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相続放棄は撤回できる?相続放棄の取消しが許されるケースについて解説

相続放棄は、相続権を自らの意思で失う手続きであり、主に、相続する財産よりも負債が多い場合に選ばれる財産放棄のプロセス。相続開始を知ったときから3ヶ月の期間制限があるため、焦って誤った判断をしてしまった方から「相続放棄を撤回したい」という相談を受けることがあります。

相続放棄の取消しは、全く不可能なわけではないものの、認められるケースは例外的です。そのため、もし意思を撤回したいと考えるなら、要件をよく理解し、速やかに対応しなければなりません。一方で、今度こそ後悔しないよう慎重に検討してください。

本解説では、相続放棄の撤回、取消しが認められる要件と具体的な方法、手続きを解説します。

目次(クリックで移動)

相続放棄の基礎知識

まず、そもそも相続放棄とはどのようなものか、基本的な法律知識を解説します。

相続放棄とは

相続は、亡くなった方(被相続人)から財産を受け継ぐ手続きですが、取得する財産にはプラスの財産だけでなくマイナスの財産(借金やローンなど)も含みます。そのため、故人の遺産が債務超過の状態だと、相続するだけ損であり、このとき活用されるのが相続放棄です。

相続放棄すると、相続人でなかったことになり、プラスもマイナスも、いずれも承継しません。ただし、相続放棄の手続きは、相続開始を知ったときから3ヶ月以内に、家庭裁判所に申述しなければならないという期限があります。

相続放棄の手続きについて

相続放棄の申述の受理前なら取下げできる

相続の承認及び放棄は、民法917条1項で「撤回することができない」と明示的に定められ、たとえ期限内でも一度したら撤回できないのが原則です。ただし、相続放棄がひとたび家庭裁判所に受理された後の撤回は不可能ですが、受理前の取り下げはできます。相続放棄の申述書を家庭裁判所に提出すると、申述人に対して文書照会がされた後で受理されますが、その間数日の猶予があり、取り下げることができます。

相続放棄の撤回と取消しの違い

一度行った法律行為を取りやめる方法として、撤回と取消しは似ていますが、区別しなければなりません。特に、相続放棄については撤回は原則としてできないことが法律で定められていますが、意思表示に瑕疵がある場合には取消しができるケースがあるからです。

相続放棄の撤回とは

撤回とは、一度行った法律行為を、撤回後の将来に渡って効果を生じなくすることです。そして、相続放棄は撤回することができないと法律に定められています(民法917条1項)。

理由なく撤回を認めてしまうと、相続放棄を信じて遺産を相続人から取得した第三者の安定が害されてしまう危険があるからです。相続放棄があるのとないのとでは、他の共同相続人の相続割合も代わってしまい、自分の財産だと思って処分したのに、相続放棄の撤回を許してしまうとその一部が無権限になってしまうおそれもあります。

なお、これに対して前章の通り、受理前に取り下げることは可能です。この場合、撤回とは異なり、まだ相続放棄が受理されていない以上、第三者の保護も不要です。

相続放棄の取消しとは

これに対し、取消しとは、ある法律行為について、それを構成する意思表示に瑕疵があるときに、その効果を打ち消すことです。取消しは、一定の要件を満たした場合にしか認められない分、利害関係ある第三者の法的安定性を害するのは当然ですが、瑕疵ある意思表示をした人を保護する意味で、例外的に認められた「後戻りの道」です。

相続放棄についても、次章の通り、その意思表示が詐欺や強迫、錯誤に基づいてなされた場合や、未成年者や成年後見人などの制限行為能力者で、適切な手続きを踏まずにした相続放棄である場合には、例外的に取消しができます。相続放棄の「撤回」は許されないもことが民法919条1項に定められていますが、同条2項にて、民法相続の規定による「取消し」は可能だとされています。

取消しでは、撤回と異なり、その効果は意思表示の時点に遡って生じます。つまり、最初からなかったことになるというわけです。

相続放棄の取消しが認められる条件

次に、相続放棄の取消しが認められる条件について解説します。

相続放棄には、民法総則の規定が適用される結果(民法919条2項)、意思表示一般に適用される取消の規定を利用して、相続放棄を取り消すことができます。ただ、単に遺産を見逃していたとか、不注意や心変わりなどが認められるわけではなく、厳しい要件のある非常に困難な手だとお考えください。

制限行為能力者が単独でした相続放棄

制限行為能力者とは民法において行為能力を制限された人であり、年齢によるもの(18歳未満の未成年)と、判断能力の欠如によるもの(成年被後見人、被保佐人、被補助人)があります。それぞれ、法律行為をするための要件や手続きが定められており、それに則らずにした意思表示は取消しすることができます。このことは相続放棄にもあてはまります。

未成年者が法定代理人の同意なく単独でした場合

未成年者(満18歳未満の子)の法律行為は、法定代理人(親権者など)の同意を得なければならず、同意なく単独でされた法律行為は取り消すことができます(民法5条)。相続放棄の場合にも同様に、法定代理人の同意なくされた場合には、取消しが可能です。

なお、相続放棄の申述は家庭裁判所で行われ、その際に必要書類として戸籍などをチェックするため、未成年者の相続放棄が親権者の同意なく受理されることは事実上ないと考えられます。

成年被後見人、被保佐人、被補助人が行った場合

成年被後見人、被保佐人、被補助人といった制度はいずれも、一定の行為を制限されています。これらの制度は、高齢や認知症、精神疾患などを原因として通常の判断能力を失った人のために、本人が行える行為の範囲を制限するものです。

  • 成年被後見人の場合
    成年被後見人が単独でした行為は取り消すことができます(民法9条)。成年被後見人は、最も行為能力を制限された類型であり、相続放棄においても損得が判別できないため、単独でしたならば事後に取り消すことができるのです。後見監督人が選任されている場合には、成年後見人だけでなく、後見監督人の同意も必要となります。
  • 被保佐人の場合
    被保佐人は、成年被後見人ほどではないものの判断能力が低下しており、一定の行為について保佐人の同意(または同意に代わる家庭裁判所の許可)を要します。保佐人の同意を要する行為は限定列挙されていますが、財産に関する重大な行為がその中心で、相続放棄についても財産に大きな影響を及ぼすため、保佐人の同意なく行われれば取消しが可能です。
  • 被補助人の場合
    被補助人は、制限行為能力者のなかでは判断能力が最も残っており、補助開始の審判と同時に同意や代理を要する行為を限定的に決めます。そのため、相続放棄について同意もしくは代理が必要とされた場合には被保佐人と同じく取消しが可能であり、必要とされていなかった場合には単独で行うことができます。

詐欺による相続放棄

詐欺による意思表示は、取り消すことができます(民法96条1項)。そのため、騙されて相続放棄をしてしまったときには、詐欺を理由として、相続放棄の取消しをすることができます。

例えば、共同相続人の1人が「遺産はほとんどなくむしろ多額の借金がある」「自分も放棄したから相続放棄した方が得だ」と嘘をついたために相続放棄したが、実際には財産がたくさんあった、というケースでは、詐欺による取消しを検討できます。

ただし、この方法は、詐欺によって欺罔状態に陥ったことが必要で、騙そうとしたが結果としては騙されず、自分の意思で相続放棄したという場合は取リ消すことができません。

強迫による相続放棄

強迫によって相続放棄したときも、詐欺と同様に取り消すことができます(民法96条1項)。例えば「相続放棄しないと命が危険だ」と恫喝し、無理やり相続放棄したケースでは、取消しをすることができます。なお、脅されて怖くなって相続放棄した、というケースです。この場合も、脅されたが特に怖がらず、自身の意思で相続放棄をしたという場合は取り消すことができません。

錯誤による相続放棄

意思表示に錯誤のあるときにも、取消しが可能です(民法95条)。錯誤による法的な効果は、従来は「無効」と定められていましたが、民法改正によって「取消し」に改められました。そのため、相続放棄についても錯誤があった場合には取消しをすることができます。

ただし、錯誤による取消しは、法律行為の基礎とした事情に関する錯誤が必要であり、かつ、重大な過失がないことが条件となります。したがって「不注意で遺産を見逃して相続放棄してしまった」といったケースで無制限に取消しが認められるわけではありません。重大な過失があったと言われないよう、相続放棄を決心する前に、しっかりと相続財産調査をする必要があります。

相続放棄の取消しの期間と手続きの流れ

次に、相続放棄の取消しをするときの具体的な手続きの流れを解説します。

相続放棄は、家庭裁判所における手続きなので、その取消しもまた、厳格な手続きを遵守して進める必要があります。

相続放棄の取消しが可能な期間

相続放棄の取消しには、期限があります。上記のような条件を満たしたときに、相続放棄の意思表示をした人を保護する必要があるとはいえ、将来いつまでも取消しを認めては、利害関係ある第三者の法的安定が害されてしまうからです。

民法919条3項によって、取消権は、追認をすることができる時から6ヶ月間行使しないときは、時効によって消滅することとされています。また、相続放棄から10年を経過したときにも、その後に取り消すことはできません。

なお、「追認ができるとき」とは、相続放棄の取消しが可能な要件ごとに、次の時点です。

  • 成年後見人による取消し
    本人の判断能力が回復して相続放棄を知ったとき
  • 詐欺による取消し
    欺罔状態が終了したとき
  • 強迫による取消し
    強迫状態が終了したとき

相続放棄の取消しの手続きの流れ

相続放棄の取消しは、相続放棄と同じく、家庭裁判所に申述する方法によって行います。取消しの申述先は、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所であり、これは相続放棄の申述先と同じです。亡くなった家族と遠方に住んでいた方にとっては、申述先が近くにない可能性があります。

申述できる人は、相続放棄の申述をした人と、その法定代理人(親権者や成年後見人など)です。また、依頼を受けた弁護士が、代理して相続放棄の取消しを申述することもできます。相続放棄の取消しの申述では、800円分の収入印紙を申述書に貼付し、連絡用の郵便切手を納付します。

相続放棄が無効になるケースもある

例外的に、相続放棄そのものが無効になるケースがあります。そもそも相続放棄自体が無効ならば、取消しをする必要はなく、効果は発生しません。

相続放棄の無効については法律に規定はないものの、認めた裁判例には次のものがあります。このことからも分かる通り、相続人の1人が相続放棄の無効を争うときは、訴訟で無効を主張する必要があります。

本人の許可なく無断でした相続放棄

まず、本人の許可なく無断でした相続放棄について、無効であると考えられています。相続放棄の申述が、全く本人の意思に基づかず、他人によって無権限で行われた場合がこれに該当します(無効になった事例として、東京地裁昭和53年10月16日判決、東京地裁昭和51年5月26日判決など)。

単純承認とみなされた後の相続放棄

また、単純承認とみなされた後の相続放棄についても無効です。法律によって、単純承認をしたものとみなされる事情(法定単純承認事由)は、相続放棄や限定承認せずに3ヶ月を過ぎた場合や、遺産の全部または一部を処分した場合がありますが、全社の場合には、遅滞なく改めて相続放棄すれば認められるケースが実務的には多く、後者の場合が無効事由の典型例です。

つまり、相続人が、遺産を一部使ってしまった後で相続放棄をしても、その手続きは無効と判断されるわけです。

相続放棄の取消しを避けるための対策

最後に、相続放棄の取消しを避けるための対策について解説します。相続放棄を取り消すことはなかなか難しく、高いハードルだと心得、後悔することのないよう慎重に進めてください。

相続財産調査を専門家に依頼する

相続放棄を取り消すような事態にならないように、相続財産調査は徹底して行う必要があります。後から知らなかった遺産が発見されるようなことがなければ、相続放棄を取り消す必要も生じないはずです。相続財産調査は、財産の種類や額によってはかなり複雑なこともあるため、ミスをしないよう、専門家に依頼するのがお勧めです。

相続財産調査について

限定承認を活用する

限定承認は、承継する遺産の範囲でのみ、相続負債の責任を負う手続きです。

相続放棄をするか、相続開始から3ヶ月で決めなければならず、期限が迫っていると急いで判断ミスをする危険があります。このとき、将来の財産調査や遺産分割の話し合いの行方によっては、相続放棄するかどうかの気持ちが変化するおそれがあるならば、安易に相続放棄すべきではありません。一方で、借金を承継したくないという気持ちが強いときは、限定承認を活用すべき場面だといえます。

限定承認について

相続放棄やその取消しの判断は慎重にする

相続放棄や、その取消しの判断は、基本的にいずれも後戻りができないと覚悟して、強い決心で進めるべきです。本解説で、相続放棄が取り消せる場合があると解説はしましたが、何度も、相続放棄したり、取消したりといったことを繰り返せるわけではありませんし、取消しの要件を満たすハードルは高く、基本的には取り消すのは難しいと考えるべきです。

相続放棄を一時の気の迷いでしてしまって後悔しているならなおさら、取消しをするときには更に注意深く進めなければならず、弁護士など専門家のアドバイスは必須といえます。

相続に強い弁護士の選び方について

まとめ

本解説では、相続放棄を取りやめたい場合の対処法について解説しました。

相続放棄の撤回は、法律の明文で禁止されているものの、受理前の取下げや、民法総則の規定にしたがった詐欺、強迫、錯誤による取消し、制限行為能力者であることを理由とした取消しといった方法によって、相続放棄を取りやめることが可能です。相続放棄には期限があり、速やかに対処しないとと思うあまりに焦って判断を誤る方もいますが、取消しには要件があり、どのような場合でもできるわけではないので注意して進めてください。

まずは、相続放棄前の相続財産調査相続人の確定を入念にする必要があるので、自分ひとりでの対処が難しいなら、専門家の知識と経験を借りましょう。

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