★ 相続の専門家の正しい選び方!

「名字が途絶えてしまう」という理由で氏を変更できる?

今回の相談は、「名字が途絶えてしまう」という理由で、氏の変更をすることができるのか、という問題について、改名改姓に詳しい司法書士がQ&A形式で回答します。

日本は「家社会」と言われるように、家を守ることが重要とされます。長男が代々その家を守り、その家の名字(姓)を継ぐのが長年常識とされてきました。現代ではその文化は薄れていますが、「名字が途絶えてしまう」ことを危惧する家庭は、未だ少なくありません。

目次(クリックで移動)

【相談】名字が途絶えないよう姓を変更できるか

今回の相談ケースは、次の通りです。

私は現在19歳で、東京の大学に通っています。しかし、実家の両親が離婚の危機で、私の親権をどちらが取るかについて揉めています。私は母方に付いていきたいですが……。

父が親権をとりたいのは、私が「長男」だからです。「この家を継ぎ、墓を守っていくのはお前だ」と昔から何度も諭されていました。そして、父は、万が一母が親権を得る場合でも「名字が途絶えてしまうから、氏は変更しないように」との主張をしています。

私としては、母についていきたいのですが、母は、名字を変えて結婚前の旧氏に戻したいと言っています。私も、母と一緒に旧姓に戻す予定です。

この場合、父親のいうように「名字が途絶えてしまう」という理由で、一度旧姓に戻した氏を、再度、父方の氏に変更できるのでしょうか。

今はいいのですが、父は、自分が死んだときの相続で、自分と同じ氏の人にしか相続財産を与えないと言い張っています。もし母も私も、母の実家の氏に変更してその後は氏を戻さないときには、父は自分の兄弟(私の叔父)に全財産を譲る遺言を書いてしまう可能性があります。

【回答】やむを得ない理由があれば氏の変更が可能

人の氏(名字)は、生涯不変のものではなく、ライフイベントにあわせて変更することができます。結婚、離婚、養子縁組や離縁を理由とした氏(名字)の変更がその例です。そして、そのようなライフイベントのタイミングでなくても、家庭裁判所の許可を得ることで、氏(名字)を変更することができます。

このような制度を「氏の変更許可」と呼びます。

しかし、家庭裁判所における氏の変更は、どんな理由でもできるわけではなく、やむを得ない事由がある場合にしか認められません(戸籍法107条第1項)。やむを得ない事由の例には、次のものが挙げられます。

  • 婚姻前の氏に戻したい。
  • 婚姻中の氏に戻したい。
  • 通称として永年使用していた。
  • 通称として長年名乗っていた。
  • 外国人配偶者の氏に統一したい。
  • 外国人の父や母の氏に統一したい。
  • 外国人配偶者の通称と同じにしたい。
  • 奇妙な氏である。
  • 氏が難読である。

今回の相談ケースのように「父方の名字が途絶えてしまう」という理由では、基本的には変更は認められません。ただし、母方の戸籍に入った後、本人の21歳の誕生日(2022年4月以降に成人する方は19歳の誕生日)の前日までなら、家庭裁判所の許可を得ずに父方の名字に戻すことができます(民法791条第4項)。

Q. では、離婚によって母親の氏を名乗り、遺産を得るために父親の氏に変更後、更に母親の氏に戻せるでしょうか。家庭裁判所の許可を得られるでしょうか?

家庭裁判所で、氏の変更の許可を得るハードルはかなり高いと考えた方がよいでしょう。何度も氏(名字)の変更を申し立てると、どうしても裁判所の心証が悪く、繰り返し申立することが権利の濫用に該当すると判断した裁判例もあります。

その結果、氏の変更について、仮に「離婚によって母親の氏を名乗った後、遺産を得るために父の氏に変更」まではできても、その後に「更に母親の氏に戻す」のは認められず、父方の氏のままとなってしまう危険があります。特に、その時点で母が亡くなっていた場合、母方の氏を名乗る理由がなくなり、家庭裁判所の許可を得ることはできないでしょう。

もし、相談者の希望を叶えるなら、父方の親族(例えば父方の祖父母や叔父など)と養子縁組して父方の氏を名乗る手があります。養子縁組であれば、父の死後に、家庭裁判所の許可を得ずとも、離縁によって母方の氏に戻すことができます。

Q. 父の意向にしたがわずに、父方の氏を生涯名乗らないと決めたときに、「全ての遺産は自分と同じ氏の兄弟に与える」旨の遺言は有効でしょうか。私は父の名字を名乗らない限り、相続財産を得られないのでしょうか。

今回の相談ケースでは、感情的になった父が、相談者にとって不利な遺言を残す可能性があることは覚悟せねばなりません。しかし、父母が離婚しても、あなたが父の子に当たることは変わりありません。そのため、子として、第一順位の法定相続人となります。

遺言によって指定された「兄弟姉妹に全財産を相続させる」という指定相続分のほうが、法定相続分に優先するものの、子は法定相続分の2分の1の遺留分を保証されています。したがって、このような遺言書が残されたとしても、全ての遺産を失うことはなく、遺留分侵害額請求をすることで、遺留分相当額の遺産を取り戻すことができます。

目次(クリックで移動)