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遺言書の筆跡鑑定の方法は?遺言書の筆跡が違うときの対処法

筆跡鑑定は、筆跡の同一性の有無を確認し、文書が真正なものかを調査する手段です。遺言書が発見されたとき、作成名義人である遺言者自身によって作成されたものかを確認する必要のあるとき、遺言書の筆跡鑑定が役立ちます。

遺言書の筆跡鑑定の結果、偽造であることが明らかになった遺言は無効です。そのため、その遺言書の筆跡が本物か、それとも偽物かという点は、遺言によって利益を受ける者と、そうでない者との間で大きな争いに発展します。話し合いでの解決はもちろん、裁判所において判断してもらうにも、遺言書の筆跡鑑定の結果を提出することが大きな武器となります。

今回は、遺言書の筆跡鑑定の方法と、筆跡が異なるときの対処法を解説します。筆跡鑑定は強力な証拠ではありますが、利用方法を誤ると、期待した結果にならないことがあります。裁判では、必ずしも鑑定結果通りの結論になるとは限らず、他の証拠で補強することも大切です。

目次(クリックで移動)

遺言書の筆跡鑑定の目的

まず、遺言書の筆跡鑑定をする目的について解説します。

遺言書は、相続時の財産の分配を決める重要な書類です。その重要性に鑑みて、法律は遺言についての厳格な方式を定めており、形式に不備があると無効となります。

遺言書の要件のなかでも大前提となるのが、その遺言が、遺言者の真意によって作成されているかどうか、という点です。そして、遺言書を自署し、押印することを要件とする自筆証書遺言では、その遺言書が、遺言者自身の筆跡で書かれているかどうかが、非常に重要なポイントとなります。

遺言者本人の筆跡かどうかを確認する

遺言書の筆跡鑑定の主な目的は、偽造が疑われるときに、筆跡の同一性を確認することです。

通常、自筆証書遺言、秘密証書遺言については、発見されて検認の手続きを経た後、有効性に疑いがなければ遺産分割の手続きに進みます。ところが、遺言書の筆跡が遺言者のものとは異なり、真の作成者が遺言者ではないのではないかという疑いが生じるケースがあります。このとき、遺言者本人の筆跡かどうかを確認し、遺言の有効性を明らかにするために、遺言書の筆跡鑑定が用いられます。

なお、公正証書遺言の場合には公証人の手によって作成されるため、遺言能力の有無が争いになることはありますが、遺言書の筆跡が争われることはありません。

遺言書の基本について

遺言書が偽造された可能性を排除する

筆跡鑑定の2つ目の目的は、遺言書が偽造された可能性を排除して、遺言の有効性を根拠づけるということです。前章のように筆跡が遺言者のものと異なるケースはもちろんのこと、それ以外の事情によっても、遺言書が偽造されたとして、裁判で遺言の無効を主張されることがあります。

遺言書が有効であると考える者は、遺言者の筆跡によるものであることを証明する必要があり、そのために筆跡鑑定の結果を証拠として提出する必要があります。鑑定により得られた「作成者と遺言者の筆跡が一致した」という事実が、遺言者による遺言を裏付ける一事情となるからです。

また、筆跡鑑定によって偽造者を特定することができれば、相続欠格の事由に該当し、その人を相続人ではなくすることもできます。

相続欠格の基本について

遺言書の筆跡鑑定の種類

遺言書の筆跡鑑定については、遺言書の種別に応じて、利用される方法や種類が異なります。

自筆証書遺言の筆跡鑑定

まず、自筆証書遺言の筆跡鑑定は、最も利用される機会の多い場面です。自筆証書遺言は、遺言者が自分ひとりで作成することができるため、すぐにでも手軽に作れます。しかし、その分、手元で保管しているうちに、遺言者以外の人に手を加えられやすく、偽造されやすい遺言形式でもあります。

また、自筆証書遺言は、財産目録を除く全文を自筆で書くことが求められているため、その有効性が争いになると筆跡鑑定は必須となります。このとき、筆跡鑑定のなかでも、遺言書の全文を鑑定の対象とする「文書鑑定」の方法が利用されるのが通例です。

自筆証書遺言について

公正証書遺言の筆跡鑑定

次に、公正証書遺言の筆跡鑑定について。公正証書遺言は、全文の自署は不要ですが、遺言書の末尾に遺言者本人が署名押印するのが原則です。そのため、この署名が本人のものではない疑いがあるとき、署名を対象とした鑑定方法である「署名鑑定」が用いられます。

とはいえ、公正証書遺言は、公証人の確認のもと、その面前で署名するのが通例なので、自筆証書遺言よりも偽造のリスクは少ないです。ただ、リスクは全くないとはいえず、例えば公証役場に赴いた人が遺言者本人でなかったという可能性のあるとき、筆跡鑑定の必要な争いとなります。

最近の裁判例では、結論として偽造とは認められなかったものの、公正証書遺言の署名部分が遺言者本人のものではないと主張して争いになったケースがあります(大阪地裁令和2年6月24日判決)。

公正証書遺言について

秘密証書遺言の筆跡鑑定

最後に、秘密証書遺言の筆跡鑑定について。秘密証書遺言は、全文につきパソコンでの作成や他人の代筆が可能ですが、自筆で書かれることもあります。仮に、全文が自書によるものでなくても、遺言書の署名については自筆で行う必要があり、自筆証書遺言と同じく、偽造の争いが生じたとき、筆跡鑑定が必要となります。

秘密証書遺言について

遺言書の筆跡鑑定の手順と流れ

次に、遺言書の筆跡鑑定の手順と流れについて説明します。

遺言書が偽造されたものであると疑われるときには、遺産分割の手続きの前提として、その争いの前に遺言の無効を確定させるプロセスを踏む必要があります。

遺言書の筆跡鑑定の手続き

まず、遺言書の筆跡鑑定の手続きについて、ステップで順番に解説します。

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遺言の有効性について話し合う

遺言が無効の可能性あるとき、まずは当事者間の話し合いをします。しかし、その有効性によって得する人と損する人とで合意に至るのは難しく、交渉が決裂する場合は家庭裁判所に遺言無効調停を申立て、それでも解決できない場合は遺言無効確認の訴えを提起します。

STEP

遺言無効確認訴訟を起こす

遺言無効確認訴訟では、遺言の有効を主張する側(被告)は、①遺言者が遺言をしたこと、②遺言が法定の方式に従ってされたことを主張立証する必要があります。これに対し、遺言の無効を主張する側(原告)は、①の事実を積極否認する(偽造であると反論する)のが通常の戦い方です。

裁判所の判断を有利なものにするには証拠が重要であり、筆跡鑑定による準備が必要となります。

STEP

裁判の証拠として筆跡鑑定を準備する

遺言の真正を証明する証拠の1つとして、遺言書の筆跡鑑定を準備します。裁判所に提出する鑑定書は、完成まで1ヶ月以上かかることもあるので、筆跡鑑定の依頼はできるだけ早い段階からご検討ください。

実施してもらう筆跡鑑定の方法にも注意してください。伝統的な手法は目視による鑑定ですが、筆圧検出器やPCソフトを使った、科学的なアプローチをする鑑定方法の方が正確性が高く、お勧めです。筆跡の特徴を数値化でき、筆跡鑑定人の主観を排除しやすいという点で、目視による鑑定よりも客観性に優れていると考えられているからです。

STEP

裁判所が筆跡鑑定を嘱託することもある

自分で事前に用意する方法だけでなく、裁判手続きのなかで裁判所に申し立て、遺言書の筆跡鑑定を嘱託してもらう方法もあります。このとき、鑑定人は裁判所によって選ばれ、書面によって鑑定意見が述べられ、裁判所の判断の材料となります。裁判所の嘱託する筆跡鑑定の費用は、申立てをした当事者が概算額を予納するのが通常です。

STEP

本人の筆跡を示す証拠を提出する

筆跡鑑定は、あくまで裁判所に筆跡の同一性の有無を判断してもらうための証拠の一つです。そのため、遺言書と対照して筆跡を確認できる文書を、その他の証拠として提出しておく必要があります。この文書は、本人が書いたことにつき、相手方から争われないであろう文書であることが最適です。なお、本人作成の手紙などを提出する場合には、消印などを含めて全体が証拠となるため、自筆部分を切り取ると証拠としての価値が落ちてしまいます。

筆跡鑑定の結果が出た後の流れ

次に、筆跡鑑定やその他の証拠によって、遺言者の筆跡であるかどうかについての判断が下された後の流れについても解説しておきます。

筆跡鑑定で遺言者が別人だと判断された場合

筆跡鑑定で遺言者が別人だと判断された場合、その遺言は無効になります。偽造者が明確になり、その者が相続人だった場合には、相続欠格に該当して相続権を失う可能性もあります。更に、刑法の有印私文書偽造罪に該当し、3月以上5年以下の懲役に処せられます。

遺言書が勝手に作成された場合について

筆跡鑑定で遺言者が同一だと判断された場合

筆跡の同一性が肯定された場合、遺言書は、遺言者の意思にしたがったものだったことになります。たとえ内容が不公平で、納得がいかないとしても、尊重して受け入れる姿勢が必要です。

ただし、兄弟姉妹以外の法定相続人には、遺留分が認められています。遺言自由の原則が認められているとはいえ、相続人は、遺産に対しての最低限の取り分を認められており、これを侵害されたときは、遺留分侵害額請求によって救済されることができます。

遺留分の基本について

遺言書の筆跡鑑定の信頼性

次に、遺言書の筆跡鑑定の信頼性が、裁判所においてどう評価されるかを解説します。

裁判では必ずしも筆跡鑑定通りに認定されるとは限らない

裁判官は、証拠の証明力について自由に評価し、事実を認定します。そのため、残念ながら、裁判では提出した筆跡鑑定書の通りに認定されるとは限りません。

筆跡鑑定の証明力にはそもそも限界があります。DNA鑑定のように不同、不変のものとは異なり、筆跡は、年齢や体調、使用する筆記具、筆記者の意図などの諸条件で変化します。鑑定人の専門的知見や経験が不足している場合もありますし、鑑定を依頼した者の主張に偏った意見が述べられているケースもあります。こうした事情から、当事者双方から提出された筆跡鑑定書の結論が異なるという事態も少なくありません。

したがって、筆跡鑑定の信用性、証明力は低く評価されがちで、筆跡鑑定通りの事実認定を期待できない場面も多いのです。

筆跡鑑定以外の証拠で補強することが重要

遺言書の筆跡鑑定の証明力が低いからこそ、それだけに頼ることなく、筆跡鑑定を補強する証拠を集める必要があります。遺言書の筆跡鑑定を補強する証拠は、次の観点から収集するようにしてください。

  • 遺言者の自書能力の存否および程度
    遺言当時に自書する能力があったかどうか、カルテや診断書などによって証明することが有用です。認知症を患っていたり体調不良だったりするのに、遺言書が明瞭であり文字に震えが全くないといったケースでは、偽造の疑いが持たれます。
  • 遺言書それ自体の体裁等
    遺言書の紙の発売日、紙質、入手場所や言葉遣いの自然さ、常用していた印鑑であるかどうかなど、遺言書の見た目にもヒントが多く潜在しています。
  • 遺言内容の複雑性
  • 遺言の動機や理由
    特定の者にとって過度に有利な遺言であることは、偽造の疑いを強める理由となります。
  • 遺言者と相続人または受遺者との関係や交際状況
  • 遺言作成に至る経緯
  • 遺言書の保管状況、発見状況

こうした観点も踏まえつつ、偽造の有無を立証するには、遺言者の日記、メモその他の筆跡対照文書、遺言者のカルテおよび介護記録、または証言など、筆跡鑑定以外の証拠を集めることが大切です。

遺言能力の判断基準について

遺言書の筆跡鑑定を依頼する際の注意点

最後に、実際に遺言書の筆跡鑑定を依頼する場合の注意点を解説します。

前章の通り、筆跡鑑定のみで遺言の効力に決着を付けられるわけではないものの、信頼性の高い証拠を確保しておく努力をするに越したことはありません。

信頼できる鑑定機関を慎重に選ぶ

筆跡鑑定人や専門機関は、ウェブ検索で見つけることができます。

ただ、少しでも筆跡鑑定の証明力を高めるには、信頼できる鑑定機関を慎重に選ぶことが不可欠です。遺言書の筆跡鑑定を任せる際には、次の観点から、口コミや実績を確認してください。

  • 最新の機器を備えているか
  • 目視だけでなく科学的手法を用いているか
  • 裁判所や警察からの依頼実績があるか

遺言書に関する争いとともに弁護士に相談し、紹介してもらうのもお勧めです。弁護士に依頼すれば、筆跡鑑定の結果をもとに意見書を作成し、提出してもらうこともできます。

また、依頼する際は、自分の意向に無理に沿わせるような不自然な鑑定を求めることは、後のトラブルの原因となるため控えてください。筆跡鑑定があれば、専門家の意見を取り入れることができ、早期に争点が明確になり、相続人間のトラブルを予防できます。やむなく訴訟に至ってしまった場合でも、証明力を低くしないよう注意しておけば、裁判官の心証形成にも有利な影響を与えられます。

筆跡鑑定を相手方よりも早く提出しておくことで、相手方の鑑定人はその意見を無視しづらくなります。そのため、遺言の効力を争うのであれば、筆跡鑑定の依頼は早めに検討すべきです。

適切な鑑定資料を収集する

筆跡鑑定は、遺言書と複数の文書を照らし合わせて行われます。このとき、正確に判断してもらうためには、鑑定に必要な資料を充実させておくことが大切です。手紙や年賀状、契約書といった文書が対照されることが多いです。

ただ、やみくもに集めるのでは正確な結果を得られないおそれがあるので、適切な資料を取捨選択してください。このとき、資料収集の注意点は、次のようなポイントを押さえてください。

  • コピーではなく原本を入手する
  • 鑑定する遺言書と同一の文字や単語が含まれている
  • 同様の筆記具が使われている
  • 同様の書体で記載されている(楷書か行書かなど)
  • 同様の書字方向で記載されている(横書きか縦書きかなど)
  • 遺言書と近接した時期に作成され、作成時期が明らかである
  • 誰に宛てた文書かが明確である

また、筆跡には個人内変動があるため、諸条件によって変わりうることを考え、できるだけ多くの資料を集めるように心がけてください。

筆跡鑑定の費用の相場を理解する

遺言書の筆跡鑑定にかかる費用は、依頼先によって差がありますが、一般には20万円から50万円ほどの料金が相場の目安です。まずは簡易に鑑定してもらうだけの場合でも、数万円程度はかかるのが通常であり、決して安い額ではありません。そのため、費用面からしても、筆跡鑑定人は慎重に選ばなければなりません。

更に、被相続人の筆跡と遺言書の筆跡の同一性だけでなく、遺言によって利益を受ける者の筆跡と遺言書の筆跡の同一性を鑑定する場合は、別途料金が発生します。

まとめ

今回は、遺言書の筆跡鑑定について解説しました。

遺言書における筆跡の違いから、偽造を疑われることはよくあります。それほどに、相続における遺言書は大きな効力を持ち、有効性が争われるケースは珍しくありません。筆跡が遺言者のものか否かを判断するには、筆跡鑑定が役に立ちます。

とはいえ、遺言無効確認訴訟の場では、筆跡鑑定の証明力は低くみられがちで、その結果だけで遺言の効力が決まることは少ないです。筆跡の異同のみでなく、遺言書の作成敬意や動機、内容、保管状況、本人の自書能力など、様々な主張と立証を十分に尽くすのが、遺言書をめぐる争いを有利に進めるためのポイントです。

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