事業承継における重要なポイントの一つが、経営者が保有する自社株式を、後継者にスムーズに移せるかどうか、という点です。
会社の重要な方向性をきめるのは株主であるため、本当の意味で会社を後継者にゆだねるためには、後継者が株式をもっている必要があるからです。
今回は、経営者が後継者に自社株式を引き継がせるとき、「どの程度の自社株式を後継者にわたすか」、「どのような方法で自社株式をわたすか」、「いつ自社株式をわたすか」という点について、相続と事業承継に強い弁護士が解説します。
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「どの程度」の自社株式を後継者に渡す?
会社経営において、その会社の株式を誰にどれくらいわたすのかは、とても重要なことです。これは、会社の「株式」が、会社の支配権をあらわす非常に重要なものだからです。
相続・事業承継のとき、「どの程度」の自社株式を後継者にわたしたらよいかを理解していただくために、まずは、株式の割合が、会社経営にどのような影響を及ぼすかについて、弁護士が解説します。
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会社の支配に影響する
株式会社では、株主がもつ株式の割合(議決権の割合)によって、会社の支配の程度、つまり、会社の意思決定に関与することのできる程度が変わります。
会社の中には「種類株式」といって、複数の種類の株式を発行している会社もありますが、ここでは単純化するため、1種類の株式しか発行していない会社を例として解説します。
株式の過半数をもっていれば、株主総会において、会社の業務についての重要な意思決定をおこなったり、取締役を選任・解任したりできます。また、株主に配当するかどうかも決定できます。
株式の3分の2以上をもっていれば、会社運営の基本的なルールとなる「定款」を変更したり、合併などのM&Aに関する決定を行うこともできます。さらに、会社を解散するかどうかの決定も、株式の3分の2以上の賛成によっておこないます。
反対に、株式の過半数をもっていない場合でも、3分の1超(33.4%超)をもっていれば、定款の変更や、合併などといった会社の重要な意思決定には、反対することができます。
株式の保有割合と、それによって何ができるかをまとめると、以下の表のようになります。
株式の保有割合 | 何ができるか? |
---|---|
全株式の3分の2以上 | 定款変更・合併・解散など |
全株式の過半数 | 取締役の選任・解任、配当など |
全株式の3分の1を超える | 重要事項への反対(拒否権) |
以上のとおり、株式の保有割合によって、会社の支配の程度が異なるため、後継者に会社の株式をどの程度わたすのかは、とても重要な問題です。
オーナー経営者が、引退後にどの程度会社の経営に関与したいかによって、後継者にゆずる株式の割合を考えていくことになります。
通常の株式とは異なる内容の「種類株式」を発行することで、後継者に株式の大半をもたせつつも、現在の経営者(オーナー)が経営上の意思決定を継続することも可能です。
配当のもらい方に影響する
また、株式をだれにどの程度あたえるかは、配当のもらい方にも影響します。配当は、基本的に、1株あたり〇〇円という形で決められるため、配当でもらえる金額は、株主が保有する株式の数に比例することになります。
経営に関与しない家族であっても、その後の生活も考えて株式を与えておき、配当をもらえるようにしておくことも考えられます。
ただ、株主数を増やすと、その後に株主がお亡くなりになった場合に、相続によってさらに株主の数がふえる可能性があります。株主を管理する手間がふえてしまい、将来のトラブルの原因にもなりかねません。
会社を後継者に譲る場合には、長い目で見た、会社経営のしやすさにも注意してください。
なお、配当に関しても、株式の数に比例しない形で、特定の株主に優先的に配当を与えたいときは、普通の株式のほかに、「優先株式」という別の種類の株式を発行することによって、それを実現する方法もあります。
「どのような方法」で自社株式を後継者に渡す?
株式をわたす方法としては、相続(遺言)による方法のほか、贈与や譲渡といった方法もあります。
相続によって渡した方がよいのか、それとも、生前にあらかじめ贈与しておいたほうがよいのかは、譲渡する自社株式の価値が上がっているのか、下がっているのかや、税金(相続税・贈与税)が関係する難しい問題です。
相続・遺言で自社株式を渡す方法
株式は、相続(遺言)によってわたすことができます。遺言書の中で、特定の相続人や第三者を指定して、株式をわたすという方法です。
相続(遺言)によってわたすとき、株式が後継者のものになるのは、現在のオーナー(株主)がお亡くなりになった時点です。
もし、生前から株式を後継者にゆずって、完全に経営をまかせたいということであれば、相続(遺言)によって株式をわたす方法ではなく、贈与や譲渡によって株式を引き継がせる必要があります。
もっとくわしく!
相続(遺言)によって自社株式を譲り渡すとき、遺留分(いりゅうぶん)にも注意が必要です。遺留分とは、法定相続人にみとめられた、遺産の最低限の取り分のことです。
自社株式を相続させるときに、自社株式の価値が大きいと、オーナー(経営者)の遺産にしめる自社株式の割合が高くなります。
相続人が2人の子どもで、そのうちの1人に自社株式を与えようとすると、もう1人の子どもの取り分が少なくなってしまい、「遺留分侵害」があるとして、オーナーがお亡くなりになった後に、相続人どうしで争いになるおそれがあります。
後継者が、他の相続人に、自社株式の一部を引き渡さなければならなくなるおそれもあります。そうすると、後継者以外の株主が参加して、会社経営が安定しなくなります。
後継者以外の相続人も十分な財産をのこしておく、生前に遺産の分け方について十分に話し合っておくなど、対策しておくべきです。
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贈与により自社株式を渡す方法
贈与は、主として、親族に対して株式をわたす場合に用いられる方法です。
経営者(オーナー)が後継者に対して無償で自社株式を渡すと、それをもらった後継者には贈与税がかかります。贈与税を支払う義務は、株式をもらった「後継者」の側にあります。
贈与をするときには、暦年課税贈与と、相続時精算課税贈与という、2つの方法があります。
暦年課税贈与とは、毎年1月1日から12月31日までの間に贈与された財産に対して課税する贈与です。贈与税の計算は、その年の1月1日から12月31日までの1年間に、贈与によってうけとった財産を合計し、基礎控除額である110万円を引いた金額に税率をかけます。
相続時精算課税制度とは、暦年課税のように毎年贈与税の額を計算するのではなく、贈与をした方がお亡くなりになり、相続となった時点で、贈与の額もまとめて計算した税金を納めるというものです。
相続時精算課税制度を利用できるのは、基本的に、60歳以上の父母や祖父母から、20歳以上の子や孫に対して、財産を贈与した場合です。
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譲渡により自社株式を渡す方法
譲渡は、経営者(オーナー)が後継者に対して会社株式を売却する方法です。譲渡は、以下のような場合に用いられます。
ポイント
オーナーが将来の相続税の納税資金を確保したい場合
オーナーがそれまでの利潤を獲得する場合
社外の後継者に会社をゆずる場合
後継者が譲渡によって株式を承継する場合には、株式を取得するためのまとまったお金が必要となることが多いため、後継者において、金融機関からの借り入れが必要となる場合もあります。
より大きな会社の承継で、多額の資金が必要となる場合には、ファンドを使った資金調達など、特別な方法を検討する必要があることもあります。
なお、後継者に株式を引き継がせる目的で、少数株主(保有割合の少ない株主)から株式を集めてまとめたいときも、株式を買い取ることになるのが通常です。
「いつ」自社株式を後継者に渡す?
株式をわたすタイミングとしては、会社の株式の価値(評価額)が低い時にわたすと、納税に必要なお金や、株式を買い取る資金が少なくなります。
もし、株価が大きく上がることが見こまれるときは、早めに対応を考える必要があります。
反対に、株価が下がることが見込まれるのであれば、株式が下がってから株式をわたすのは、有効な方法です。たとえば、以下のような場合には、株式の評価額が下がる可能性があります。
ポイント
含み損のある不動産などを売却して損失が出る
多額の設備投資をおこなう
オーナー経営者が退任にともなって、会社から退職慰労金を受け取る
他方で、外部の第三者に株式を売却するM&Aによって経営を引き継がせる場合には、オーナーとしては、ご自身の手元にできるだけ多くのお金がのこるように、高い価格で売却すべきということになります。
相続・事業譲渡で、自社株式を後継者に引き継ごうとするときには、その自社株式を引き継ぐタイミング、時期も重要であることがご理解いただけたでしょうか。
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事業承継は、「相続財産を守る会」におまかせ下さい!
今回は、事業承継で最も重要な、自社株式の後継者への承継について、解説しました。
会社を後継者に「真の意味で」委ねるには、株式をもたせて、会社経営についての意思決定権を与える必要があります。
他方で、会社の株式は、財産価値が大きくなりがちなので、株式を取得するのに必要な資金の手当てや、納税負担について、十分に考えておく必要があります。また、相続の場面では、特定の後継者に株式を与えると、ほかの相続人が不満に思うこともあります。
事業承継では、だれに後継者をまかせるかも重要ですが、決まった後継者に、どのように自社株式を引き継がせるかも、とても重要な問題です。
「相続財産を守る会」では、相続や事業承継に強い弁護士・税理士などの専門家が、後継者にいつ、どのように株式を引き継がせるべきかや、相続時に争いにならないようにするためのポイントなどを、専門家どうしで協力しながら、アドバイスいたします。