会社のオーナー経営者の相続で、ご自分の会社の経営を子供に引き継がせたいときに、兄弟姉妹が仲良く協力して経営してくれるのであれば、いうことはありません。
しかし、子供たちの事業に対する興味や、能力・性格が異なることも、よくあります。1人を社長にすると、他の兄弟が文句をいうケースもあるため、複数の子供に別々の事業をまかせた方が、会社経営がうまくいくことも多いです。
このように、相続人となる子どもが複数いて、事業を分割して任せたい、という場合に活用できるのが、「会社分割」です。文字通り、会社を2つ以上に「分割」して、兄弟姉妹それぞれに任せるのです。
今回は、「会社分割」を使った事業承継について、制度の特徴や、活用の際の注意点・ポイントを、事業承継と相続に強い弁護士が解説します。
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そもそも「会社分割」とは?
相続・事業承継の場面で、後継者候補が2人いてそれぞれに仲が悪い、といったように、会社を分割し、事業を分割すべきケースがあることは、お考えいただけるのではないでしょうか。
「会社を分割したほうが、相続・事業承継がスムーズに進みそうだ」とお考えの会社経営者の方に向けて、「会社分割」とは何か、どのような種類があるかについてご紹介します。
会社分割とは?
「会社分割」とは、会社を分割して、別の会社に引き継がせる行為です。
具体的には、会社の事業の全部または一部を切り出して、その事業に属する人、財産、取引先などを、別の会社に移します。そして、その対価として、事業の受け入れ先の株式や、代金を受け取ります。
会社分割の大きな特徴の一つが、取引先や従業員を別の会社に引き継ぐ際に、個別に同意を得る必要がないという点です。
会社分割には、大きくわけて次の2つのパターンがあります。
吸収分割 | 会社の事業を分割して、すでに存在する他の会社に移す方法による「会社分割」 |
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新設分割 | 会社の事業を分割して、新しい会社を作って移す方法による「会社分割」 |
もっとくわしく!
「新設分割」の場合には、新しい会社を作って事業を移転する方法ですから、自社のみで行うことができます。
これに対して、「吸収分割」の場合には、すでに存在する他の会社に事業を移転するという方法ですから、移転先となる会社との契約や、お互いの会社内における手続が必要となります。
事業の受入れ先の株式を受け取る?
会社分割には2つのパターンがあると説明をしましたが、この2つの方法は、「事業を分割して移転する対価として、『株式』を受け取るかどうか」という点でも区別できます。
「新設分割」では、事業をうつして設立される会社には財産がないので、株式を受け取る以外に方法はありません。
これに対して、「吸収分割」では、A社が自分の事業の一部をB社にうつして、その対価としてB社の株式を受け取ることもできますが、株式ではなく金銭を受け取ることもできます。
A社は、株式を受け取れば、B社の株主としてB社の経営にも参加することができます。このような分割を「分社型分割」、「物的分割」などと呼ぶこともあります。
分割する事業の決め方は?
「新設分割」の場合は、会社分割をしようとする会社が、新しい会社を設立して、その会社に事業を移します。したがって、分割しようとする会社が、「新設分割計画」を定めて、分割する事業の範囲を決めます。
これに対して、「吸収分割」は、すでに存在する他の会社に事業を移すので、受け入れ先の会社との間で「吸収分割契約」を結んで、事業を移す範囲を決めます。
従業員も新しい会社にうつる?
会社分割では、個々の従業員の同意を得ることなく、従業員を他の会社に移すことができます。
ただし、労働者保護の観点から一定のルールが「労働契約承継法」(正式名称を「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」といいます。)が定められています。労働者との協議や、労働者への事前の通知などが必要となります。
また、承継の対象とした従業員であっても、一定の要件をみたす従業員が異議申し立てをすると、その従業員は新しい会社には移籍せず、元の会社に残ることになります。
会社を分割したほうがよいのは、どんなケース?
以上の「会社分割」についての基本的な知識をもとに、次に、会社分割を活用したほうがよい相続・事業承継のケースについて、弁護士がご紹介します。
会社経営者の社長が、相続・事業承継をスムーズに進めたいと考えたときに、会社の事業を分けて別々の後継者にまかせた方がよいケースは、以下のような場合です。
後継者候補が2人以上いる
後継者が1人だけの場合は、その後継者に会社全体の経営をまかせればよいので、事業承継を理由に会社の事業を分ける意味は、通常はありません。
後継者が2人以上いて、1人に絞れないときは、会社を分割するのも一つの方法です。
むしろ、後継者候補が2人以上いる場合に、決定的な判断基準がないと、後継者を片方に決めてしまったことによって仲たがいがおこり、会社経営が立ち行かなくなってしまう危険があります。
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後継者候補の興味・得意分野が異なる
後継者となる子供は、それぞれ、興味のある事業や、得意な分野がことなるのがふつうです。関心のある事業、得意な事業をまかせれば、熱意をもって取り組んでくれます。
後継者が2人以上いて、それぞれやりたい事業が異なるのであれば、その希望にしたがって会社を分割し、事業を分割することも考えてください。
後継者候補どうしの仲が悪い
事業承継の方法のうち、親族内承継を選択したときであっても、兄弟や姉妹だからといって、必ずしも仲が良いとはかぎりません。経営方針のちがいや、単純な性格のちがいで対立することもあります。
仲の悪い兄弟姉妹が同じ会社で一緒に経営をすると、感情のもつれなどから、将来、経営に悪影響を与えかねません。
ましてや、幹部社員や役員に承継させる社内承継を選択する場合などには、後継者候補が複数いて、互いに仲が悪いとすると、会社を分割せずに事業承継をスムーズに進めることは困難です。
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会社分割を活用して2人の子供に会社を継がせる方法
それでは早速、会社分割を活用して、相続人となる2人の子どもに、分割した会社をそれぞれ引き継がせる具体的な方法、手続の流れについて、弁護士が解説します。
オーナー経営者は、以上で解説した「会社分割」を利用して、自分が100%保有するA社の事業を、以下のとおり、2つに分けることができます。
ポイント
A社の事業の一部を、会社分割によってB社に移す
B社は対価としてA社に株式を発行する
A社は配当としてB社株式をオーナー経営者Pに配当としてわたす
これによって、オーナー経営者は、A社とB社をそれぞれ保有することになります。
あとは、A社株式を長男にわたし、B社株式を次男にわたせば、それぞれ資本関係のない別の会社として、別々に経営させることができます。
会社分割を使えば、会社の事業の一部門を切り出して新会社とし、後継者候補に、会社全体の経営をまかせる前に、新会社をまかせて経営の経験をつませることもできます。
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「会社分割」と「事業譲渡」の違い
会社分割と似た行為として、「事業譲渡」があります。「会社分割」も「事業譲渡」も、いずれも相続・事業承継の際に活用すべき方法ですが、両者には重要な違いがあります。
そこで、相続・事業承継をより円滑に進めて頂き、最適な方法を選択する参考として、「会社分割」と「事業譲渡」の違いについて、弁護士が解説します。
取引先・従業員の同意が必要かどうか
会社分割は、合併などと同様に、取引先の同意を「個別に」もらわなくとも、取引関係を別の会社に移すことができるといった点に、特徴があります。
これに対して事業譲渡は、簡単にいうと、ある事業に含まれる資産・負債、従業員、取引関係を、個別に売却する行為です。取引先や従業員との契約を、勝手に他の会社には売れないので、取引先・従業員の同意が必要になります。
この違いを、会社分割や合併は「包括承継」、事業譲渡は「個別承継」である、などと説明することがあります。
対価として株式を取得できるかどうか
会社分割の場合は、分割して移した事業の対価として、受け入れ先の株式を取得することができます。株式ではなく金銭を受け取ることも可能です。
これに対して、事業譲渡の場合は、対価は金銭のみになり、株式を受け取ることはできません。
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会社分割を、相続・事業承継に活用するときの注意点は?
ここまで解説してきましたとおり、特に後継者候補が2人以上いる親族内承継のケースなど、相続・事業承継を円滑に進めるために、「会社分割」を活用することができます。
しかし、会社分割には、メリットだけでなくデメリットもあります。そのため、最後に、会社分割をするときに慎重に検討しておくべき注意点を解説します。¥
許認可の引継ぎ
事業承継をする会社が、行政の許認可を受けなければ行えない事業をしている場合、会社分割を行うと、許認可の移転の手続が必要となる場合があります。
また、業種や許認可の種類によっては、会社分割をしてしまうとそもそも許認可が引き継げないこともあります。
許認可が必要な事業を、相続・事業承継をするときに会社分割を活用したい場合は、事前に確認する必要があります。
会社の債権者への対応
会社分割では、分割する事業にふくまれる債務も、別の会社に移すことができます。しかし、会社の債権者としては、急に他社から回収しなければならなくなると、回収できるか不安になります。
元の会社に請求できる債権者も、価値のある事業が他社に移ってしまうと、元の会社から回収できるか不安になります。
そこで、会社分割をするときは、法律で定められた、債権者の保護のための手続きをとらなければなりません。会社分割の目的を債権者に説明して納得してもらうなどの対応も必要です。
取引先や従業員への対応
会社分割では、取引先や従業員の個別の同意を得なくとも、新しい会社に取引先や従業員を移すことができます。
もっとも、取引先になんの断りもなく契約を移すと、取引先との関係が悪化してしまいます。無配慮な対応は、相続・事業承継を「争続」に変える火種となりますから、説明をして、納得していただく必要があります。
従業員についても、丁寧な説明をして転籍に納得してもらわなければ、退職のリスクがあります。
税金がかかる場合に注意!
相続・事業承継の場面で、会社の事業を2つに分けて承継しようとするときには、税務面の問題についても注意が必要です。きちんと検討しておかないと、後で多額の税金を課されてしまいます。
まず、消費税・不動産取得税についてです。会社分割で得られる対価には、消費税はかかりません。また、不動産取得税も、会社分割であればかかりません。
事業譲渡では、課税資産には消費税がかかります。また、不動産取得税もかかります。不動産を多く抱える事業を移す場合には、会社分割の方法を検討してください。
次に、会社分割では、一定の要件を満たすと、含み損益を反映しない帳簿価額で資産と負債を移転することができ、譲渡益の繰り延べがみとめられます。これを「適格分割」といいます。
このような一定の要件を満たさないものは、「非適格分割」と呼ばれます。課税の繰り延べをうけるために「適格分割」としたいときは、税理士のアドバイスを受けて下さい。
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事業承継は、「相続財産を守る会」にお任せください!
今回は、会社分割を活用して、2人の子供に別々の事業を承継させる方法について、弁護士が解説しました。
会社分割を使うときは、後継者となる子供のことだけでなく、従業員や取引先などの関係者にも影響するため、多方面に気を配る必要があります。また、税金面についての検討も欠かせません。
「相続財産を守る会」では、事業承継や会社法務にくわしい弁護士・税理士などの専門家が協力して、経営者様のお悩みの解決を支援します。
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