自分の会社に貸付するのは、一見は会計帳簿上のやりとりだけで、特に問題を起こさないと考える社長は多いものです。小規模な会社、家族経営だと「法人は社長の財布」という気持ちの経営者もいます。平常時はこれでよいでしょう。経営安定のための一時的な役員貸付金は付きものです。
しかし、放置は危険です。というのも、社長が死亡し、相続の場面となると大きな税務上のリスクがあるからです。多くの経営者が理解していませんが、役員貸付金を放置すると、死亡時には相続税がかかります。「自社に貸し付けていたことすら忘れていた」という人も多いですが注意してください。
今回は、社長が自社に貸付した金銭、つまり役員貸付金と相続税について解説します。
役員貸付金とは
役員貸付金とは、会社の経営者などの役員が、自らの会社に対して行う貸付のことを指します。初めに、役員貸付金の基本的な知識について解説します。社長が、自分の会社に貸付をすると、税務会計上は、役員貸付金として処理されます。
この貸付の多くは、業績悪化や資金不足の際の一時的な援助を主な目的として行われます。法的には、役員貸付金は会社と役員の間の賃借関係となります。
そのため、短期に返済を予定される例も多く、無利息とすることも少なくありません。合意の条件が書面になっておらず税務上の処理のみで進むことも多いですが、将来のリスク回避のために贈与契約書を締結すべきです。
役員貸付金を放置するリスク
次に、役員貸付金を放置するリスクについて解説します。
自分の会社に貸付をして放置することは、平常時ならリスクは少ないですが、そのまま放置して社長が死亡してしまうと大きな問題のもととなります。
平時のリスクは小さいが決してゼロではない
自社に貸付をしても、平常時で、社長が元気に経営を継続できれば、少なくとも税務面では大きな問題は生みません。利息をとる場合はもちろん、たとえ無利息でも「贈与」だと認定されて課税対象とされることもありません。社長個人は会社のために貸し付けるのであり、それすなわち自分のためにもなるため、利息によって利を得なくても必ずしも不合理とはいえません。
ただし、次の点はリスクになることもあるので、念のため注意してください。
社長個人の脱税を疑われる
自社への貸付金が高額だと、その出所を疑われ税務調査を受けるリスクがあります。
経営者が、自身の報酬と比較してあまりに高額の貸付金を提供すると、その資金源に疑問を投げかけられ、税務調査を受けるリスクがあります。いわゆる「ウラ金」が注入されたのではないかと見られるのです。なお、その資金源が、経営者が勤務していた時代の貯蓄や、配偶者や家族からの借入など、合理的な説明ができるなら税務上の問題はありません。
相続税の税務調査について
隠れた資本金とみなされる
極端に高かったり、返済見込みがなかったりする貸付金は、隠れた資本金とされるリスクがあります。経営者から会社への借入金は、中小企業においては実質的に資本の増加と見なされがちです。この理由は、経営者からの借入金の多くは、会社としてもいつ返済するか決めていないことが多いからです。金融機関でも、資本と同等だとみなす傾向にあります。
信用を損なうおそれがある
会社と個人の財産の混同は、たとえ法律、税務の面では違法でなかったとしても、見栄えがよいものではありません。貸借対照表上、あまりに役員貸付金の多い会社は、金融機関から「怪しい」と疑われかねません。横領や不正の疑いをかけられる危険もあります。
新たに出資を受けたり、事業売却(M&A)によって経営者を交代したりする際にも、役員貸付金の存在がハードルとなることがあります。
社長が法人に資金を注入することは「資本金」と同じ役割であり、長期に渡り貸し付て放置するなら、いっそ現物出資をすることで資本金に振り替えてしまう手もあります。この方が、実態に合っていて安心感があります。
社長が死亡すると役員貸付金に相続税がかかる
社長が死亡すると、役員貸付金には相続税がかかります。このリスクは相当大きいものと考えてください。次章に解説の通り、役員貸付金の相続税は、額面で計算します。つまり、1億円貸していれば、1億円分の税金がかかってくるのです。
自分の会社にお金を貸し付けている社長の多くは、返ってくることを期待していないでしょうし、忘れている人も多いはずです。それでもなお、放置されていて帳簿上に残っていれば、それだけで相続税をとられてしまいます。残された家族にとって寝耳に水でしょう。
死亡時の役員貸付金にかかる相続税
次に「社長が死亡した際の役員貸付金に相続税がかかる」という大きなリスクについて、その影響を詳しく解説していきます。
役員貸付金の相続税リスク
会社に対する貸付金の返済を受けないまま社長が亡くなると、その役員貸付金は社長にとってプラスの相続財産であると評価されます。「会社からお金を返してもらう権利」について、その金額分の遺産を持っているのと同じと考えられ、相続税が課されてしまいます。
しかし、次のような場合、相続人にとってその税負担が重くなります。
- 会社の業績が悪化しており借入金の返済が難しい
- 死亡した社長が貸付金の存在を忘れていて相続税の資金を準備していなかった
- 額面上は高額の借入を、帳簿上で仮装していた
このようなとき、実質は全く得にならない役員貸付金の相続に、多大な相続税を払わねばならなくなります。手元の資金に余力がないのに税負担だけ増えることになります。このような事態を回避するためにも、経営者こそ相続の生前対策が重要なのです。
経営者が作成すべき遺言書について
役員貸付金の相続税の計算方法
役員貸付金が、社長の死亡によって相続の対象となるとき、その相続税の計算方法は、次のように進めます。以下は、死亡後に初めて発覚したケースですが、経営者やその家族として、自分が会社に貸付をしていないか、生前によくチェックしてください。
役員貸付金の条件を調査する
まず、役員貸付金がいくらあるか調査します。貸付の条件や返済額を知り、現時点での元本と利息を調べてください。借用書、金銭消費貸借契約書があればよいですが、ない場合は通帳の返済履歴や決算書などを確認します。
役員貸付金を評価する
相続税の計算において、役員貸付金はその額面(元本と利息の合計額)で評価します。
相続税を計算する
故人の他の財産や負債と合計し、各種控除を適用後に税率をかけ、相続税を算出します。相続税には基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人の数)がありますが、これを超えると相続税がかかります。
役員貸付金を、元利金の合計で評価する、という原則は、公的なルールである財産評価基本通達にも次の通り明記されています。
財産評価基本通達204 貸付金債権の評価
貸付金、売掛金、未収入金、預貯金以外の預け金、仮払金、その他これらに類するもの(以下「貸付金債権等」という。)の価額は、次に掲げる元本の価額と利息の価額との合計額によって評価する。
(1) 貸付金債権等の元本の価額は、その返済されるべき金額
財産評価基本通達(国税庁)
(2) 貸付金債権等に係る利息(208≪未収法定果実の評価≫に定める貸付金等の利子を除く。)の価額は、課税時期現在の既経過利息として支払を受けるべき金額
例外的に相続税がかからないケース
例外的に、役員貸付金に相続税がかからないのは次のケースです。
つまり、法人が、取引停止処分や破産、再生、特別制裁、会社更生といった手続きに既に入っている場合には、例外的に、役員貸付金に相続税がかかりません。およそ返済される見込みがないものであれば、例外的に相続税を無視できるのです。
「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」についても上記に準ずるものでなければならず、裁判例などはあるものの条件はかなり厳しく、逆にいえば、自分の会社に貸し付けたお金を放置してしまうと、その会社がつぶれそうな事態となるごく例外的なケースを除いて、相続税の対象となってしまうのです。
役員貸付金のリスクを減らす対策は?
自分の会社に貸し付けたお金を放置するリスクを理解したところで、少しでも低減する対策について解説します。なお、死亡するとすぐに相続が開始され、相続税がかかってしまうので、対策は、社長が元気なうちにしておきましょう。
平時の管理を徹底する
自分の会社への貸付金だからと甘く見ず、平時から管理を徹底することが大切です。まずは、借用書、金銭消費貸借契約書といった、他人との貸し借りなら作るであろう書面をきちんと用意してください。
業績悪化などでやむを得ず資金を注入するにせよ、必要性が薄れたら返済し、帳簿上から消す努力も必要です。返済スケジュールを定め、計画的に実行しましょう。間違っても忘れてしまったままにしないことです。
債務免除ないし債権放棄をする
社長と会社間の貸借関係を清算するために、社長が債務免除ないし債権放棄をする方法があります。自分の会社に貸付をしたが事業がうまくいかず、前章のように定期的に返済するというのが難しい場合、放置しないで済む最も良い方法です。
いずれにせよ返済できないなら、免除しても変わりません。相続の観点でいえば、生前に必ず免除しておくことで相続税負担を減らすべきです。このとき、会社が黒字か赤字かによって、債務免除ないし債権放棄の税務面の扱いが異なる点に注意してください。
赤字の場合
会社が赤字の場合、その範囲内で免除すれば、法人税負担を増やすことなく貸借関係をなくせます。債務免除益が発生しても、赤字で帳消しにできるからです。
ただし、社長以外に株主がいるときは、社長の債務免除が株式の価値を上げたと評価されると、みなし贈与と評価されて贈与税が課されることがあります。
黒字の場合
黒字のときに債務免除すると、債務免除益に対して法人税が課されるデメリットがあります。業績好調な会社では、設備投資などの大きな出費のある年度に債務免除をしたり、生命保険に加入して損金算入できる保険料と相殺したりといった工夫が、法人税を減らす対策となります。
いずれにせよ、債務免除ないし債権放棄によって、自分の貸し付けたお金をなくしきるには時間の余裕が必要であり、生前対策を早く始めないと、相続開始に間に合わないおそれがあります。
会社を解散する
黒字であり、欠損金で債務免除益を相殺できない場合や、そもそも事業継続の意思がないといった場合には、会社を解散してしまうのも1つのてです。会社を解散する場合には、債務免除益が生じていたとしても法人税は発生しません。
なお、ただ閉めるのではもったいない法人なら、採算性の高い部門は事業譲渡する、事業売却(M&A)によって経営者を変更する、早めに事業承継するといった方法で、発展的に解消する手もあります。
事業承継の基本について
役員貸付金を贈与する
現在は業績が悪くても、将来は上向き、貸付金を返せる可能性もあります。しかし、自社に貸し付けたお金をそのままにしておくと、社長が高齢で死亡する可能性があると相続税のリスクは無視できません。このとき相続人に生前贈与して、相続税がかからないようにしておく方法が効果的です。
ただし、生前贈与による対策には贈与税がかかるおそれがあり、暦年贈与の非課税枠(受贈者1名あたり年110万円)の範囲内で時間をかけて贈与するのがお勧めです。
デット・エクイティ・スワップ
最後に、特殊な方法としてデット・エクイティ・スワップの活用があります。デット・エクイティ・スワップは、会社の借入金を株式と交換する方法で、「DES(デス)」「債務の株式化」とも呼びます。役員貸付金は相続税において額面で評価されますが、株式に変換すると、業績の悪い会社ではその額面より低く評価できることがほとんどです。
これにより、財産の評価額を下げ、相続税を節約できます。株式の評価方法は複雑なので、以下で解説しています。
役員貸付金を対策しないと遺産分割でもめる
以上の通り、役員貸付金を放置すると相続税の対象となり、相続人が損することとなります。これを防ぐために、前章で解説した対策はいずれも生前に、しっかり時間をかけてすべきです。
そして、相続税が余計にかかってしまうと、そのことがきっかけで家族間の争いが加速してしまうことがあります。税負担を誰がするのか、押し付けあいとなり、そして、その際に法人の経営は後継者のみが承継することとなると、会社からの収益はその人が得ることとの不公平感が生じることともなります。
このように、財産の多い相続でのお金の取り合いはもちろんですが、負担の大きい相続における押し付けあいもまた紛争の原因となり、遺産分割が長引き、争続となってしまいます。
遺産分割がもめる理由と対処法について
まとめ
今回は、役員貸付金、つまり、自分の会社に貸付をしている社長の立場で、平時と死亡時のリスクとその対策について解説しました。
平時は、小さいとはいえリスクがあり、社長が死亡した後の相続では、相続税の対象となることから大きな争いの種になる役員貸付金。確かに中小企業のオーナー社長にとって、自分の会社に貸付をするのは便利な資金繰りですが、税務や会計の面で適切な管理を求められます。相続まで見据えて税務計画を立てなければ、残された家族が苦しむことになります。
資金が必要だからと闇雲にお金を移動するのでなく、専門家である税理士のアドバイスを受けながら進めるのが企業運営には欠かせません。