財産を「贈与」によって移転をするときには贈与税、「相続」によって移転をするときには相続税がかかります。贈与税、相続税にはそれぞれ非課税となる枠が定められていますが、この調整を行うのが、今回解説する「相続時精算課税」の制度です。
本来、贈与税は、贈与を受ける人1人あたり年間110万円までは非課税とされていますが、相続時精算課税を利用することによって、この非課税の枠を2500万円まで増やすことができます。
しかし一方で、相続時精算課税制度を利用したときは、贈与した財産が、のちの相続の際に、相続財産(遺産)に加算されることから、相続税が多くかかってしまう可能性があり、将来も見据えた税金計算が必須となります。
そこで今回は、相続税に詳しい税理士が、相続時精算課税制度を利用するときの注意点や、贈与税・相続税の合計が少しでも安くなる節税のポイントなどについて解説します。
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相続時精算課税とは?
相続時精算課税とは、お亡くなりになるご家族(被相続人)が、贈与を行うときの贈与税の非課税枠を2500万円まで拡大する代わりに、その方がお亡くなりになって相続が開始したときに発生する相続税を計算の際に、あわせて精算する制度のことをいいます。
相続時精算課税制度を利用するためには、次の2つの条件を満たす必要があります。
ポイント
贈与する人(贈与者)が、贈与した年の1月1日時点で満60歳以上の祖父母、もしくは、父母であること
贈与を受ける人(受贈者)が、贈与された年の1月1日時点で満20歳以上の子、もしくは、孫であること
つまり、贈与であればどのようなものでもよいのではなく、親子間や祖父母・孫間という一定の続柄に限定して、相続時精算課税制度を利用することができるのです。
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祖父母が、複数いる孫全員に財産の贈与を行う場合など、贈与する対象者が複数いる場合には、その贈与の対象者ごとに、暦年課税の方法によるか、相続時精算課税制度を利用するかを選択することができます。
相続時精算課税を利用する方法は?
相続時精算課税制度を利用するための具体的な手続きは、「相続時精算課税選択届出書」を、所轄の税務署に提出することによって行います。
この届出書は、贈与を行った翌年の2月1日から3月15日までの間に出さなければなりません。この期限に遅れたり、届出書を提出しなかった場合には、相続時精算課税はできません。
相続時精算課税選択届出書と同時に提出しなければならない必要書類は、次のとおりです。この際に、納付する贈与税額がゼロであったとしても、贈与税申告が必要であることに注意が必要です。
必要書類
- 相続時精算課税選択届出書
- 贈与税の申告書
- 受贈者の戸籍謄本及び戸籍の附票
- 贈与者の住民票の写し
注意ポイント
相続時精算課税制度を利用しない通常の贈与税の課税方式を「暦年課税」といいます。つまり、毎年の贈与に対して、毎年税金を納付しなければならないという方法のことです。
ひとたび、相続時精算課税制度の届出書を提出した場合には、その後、暦年課税の方式に戻すことはできません。制度利用前に、十分に税額計算を行って、将来の計画と照らし合わせて吟味する必要があります。
この場合には、暦年課税であれば利用できる年間110万円の非課税枠も、二度と利用することはできません。
相続時精算課税の非課税は「2500万円」まで
相続時精算課税制度を利用したとき、贈与した財産に対してかかる贈与税が非課税となる贈与財産額の限度は、2500万円までです。これを「特別控除額」といいます。
つまり、2500万円までの贈与であれば、贈与税を納税する必要はありません。
この贈与財産額の算出の際には、贈与される財産の評価は、「贈与」時点の評価額で行います。
特に、不動産(土地・建物)や非上場株式など、価格変動の激しい財産を贈与するときには、「いつの時点で、いくらで評価されるのか」を誤ると、非課税となる特別控除額を意図せず超えてしまうおそれがあるため、注意が必要です。
贈与財産額(最大2500万円)の算出の際には、贈与される財産の種類(現金か、預貯金か、不動産かなど)は関係なく、贈与の回数も関係ありません。単純に、合計額が2500万円までの贈与に対して、贈与税が非課税となります。
そして、この2500万円までの特別控除額を超える贈与に対しては、贈与税がかかることとなります。この際の贈与税率は、一律20%の税率となります。
したがって、贈与財産額が2500万円を超えた場合であっても、贈与税だけを見れば、税額が安くなる節税効果があることとなります(ただし、実際には、将来かかる相続税とも合計してどちらが得かを判断しなければなりません)。
相続時精算課税で贈与税が節税できた例
たとえば・・・
相続時精算課税を利用する要件を満たした親から子に対して贈与する財産が、合計3000万円であったケースで考えてみましょう。
この場合に、暦年課税の方法(毎年の贈与に対して毎年贈与税を支払う原則的な課税方法)で計算したときには、贈与税率は45%となり、1年で1回だけ贈与をしたとすると、支払う贈与税は1035.5万円((3000万円-110万円)×45%-265万円)です。
贈与税の課税を避けるために、贈与税の非課税枠110万円までずつ毎年贈与したとしても、3000万円贈与しようとすると20年以上かかります。
相続時精算課税の方法であれば、2500万円までは贈与税が非課税であり、残額500万円に対して20%の贈与税がかかることから、支払う贈与税の金額は、100万円(500万円×20%)であり、暦年贈与の方法よりも贈与税が935.5万円節税できます。
相続時精算課税制度を選択して課税された贈与税は、贈与者が亡くなったときの相続税の計算上、相続税額から控除することができます。
この場合に相続税額よりも相続時精算課税を選択して納めた贈与税額の方が大きい場合には、その過大だった贈与税額が還付されるのも相続時精算課税制度の特徴です。
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相続時精算課税のときにかかる相続税に注意!
相続時精算課税では、贈与税の非課税枠が広がる一方で、贈与財産の金額を、相続時に、相続財産の金額に加算して相続税を計算することとされています。
そのため、相続税がかかってしまう場合には、暦年課税の方法で贈与していた場合に比べて相続税が高くなり、結果的に、贈与税と相続税を合計すると全く節税になっていなかった、というケースもあります。
この場合には、相続時精算課税は、「節税効果」ではなく、単なる「課税の繰り延べ」に過ぎないこととなってしまいます。
注意ポイント
相続時精算課税制度を利用した贈与財産には、相続時に、相続税を安くすることができる「小規模宅地の特例」という制度を併用することができません。
つまり、小規模宅地の特例によって相続税を低くすることのできる土地を所有している人は、その土地を相続時精算課税制度を利用して贈与してしまうと相続時に小規模宅地の減額が適用できず、逆に相続税が高くなってしまい、節税どころか、支払う税額の合計が高くなってしまう危険があります。
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相続時精算課税がおすすめのケースとは?
相続時精算課税で、贈与税が節税できても、相続税が多くかかってしまう結果、「節税効果」が期待できず、単に「課税の繰り延べ」に過ぎない状態となってしまうおそれがあることを解説しました。
では、何のために相続時精算課税を利用するのでしょうか。相続時精算課税の目的は、どのようなものでしょうか。
最後に、相続時精算課税を利用した方がお得となるケース、相続時精算課税制度の利用がおすすめのケースについて、税理士が解説します。
贈与財産を加算しても、相続財産が基礎控除額を超えない場合
相続時精算課税制度を利用すると、相続税が高くなる、と解説しましたが、相続税には基礎控除額が設定されており、相続財産(遺産)が基礎控除額を超えなければ、相続税はかかりません。
基礎控除の金額は「3000万円+600万円×法定相続人の人数」という計算式で計算されていますが、贈与財産を加算したとしても、相続財産の合計額がこの基礎控除額を超えなければ、結局相続税はかかりません。
したがって、贈与財産以外の相続財産(遺産)が少なく、一方で法定相続人が多数いるなど、相続税がかからない可能性が高い場合には、相続時精算課税制度の利用がおすすめです。
贈与財産が値上がりする可能性が高い場合
次に、相続時精算課税制度を利用するときには、贈与した財産の評価は「贈与時」を基準として評価します。
そのため、贈与時から、贈与者がお亡くなりになって相続が開始する時点までの間に、贈与した財産が値上がりする可能性がある場合には、相続時精算課税のほうが、合計の税額が安くなる可能性があります。
財産価値が、短期間の間に上昇する可能性がある財産としては、次のような財産があげられます。
ポイント
- 利便性の高い場所にある、利用価値の高い不動産(土地・建物)
- 経営が非常にうまくいっている会社の株式
- 年代が古くなればなるほど価値があがる貴金属、骨とう品、美術品
収益不動産を贈与する場合
親が収益不動産を所有している場合には、毎月の家賃収入が親に入ってくるため、親の相続財産(現預金)が増えていき、将来の相続税の増額につながります。
そこで収益不動産を相続時精算課税制度で子に贈与するとそれ以後の家賃収入は子が受け取ることができるため、親の相続財産の肥大化を防止し、子が受け取る家賃収入は、相続税の納税資金として活用することができ、節税と納税資金の両方の対策を行うことができます。
注意ポイント
このスキームを行う上で注意する点としては、収益不動産のテナントからの預かり敷金も一緒に贈与をしないと負担付贈与に該当して贈与時の評価額が相続税評価額ではなく、通常の取引価額いわゆる時価で評価されてしまうことです。
これは、収益不動産だけ贈与して預かり敷金を贈与しないと受贈者は預かり敷金を受贈者が自己負担する代わりに収益不動産の贈与を受けるという条件付きの贈与になってしまうためです。収益不動産を贈与する際には、負担付贈与にならないように注意が必要です。
円滑に財産移転を行いたい場合
相続時に、多額の相続財産(遺産)があると、相続人間の争いの火種となり「争続」となってしまうことがあります。
節税対策の問題とは異なる観点ですが、仮に節税にならないとしても、財産を円滑に移転し、遺産分割協議などの際にもめごとを回避する目的でも、相続時精算課税制度を利用するメリットがあります。
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いかがでしたでしょうか?
今回は、相続税の節税対策の際によく聞く「相続時精算課税」という制度について、その基本的な知識と、利用の際の注意点を、相続税に強い税理士が解説しました。
相続時精算課税制度は、良いタイミングで正しく利用すれば、贈与税・相続税を合計した支払納税額を低くおさえる節税効果が期待できますが、税金が安くなるかどうかは、ご家庭の状況、財産の状況によって変わります。将来のタックスプランニングをしっかり練らなければ、逆に納税額が増額してしまうこともあります。
相続税対策が心配な方や、相続時精算課税制度のご利用をお考えの方は、ぜひ事前に、相続税対策に詳しい税理士のアドバイスをお求め頂くことをお勧めします。