もし、親子間での死亡の時期が判明しないとき、遺産はどう分配されるでしょうか。このような場面では、民法の定める「同時死亡の推定」の考え方が、相続において非常に重要な意味を持ちます。事故や自然災害など、不慮の出来事によって複数の人が同時に亡くなったとされる場合、その遺産が誰に渡るのか、このような難しい課題を考えるにあたり、同時死亡の推定のルールが適用されます。
この規定によれば、同時に亡くなったとみなされる人は、互いに相続することはありません。更に、同時死亡と推定された人は保険金の受取人にもなりません。
本解説では、同時死亡の推定の意味と、適用される状況、その場合の結論について、具体例を示しながら解説していきます。
同時死亡の推定とは
同時死亡の推定とは、複数の人が1つの事件や事故で亡くなった際に、それぞれの死亡の順番がしたのか判別できないとき、同時に死亡したものと推定する考え方です(民法32条の2)。このルールは、死亡の順序が明らかならば適用されず、あくまで死亡の時期が明確でない状況下で適用される法律のルールであり、民法32条の2は次のように定めています。
民法32条の2
数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。
民法(e-Gov法令検索)
つまり、この法的推定は、誰が先に死亡したかを特定できない状況で、同時に死亡したと推定することによって、その後の相続の手続きを進めるための指針を定めています。相続では、どちらが先に死亡したかによって、遺産の分配方法が異なるケースがあるからです。
同時死亡の推定が適用されるのは、例えば、自然災害(津波や台風、地震など)や事故といった複数の人が突発的な出来事で死亡し、その前後関係が分からないケースです。また、同じ事故ではなく、違う場所で死亡したとしても、その先後が不明な場合には同時死亡の推定が適用されます。少子高齢化の進行によって、独居老人の孤独死などでも、死亡時刻が特定できないケースも増えています。
同時死亡の推定の効果
同時死亡の推定によって、死亡の時期が不明である人が、同時に亡くなったものと推定されるという法的効果が生じます。
相続における効果
このとき、相続については「同時存在の原則」があり、被相続人の死亡によって開始される相続について、その相続開始の時点で存在している人しか、相続人になることはできません。したがって、同時死亡の推定の効果が生じた結果、同時期に死亡したものと推定された複数の人の間には、それぞれ相続の関係は生じないこととなります。これによって、通常の相続法のルールに従えば法定相続人であった人が、同時に亡くなったとされる結果、相続人ではなくなることがあります。
この推定が相続手続きに与える影響は大きく、財産分配の方法には全く異なることとなります。例えば、夫婦が同時死亡した場合、夫の財産は妻に相続されず、妻の財産も夫に相続されず、それぞれの財産はそれぞれの次の法定相続人(子供がいるならばその子)に移ります。
なお、同時死亡の推定はあくまで「推定」に過ぎないため、その推定は覆すことができます。例えば、死亡時刻が判明し、証拠によって明確になった場合には、推定よりも実際の死亡時期のほうが優先します。これによって相続の状況が変更されることがあります。
胎児は、同時存在の原則の例外とされ、胎児は既に生まれているものとみなされます(民法886条1項)。通常、権利の主体となり得ない胎児も、相続に限っては「存在している」とみなされる特別扱いです。
ただし、胎児が死産の場合、初めから存在しなかったものとして扱われます(民法886条2項)。
遺産分割の基本について
同時死亡の推定と代襲相続
代襲相続は、本来の相続人が相続が始まる前に亡くなったり、相続権を喪失したりしたときに、その直系卑属(子や孫)がその地位を引き継ぐ制度です。同時死亡の推定が適用される状況下でも代襲相続が起こります。そのため、複数の人が同時に死亡したものと推定された結果、その間に相続が生じない場合でも、その死亡した人の直系卑属が代襲相続することがあります。
代襲相続の基本について
同時死亡の推定が覆った場合の効果
同時死亡の推定は、あくまで「推定」に過ぎず、死亡時刻が特定できるならばそちらが優先します。その結果、当初は同時死亡の推定によって互いに相続が生じないとされていた人が、後から異なる時刻に亡くなっていたという証拠が発見されたときには、その推定は覆ることとなります。
この結果、同時死亡の推定が覆されると、遺産の分割方法が変更されることとなります。この場合には、判明した死亡時刻に沿って得られる遺産の割合に応じて、相続財産を得られなかった人は、それを不当に得た人に対して、不当利得返還請求権を行使することができます。
また、新たに相続人となった人は、相続回復請求権を行使できますが、5年の短期消滅時効があるため、異時死亡が発覚したら速やかに請求する必要があります。
同時死亡の推定による相続の具体例
同時死亡の推定が、相続において大きな意味を持つことについて、わかりやすく具体例で解説します。
例えば、夫婦と長男の3人の家族で、夫と長男が、交通事故に巻き込まれていずれも死亡してしまった事例を考えてください。このとき、夫と長男の死亡の先後が分かる場合、次のようになります。
【死亡の先後が判別できる場合】
- 夫が先に死亡し、その後に長男が死亡した場合
夫が死亡した時点で、夫の遺産は2分の1が妻に、残り2分の1が長男に相続されます。その後に長男が死亡した際に、その遺産が全て母親(つまり夫から見た妻)に相続され、結果的に、夫と長男の両方の財産全てが妻に渡ることになります。 - 長男が先に死亡し、その後に夫が死亡した場合
長男が死亡した時点で、長男の財産が父と母にそれぞれ半分ずつ相続されます。その後に夫が亡くなると夫の相続が開始されますが、このとき、子供は既に存在しないため、直系尊属や兄弟姉妹が相続人になります。例えば、夫の両親が生きていた場合、夫の遺産の3分の2を妻が、残りの3分の1を夫の両親が相続します。
これに対し、夫と長男の死亡の順序が不明なときには、同時死亡の推定によって、あたかもそれぞれが存在していなかったように推定され、互いに相続することはありません。したがって、次のような結論となります。
【同時死亡の推定が適用される場合】
- 夫の相続
夫の死亡時に、子供は存在しないものと扱われるため、その遺産は、夫の両親が生きている場合には「妻が3分の2、夫の両親が3分の1」、夫の両親がおらず兄弟姉妹がいる場合は「妻が4分の3、兄弟姉妹が4分の1」、直系尊属と兄弟姉妹のいずれもいない場合には「妻が全て」の財産を相続します。 - 長男の相続
長男の死亡時に、夫は存在しないものと扱われるため、その遺産は母(夫にとっての妻)が全て相続します(長男に配偶者がいないことを前提としています)。
同時死亡の推定が絡む複雑な相続の例【ケース別】
次に、ケースに応じて、同時死亡の推定が絡んだ複雑な相続の例について解説します。
同時死亡と推定される人を受遺者とする遺言がある場合
遺言がある場合には、法定相続分の割合に優先し、遺言に基づいた遺産分割となります。
しかし、遺言によって遺言によって財産を受け継ぐべき人が、遺言を残した人の死亡時に既に亡くなっていたときには、その遺言書は効力を発揮しません。したがって、同時に死亡したものと推定される場合には、遺言に記載された内容によって財産を分配することはできず、遺言者から受遺者への財産の移転は起こらず、残された人の間で、法定相続分に応じて分けることになります。
同時死亡と推定される人を受取人とする生命保険がある場合
生命保険は、受取人の固有の財産とされ、遺産に含まないのが基本です。その結果、相続が開始すると同時に、受取人と指定された人に支払われます。しかし、保険の契約者と受取人が、同時に死亡したと推定される場合には、保険契約者が死亡した時点で受取人も存在しないこととなるため、その受取人に死亡保険金を払うことはできません。
この場合、生命保険の死亡保険金は、受取人の相続人に支払われます。
同時死亡の推定によって相続税が異なることもある
同時死亡の推定が適用されるかどうかによって、相続税額が異なることもあります。
例えば、夫婦と長男の3人家族で、夫と長男が死亡したケースにおいて、夫の財産が全部で1億円だったと場合を想定してください。このとき、相続税には基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人の数)があり、これ以下の財産に対しては相続税がかかりません。すると、その相続が開始したときに誰が死亡しているか(誰が生きているか)によって、法定相続人の数が異なり、これによって、相続税の額が変わる可能性があります。
上記の例において、夫と長男が同時死亡と推定され、相続人が妻のみだったとすると、法定相続人は1名となり、基礎控除は3600万円となり、課税の対象は6400万円となります。これに対して、夫が先に死亡し、その時点では長男が生存していたとすると、夫の相続開始時点では法定相続人が2名となり、基礎控除は4200万円となり、課税の対象は5800万円となります。
まとめ
本解説では、「同時死亡の推定」とその相続への影響について詳しく解説しました。
同時死亡の推定は、複数の相続人が同時に亡くなったと推定される場合に適用される法的な概念であり、相続手続きにおいては、同時に死亡したとされる複数人の間には相続が生じないという重要な効果があります。これによって相続開始時に死亡していたこととなる相続人に直系卑属がいる場合には、代襲相続が起こります。
同時死亡の推定は、相続財産の分配はもちろん、保険金の受け取りなぢ、遺産の分配に多大な影響を与える、相続において避けては通れないテーマです。