事業承継は、会社の将来を左右する重要なプロセスですが、その過程で発生する費用についてもよく知っておく必要があります。そして、その承継先が親族か、それとも社内の従業員か、事業売却かといった方法によってもかかる税金や費用が異なります。
費用が高すぎると、承継をうまく進められない危険があります。費用計画を将来にわたって立てないと、途中で資金が不足し、承継方法を再検討せざるを得なくなります。そのため、当初の計画段階において、必要となる費用の総額について明確にイメージしておくべきです。
今回は、事業承継にかかる様々な費用項目を、特に税務面から詳しく解説し、予期せぬ出費とならないよう費用を抑えるコツも紹介します。正しい準備をしておけば、コストを抑え、効率的に承継を進める助けになります。
事業承継に関わる主な税金
まず、事業承継は、財産を現経営者から後継者に移転するプロセスなので、その移転時には税金に留意する必要があります。初めに、事業承継に関わる主な税金について解説します。
また、中小企業やベンチャー、小規模な事業主にとって、弁護士や会計士、税理士などの専門家費用や、M&A仲介会社に払う手数料などが重い負担となることがあります。資金繰りに影響しかねないとき、そのダメージを減らすため、長期の計画とすることが有効です。
相続税
相続税は、故人の財産を受け継ぐとき発生する税金です。事業承継においては、オーナー社長が死亡し、その株式や事業用資産を親族が引き継ぐケースが、相続税のかかる典型的な場面です。
相続税の計算方法
相続税の計算方法は、まず亡くなった方(被相続人)の遺産の総額を把握し、そこから基礎控除額を差し引いた後の額に対して、法定の税率を適用して算出します。少しでも安く抑えるための節税として、生前贈与や遺言書の活用、非課税枠を最大限利用するといった対策があります。
次の速算表によって計算することができます。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | - |
1,000万円超から3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
3,000万円超から5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
5,000万円超から1億円以下 | 30% | 700万円 |
1億円超から2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
2億円超から3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
3億円超から6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
また、相続税には基礎控除があり、「3000万円+600万円×法定相続人の数」以下の資産しかないならば、課税はされません。ただし、相続時精算課税を選択した場合には、贈与財産については相続税の計算において戻し入れが必要となるため、漏れがないように注意が必要です。
事業承継税制
事業承継税制は、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。
後継者である受贈者や相続人が、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を相続等により取得した場合において、その非上場株式等に係る相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予することが可能です。
贈与税
贈与税は、生前に財産を譲り受けた場合に課される税金です。事業承継においては、会社を引き継ぐ後継者の側に、贈与税が課されます。
贈与税の計算方法
贈与税の計算式は、次の通りです。
- 贈与税 = (課税価格 - 基礎控除110万円) × 贈与税率 - 控除額
贈与税については、一般税率と、直系尊属から子や孫への贈与に適用される特例税率の2つがあります。一般税率は下記の通りであり、兄弟間の贈与、夫婦間の贈与、親から子への贈与(子が未成年者の場合)などに使用します。
【一般税率】
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | なし |
200万円超え、300万円以下 | 15% | 10万円 |
300万円超え、400万円以下 | 20% | 25万円 |
400万円超え、600万円以下 | 30% | 65万円 |
600万円超え、1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
1,000万円超え、1,500万円以下 | 45% | 170万円 |
1,500万円超え、3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
3,000万円超え | 55% | 400万円 |
祖父から孫への贈与、父から子への贈与などには下記の特例税率を使用します。
【18歳以上の者が直系尊属から贈与を受けた場合】
※ 「18歳」とあるのは、令和4年3月31日以前の贈与については「20歳」
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | なし |
200万円超え、400万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円超え、600万円以下 | 20% | 30万円 |
600万円超え、1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,000万円超え、1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
1,500万円超え、3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
3,000万円超え、4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超え | 55% | 640万円 |
贈与税の非課税枠や低税率を利用することで税負担を軽減できる可能性があります。特に、既に後継者の決まっている親族内承継の場合には、受贈者1名につき年110万円までの非課税枠があるので、毎年少しずつ贈与する暦年贈与を活用すべきです。事業を相続のタイミングまで現経営者が保有し続けるのではなく、元気なうちに後継者に少しずつ譲っておくことで、かかる税金は相続税ではなく贈与税となり、節税につながります。
注意点として、贈与税の非課税枠を利用するには条件を満たす必要があり、その適用を誤ると、税務署に否認されて高額の税金が課されるリスクがあります。
事業承継税制
前述した事業承継税制は、相続税だけでなく、贈与税の面でも一定の要件のもと、その納税を猶予することが可能です。
法人税の影響を理解する
法人税は、わかりやすくいうと会社の利益に対して課される税金です。通常は事業承継で法人税がかかることはありませんが、事業譲渡などにおいて法人の経営権をその評価額よりも低い価値での引き継ぐ場合などには、法人税に影響がある可能性を考慮しておかなければなりません。
承継時には、株式や資産の評価額によって税額が変動するため、事前の評価額算定や税務計画が重要です。この際に、誤った対策を行ってしまうと、相続税や贈与税が安くなっても、かえって会社に利益が出て、法人税が発生してしまう危険があります。承継後も継続する事業のための税務戦略を立てれば、長期的な財務の健全性を維持することにつながります。
消費税の扱い
事業承継において事業譲渡を選択した場合、事業譲渡は課税取引として取り扱われますが、消費税の対象となるかどうかは、譲渡される事業資産ごとの内容によって異なります。
事業承継時の登録免許税・不動産取得税
事業承継における不動産の移転や会社の株式の変動は、登録免許税の対象となる可能性も考えて置かなければなりません。登録免許税は、不動産の登記変更や会社の登記に必要な手数料の一種であり、その計算基準は不動産の評価額や登記内容によって異なります。
土地や建物の登録免許税は、次のように計算します。
- 登録免許税 = 固定資産税評価額 ×2%
また、不動産取得税は、不動産を取得した際に課される地方税で、取得価格や物件の所在地に応じた税率が適用されます。引き継ぐ会社がオフィスビルやテナントビル、投資用物件などの不動産を保有していた場合には、不動産にかかる税金が相当高額になる可能性もあり、計画に入れておかなければなりません。
不動産取得税は、相続の場合には発生しませんが、贈与によって事業承継するときにかかります。計算方法は次の通りです。
- 不動産取得税 = 不動産の価格(課税標準額) × 税率
税率は、土地・住宅は3%、非住宅は2%(2021年3月31日までの特例)
節税のためには、事業承継を計画する段階で、株式や不動産といった資産の評価額を適正に算出することが重要です。また、贈与や相続などの場合は、特例措置を利用して税負担を減らすことが可能です。例えば、事業用不動産の相続には特別な減税措置が設けられており、条件を満たせば税額が軽減されることがあります。
事業承継をスムーズかつコスト効率よく進めるためには、これらの税金に関する専門家のアドバイスを早めに求めることをお勧めします。
M&Aによる事業承継の費用
M&A、つまり企業の合併や買収を利用した事業承継は、新たな市場への進出や事業の拡大、技術の獲得といった多くのメリットを提供します。事業承継が、ただ高齢になった経営者から息子に引き継ぐといったイメージしかない場合、そのような考えは改める必要があり、M&Aも検討対象の1つとして加えておくべきです。
しかし、事業売却の手続きは、全く会社に関係ない第三者が登場するのが通常であり、やりとりは複雑化し、親族内承継よりも費用がかかることが多いです。
M&Aにかかる費用には、次のものがあります。
- M&Aアドバイザリー費用
- 法律顧問費用
- ファイナンシャル・アドバイザー費用
- デューデリジェンス(DD)に要する専門家の費用
- 株式評価にかかる費用
- 買い手を探すためのFAの仲介手数料
M&Aの費用を抑える一つの方法は、必要かつ十分な範囲でデューデリジェンスを実施し、隠れたリスクを顕在化させておくことです。また、M&Aの専門家にアドバイスを求める際にも、費用対効果の高いサービスを提供する者を選ぶことも大切です。
さらに、交渉プロセスを効率化し、不必要な遅延を避けることで、弁護士や会計士、税理士の費用を節約することができます。
M&Aによる事業承継の費用は、その複雑さゆえに高額になる可能性がありますが、適切な計画と専門家のアドバイスにより、これらの費用を管理し、最適な結果を得ることができます。
費用計画をできるだけ早く立てるのが大切
最後に、事業承継を円滑に進めるには、開始前にしっかりと検討し、計画を立てることが大切です。検討しておくべき費用計画と、その際の専門家にかかる費用についても必要な投資だと考えるべきです。
事業承継のための費用計画
事業承継は単に経営を移転するというだけでなく、財務上の準備と計画が必要な戦略的プロセスだとお考えください。
まず、全体の費用計画を立てるときは、事業承継に関連するすべての費用を、綿密に見積もる必要があります。直接的にかかる税金など明らかな費用だけでなく、予想外のリスクも折り込み、緊急の出費などのかかる可能性のあるコストを全て検討しなければなりません。影響する範囲を正しく見極めるのが、成功の秘訣です。
計画は事前にしっかり立て、しかしながら、現実的にはプロセスの進む過程での柔軟性も必要です。市場環境は常に変化し、承継する事業といえど、ビジネスのニーズをとらえて変化させながら引き継ぐことが大切だからです。
事業承継の流れを通じて、長期的な戦略となるため、全体像を把握しておいてください。
事業承継の基本について
専門家への相談費用
事業承継計画には多くの場合、税理士、弁護士、会計士、ファイナンシャル・アドバイザーなどの専門家の知見が不可欠です。
これらの専門家に対する費用を節約しすぎると、リスクが拡大し、かえって損してしまう結論ともなります。事業承継をうまく進めるための投資だと割り切って、落とし穴をつぶしながら進まねばなりません。専門家選びでは、その経験や専門知識、過去の成功事例を聞き、それとかかる費用との比較をし、合理的なサービスを選ぶ必要があります。
事業承継の専門家について
まとめ
事業承継にかかる費用は多岐にわたりますが、適切な計画と専門家のサポートにより、コストを最適化し、スムーズな承継を実現することが可能です。
できるだけ費用をかけず、その上でリスクを少なくするには、必要かつ合理的な費用を正しく理解しなければなりません。