事業承継において、重要なポイントが、経営権の引き継ぎです。経営権は、株式を保有する株主に与えられた権利。つまり、経営権をスムーズに引き継ぐには、後継者へ確実に株式を承継する必要があり、このとき活用すべきは「黄金株」です。
黄金株は、種類株式の一種で、拒否権を有する株式のことです。株式が、故人の遺産の大部分を占めるとき、後継者に選ばれなかった相続人が十分な財産を得られないと、不満を抱き、争続につながります。いわば「株式の取り合い」が、事業承継に深刻な影響をもたらします。他の相続人にも株を分けざるを得ないにしても拒否権を確保しておける黄金株は、経営への口出しを抑止し、相続紛争の解決の助けとなります。
今回は、黄金株と呼ばれる種類株式が、事業承継において果たす役割と、有効に活用する方法を解説します。
黄金株とは
黄金株とは、通常の株式と比較して、拒否権を有する種類株式の一種です。
黄金株の主たる目的は、出資を受けて株式を渡す際に、経営権を渡さないことです。通常の株式に比べて強い経営権を有し、1株でも持てば決議を拒否できるため、重要な意思決定を基本的に自身で決められます。普通株式を有する株主も、それだけで株主総会などの重要な意思決定に関われますが、黄金株を有する株主の意向には逆らえません。
黄金株を発行する目的は、
- 戦略的なパートナーシップの強化
- 安定した経営の基盤作り
- 経営権を保護しながら投資家から必要な出資を受ける
といった点にありますが、事業承継においても経営権を保護する重要な役割を担います。なお、黄金株の多くは、その性質上、あわせて譲渡制限を付与されているケースが多いです。
種類株式は、通常の株式とは異なる内容を定めるもので、黄金株以外にも次の例があります。また、複数種類を発行することもできます。
- 剰余金配当にかかる株式
有利、不利な条件で配当を受ける権利がある株式 - 議決権制限株式
株主総会において、全部または一部の議案につき議決権を行使することができない株式 - 取得条項付株式
一定の事由を条件として、発行会社がその株式を取得することができる株式
事業承継における黄金株の重要性
事業承継のプロセスにおいては、黄金株は非常に重要な役割を担い、スムーズな経営権の移行のために活用することができます。
黄金株を活用すべき理由
オーナー企業の一族や、家族経営の小規模な事業者にとっては、事業承継の課題は、相続と重複します。このとき、相続人間で対立が深まり、争続になってしまうと、事業承継に支障が生じます。株式は、業績が良い会社ほどその価値が高く、遺産の大きな割合を占めます。後継者が既に決まっていたとしても、それ以外の人も、株式の財産的な価値に目をつけ、もらえる財産が少ないと不満を抱き、株式の奪い合いが発生します。
一方で、後継者のリーダーシップを維持し、経営権を確保するには、株式の持分割合が重要です。議決権のうち過半数を渡せば、役員の選解任をはじめ重要な事項を決めることができるため、経営の意思決定をスムーズに行うことができなくなってしまいます。相続人間で争いがあるとき、これでは会社経営は成り立ちません。
このジレンマを解決し、一定の財産を渡しながら、後継者の経営権は保護するのが黄金株を活用すべき理由です。
黄金株の活用方法
事業承継の計画段階において、黄金株の活用を考えるときは、それも含めた事業承継のプランニングを練る必要があります。このプロセスのなかでは、株式の持分割合を調査し、経営権を保護するのに必要な程度(ひとまずは株式数の過半数)の議決権を保有できるよう計画してください。このときあわせて、黄金株を発行すべきか、承継者は誰にするかを決めます。
株式の承継の計画では、特に非上場企業では、株式の評価が争いになることも見据えて、適正な評価額を算定しておく必要があります。
承継計画を策定したら、次に、事業承継の戦略に応じて、黄金株を発行します。黄金株の活用は、事業承継プロセスを戦略的に導くための強力なツールとなりますが、計画の初期段階からの導入でなければ最大限に活用することができません。将来の承継の全体を見据えて、黄金株を戦略的に組み込むことが、経営を新たな時代へとスムーズに移行する助けとなります。
事業承継の基本について
黄金株の発行方法
次に、黄金株の発行方法についてステップで解説します。発行の手続きは煩雑で時間がかかるため、事業承継で活用するときは、前章の通り、できるだけ早い段階で株式発行の手続きを進めておくに越したことはありません。
黄金株の発行には、発行済株式の一部を黄金株に変更する方法と、新規に黄金株を発行する方法の2つがあります。
【発行済株式の一部を黄金株に変更する方法】
- 定款変更に関する株主総会の特殊決議
(総株主の半数以上かつ総株主の議決権の4分の3以上) - 株式の内容が変更になる株主との合意
- 黄金株に関する変更登記(黄金株に関する発行可能株式総数、発行済株式総数、内容等)
【新規に黄金株を発行する方法】
- 定款変更に関する株主総会の特殊決議及び募集要項の決議
- 黄金株に関する募集要項の通知と引受けに関する申込
- 申込者へ割当通知及び出資の払込
- 黄金株に関する変更登記(資本金の額、黄金株に関する発行可能株式総数、発行済株式総数、内容等)
黄金株を用いた事業承継のリスクと対策
黄金株は事業承継をスムーズに進めるための有効な手段ですが、適切に管理されない場合、リスクもあります。これらのリスクをあらかじめ知り、対策を講じることが事業承継の成功にとって不可欠です。
権力が過度に集中するおそれがある
黄金株は、議決権が普通株式に比べて強いもので、企業経営の最終的なキャスティングボードとなります。そのため、後継者選びに失敗すると、権力が過度に集中した結果、かえって企業経営が危機に陥るおそれがあります。黄金株を活用するケースほど、後継者選びは慎重になる必要があります。
一部のオーナー一族が会社を牛耳り私物化していると見られると、従業員や取引先の信頼を損なってしまうので、事業承継を安定させたいとしても、権力のバランスは適正に保ち、透明性を確保する必要があります。
流動性が低下する
事業承継は、安定して株式を後継者に引き継ぐことが重要ですが、そのために黄金株を発行すると、今度は逆に、株式の流動性が下がるのは当然のことです。これによって、経営を止めたいときの事業売却(M&A)や新たな出資などの際に、黄金株があることが支障となり、法的な整理を要する可能性があります。
意思決定が遅延する
黄金株がある場合、会社の重要な決定について、黄金株を保有する株主の同意を要するに等しい状態となります。その結果、意思決定が遅れ、機動的な経営が損なわれるおそれがあります。このことは、黄金株を活用すべき小規模な企業にとって、大企業との競争優位姓を失う事態となります。
また、黄金株を活用する際には、総会決議などの要件が必要となり、これには法的な知識が必要となります。
黄金株が経営の支障となる
黄金株は事業承継をスムーズに進めるための有効な手段ですが、適正に事業が承継された後には黄金株の存在が経営の支障となる場合も考えられます。例えば、黄金株を与えていたのを忘れて放置し、事業承継後に「物言う株主」が出現して経営に口出ししてくるケースです。
このような事態への対処として、黄金株を解消するための方法、つまり、取得条項付株式を併用しておくことで、いざというときに黄金株を買い取ることができます。
黄金株の税務上のリスク
黄金株の発行や取引には、特有の税務上のリスクが伴います。これらのリスクを理解し、適切に管理することは、企業の財務を健全に保つためには欠かせません。せっかく事業承継するにしても、財務状況が悪化すれば意味がありません。
黄金株に係る税金の取り扱いは基本的には普通株式の場合と同様です。株式を譲渡した際には譲渡益に対して譲渡所得税が課税されます。
また、贈与や相続の際にも、株式の評価額に対して、贈与税や相続税といった税金が課されます。黄金株の株式評価についても、財産基本通達によると特別な評価を行う必要なく、普通株式と同様の方法で評価することとなります。
ただし、黄金株を発行すると中小企業経営承継円滑化法を利用できず、「取引相場のない株式等の納税猶予制度」等の適用を受けることができなくなってしまいます。
株式の相続税について
黄金株によって事業承継を成功させた事例
以上の通り、デメリットやリスクを説明しましたが、とはいえ、事業承継の成功のためには黄金株が重要なことに変わりはありません。最後に、黄金株によって事業承継を成功させた事例を、具体例で紹介します。
【事案】
不動産事業を営むA社は業績が好調で、その株価が高く評価されることが予想されています。A社のオーナー社長であるB氏の所有財産の大部分はA社株式が占めていました。
B氏には長男と次男の2人の息子がいますが、次期社長として長男を後継者と考えています。
経営的な観点からは、長男にA社株式を全て承継したいところですが、遺産の大半が株式であるB氏の相続では、株式を全て長男に与えてしまうと次男の遺留分を侵害します。他に次男に相続させる財産もないため、次男にも株式を渡さざるを得ません。社長も長男と次男にはできるだけ平等に財産を残してあげたいと思っています。
【解決策】
社長は株式を長男と次男に半分ずつ相続させる代わりに、黄金株を1株だけ発行し、長男に持たせることにしました。これによって配当や残余財産の分配は長男と次男が平等に受けることができるようになります。
また、取締役の選解任のような会社の重要事項の決定では、長男に否決権を持たせ、次期社長として経営を適切にコントロールすることが可能となります。
このように社長であるB氏は将来の事業承継について早い段階からシミュレーションし、対策をしたおかげで、承継を円滑に進めることができました。
昨今のIPOトレンドにおいても、投資家をはじめとしたステークホルダーから出資の条件として黄金株を要求されるケースは増えており、黄金株はより一般的なものとして認知されるようになりました。
特に、ベンチャーやスタートアップ界隈においては日常的なものとなっています。事業承継においても、その有用性をよく理解し、長期的な視点で活用する姿勢が望まれます。
まとめ
今回は、黄金株を活用して、スムーズに事業承継を行う方法について解説しました。
オーナー経営者には、ご自分の経営する会社に対する「想い」があるため、引退された後も、会社が末永く続くことを望むのが通常です。引退後も安定して会社を存続させるために、後継者が早期に決めるのが最善であり、その場合には、十分な時間をかけて、黄金株をはじめとした事業承継の生前対策をしておきましょう。