い家庭では、親の借金を引き継ぎたくはないと考えるのではないでしょうか。この場合、家族や親族といえど、法的には他人ですから、必ず引き継がなければならないわけではありません。
この問題を解決する方法には、本解説の通り、相続放棄と自己破産の2つの手があります。
- 相続放棄
相続を放棄する申述を家庭裁判所にすることで、はじめから相続人ではなかったこととなり、プラスの財産もマイナスの借金も承継しなくなる手続き - 自己破産
保有する財産では債務を返済しきれないときに、残余財産の限りで債務を返済し、残った負債は免責してもらう手続き
2つ方法はそれぞれのメリット、デメリットがあり、比較して、状況に応じた正しい選択をしましょう。
なお、相続放棄、自己破産のいずれが得かを知るには、その前提として、亡くなった方(被相続人)の借金がいくらあるのかを知る必要があり、そのためには相続財産調査と負債の調査をしなければなりません。借金の金額によっても、今後のとり得る選択肢が異なるからです。
被相続人の借金の有無や金額は、全国銀行協会(全銀協)、CIC、JICCという3つの信用情報機関に照会する方法で調査できます(これらは、いわゆる「ブラックリスト」を管理する団体です)。
相続する借金の調べ方について
相続放棄と自己破産の違い
相続放棄も自己破産も、亡くなった方(被相続人)の借金を返済する必要がない、という点は共通します。
しかし、相続放棄と自己破産という2つの方法は、結論が同じというだけで、全く別の制度であり、大きく異なる点も複数あります。
借金を返済しなくてよい理由
まず、相続放棄と自己破産では、被相続人の借金を返済する必要がなくなる点は同じですが、その理由が異なります。
相続放棄では、これによって相続人ではなくなることで、そもそも借金を相続によって承継しなくなります。そのため、借金は一代限りのものとしてなくなります。なお、複数いる相続人のうち、相続放棄していない人がいる場合には、その人達で借金を返済しなければなりません。
自己破産では、相続前であれば被相続人、相続後であれば相続人の財務状態が、借金を返せる状態にないために、裁判所によって免責を受けることで借金がなくなります。そのため、相続そのものは通常通りに進みます。
手続きを利用できる期限
相続放棄と自己破産では、その手続きを利用できる期限にも違いがあります。
相続放棄は、相続開始を知ったときから3ヶ月以内に、家庭裁判所に申述しなければなりません(「熟慮期間」と呼びます)。これは、相続放棄によって害されかねない他の相続人や第三者の安定のためです。期間内に手続きしなかったときは、相続を単純承認したことになり、その後の放棄はできないのが原則です。
自己破産は、相続人が行う場合には、相続後に裁判所に破産申請をします。そのため、期限については特段定めはありません。なお、多額の借金が存在することが生前から明らかになっていれば、相続開始より前に(つまり亡くなる前に)被相続人が自己破産する方法をとることもできます。
相続以外の財産、借金の処理
相続放棄と自己破産では、その手続きを利用することによって、相続以外の財産、借金がどのように処理されるか、という点でも異なります。そのため、相続とは関係なく自身の財産や借金がどんな状況であるかによっても、最適解は変わります。
相続放棄では、単に相続されなくなるだけなので、相続人が相続とは関係なく所有する財産がなくなるわけではありません。また、相続と関係なく負担している借金についてもなくならず、自身で返済し続ける必要があります。
自己破産では、相続後に、相続人の財産から借金を返すことができないために破産するわけですから、相続とは無関係に所有していた財産も、自己破産によってなくなってしまいます。なお、相続とは無関係にしていた借金もまた、この自己破産によって一緒に清算することができる点はメリットとなります。
滞納した税金や社会保険料の支払い
相続放棄と自己破産では、亡くなった方(被相続人)が税金や社会保険料を滞納していたときに、その支払いについて大きな違いがあります。
相続放棄は、そもそも相続による承継がなくなるため、滞納していた税金や社会保険料の支払い義務も引き継ぐことはありません。したがって、相続人が肩代わりして払う必要は一切ありません。
自己破産では、税金や社会保険料の支払い義務は免責されません。そのため、一旦相続した後で相続人が破産しようとも、被相続人が税金や社会保険料を滞納していた場合には、その支払いに限っては行う必要があります。
相続放棄と自己破産のメリット・デメリットの比較
借金のある家族が亡くなったとき、相続放棄か自己破産か、いずれが適切かを検討するには、メリットとデメリットを知ることが重要です。特に、デメリットを理解して進めることが、不足の事態を回避する役に立ちます。
相続放棄のメリット・デメリット
相続放棄のメリット
相続放棄のメリットは、相続財産に含まれる債務を、一切引き継がなくても済むことです。
相続人が自己破産する場合と異なり、自分の財産を失うことはありません。そのため、例えば「親には借金があるが、自分は負債がなく、むしろ財産がある」という場合は、相続放棄に軍配が上がります。
相続放棄のデメリット
相続放棄のデメリットは、相続によって得られたはずの財産を一切引き継げなくなることです。
財産よりも借金の多い被相続人であっても、相続財産のなかにはどうしても引き継ぎたいものが隠れている場合があり、この場合には相続放棄を選ぶことができません。例えば、思い入れのある形見の品、現在居住している自宅不動産、事業用資産といったものは、金銭評価が難しく、借金の額と単純に比較することができません。
相続放棄の基本について
自己破産のメリット・デメリット
自己破産のメリット
自己破産のメリットは、借金の支払い義務を免れられることです。自己破産を申し立てた時点から、債権者からの取立ての連絡はストップさせることができます。
また、自己破産では、財産的勝ちのあるものは換価して弁済に充当するのが原則ですが、全ての財産を捨てる必要はなく、生活と再起に必要な一定の財産は手元に残すことができます。
自己破産のデメリット
自己破産のデメリットは、信用情報が記録されることです(いわゆる「ブラックリスト」)。これにより、新たな借入やカードの作成、ローンの負担などの行為が一定期間できなくなります。また、破産者の個人情報は官報に掲載され、一般に周知されます。
連帯保証人となっている相続人は逃れられない
なお、自己破産しても相続放棄しても、亡くなった方(被相続人)の借金の連帯保証人となっている場合には、その返済から逃れることができません。
この場合には、相続とは無関係に、主債務者である被相続人が返済できなくなった場合には保証人に対して保証債務の弁済を迫ることができるからです。
自己破産する前に生じた相続を放棄する際の注意点
以上の通り、亡くなった方(被相続人)に借金があったときに、相続放棄と自己破産という2つの手続きのいずれを利用するのがよいか、違いとメリット・デメリットを比較し、よく検討する必要があります。
この選択をするにあたって、自己破産を選択するならば、破産のタイミングがとても重要です。相続人の立場では、自己破産の有無にかかわらず、相続することができます(「破産したら相続財産を受け取れない」というルールはありません)。
しかし一方で、自己破産をする前に、先に相続が発生する場合には注意すべき点があります。自己破産すると、相続人自身がもともと所有していた財産も全て換価され、債務の支払いに充てることになります。そのため、相続する財産も存在する場合には、あらかじめ相続放棄を先行させなければなりません。
この点で、遺産分割協議を開始してしまうと、相続を単純承認したものとみなされる可能性が高く、そうすると遺産を得たことによってその後の自己破産ができなくなってしまう(免責不許可になってしまう)危険があります。
まとめ
今回は、亡くなった家族(被相続人)が借金を抱えていることが判明したときに取りうる手続きのうち、相続放棄、自己破産のいずれを選ぶべきかについて解説しました。
借入の有無、金額を知るには、通帳を精査したり、信用情報機関に問い合わせをしたりなど、専門知識を要します。見逃したまま相続を進めて、後から発覚した場合には、選択肢が限られてしまいます。特に、闇金や反社会的勢力など、悪質な債権者がいる場合には、スピーディな対応が必要です。