ペットを飼っている方にとって、死後にペットの世話を誰がするのか、という課題があります。また、死後の世話が気になると、高齢の場合にはペットを飼うのを躊躇するのではないでしょうか。ペットは、飼い主にとっては家族の一員であり、相続においてもしっかりと対策が必要です。
ペットがますます身近になるにつれ、飼い主の高齢化と、死後のペットの生活保障の問題が、大きな社会課題となっています。このような場面では、ペットの信託を活用し、ペットに財産を残す方法が活用できます。
今回は、ペットの信託について、その方法とメリット、デメリットを解説します。
ペットのための信託とは
ペットのための信託とは、飼い主が亡くなったとき、代わって死後のペットの世話をする人を決め、その飼育費用分の金銭を、信託の仕組みを用いてまかなう方法です。
信託とは、委託者が、自身の財産を信頼できる受託者に預け、特定の目的のために管理、運営してもらう制度です。ペットのための信託では、その財産の使用目的を、ペットの世話や面倒を見ることに限定して遺産を託すのです。このような信託法の仕組みに基づいて行われるペットのための信託は注目され、活用例も増えています。
ペットを引き取ってくれる優しい人がいたとしても、飼育費用がかかりますから、無償では難しいケースもあります。財産とセットなら、引き受け手が増えることが期待できます。一方で、信託によってその財産の目的をペットの飼育に限定することで、財産狙いでペットの引き受け手になろうとする人を排除することができます。
ペットのための信託の利用方法と手続き
次に、ペットのための信託の利用方法と、必要な手続きについて解説します。
信託を活用するには、法的に有効な信託契約書、遺言書などを作成しなければならず、このとき法律知識を必要とするため、専門家のサポートが必要です。
信託契約書を締結する
死亡後にペットの世話をしてくれる新しい飼い主との間で、信託契約書を締結します。信託契約書によって、ペットの世話をしてくれること、その代わりに財産を与えることを約束します。また、信託契約書では、ペットの飼育費用について信託財産から支払うことを定めます。
ペットのための信託において締結する信託契約書の例は、次の通りです。
ペット信託契約書
(目的)
第1条 本信託は、次条に規定する信託財産につき、受託者に管理を託し、委託者の飼育する犬(次条第1項第1号、以下「犬」という)に、安定した生活を提供し、委託者の死後も犬が幸せに暮らすことを目的とする。
(信託財産)
第2条 本信託の信託財産は、以下の各号とする。
一 別紙記載のとおりの犬
二 金〇〇万円(以下「信託金銭」という)
三 前各号から生じるすべての果実
2. 前項第3号から生じた金銭は、すべて信託金銭に組み入れる。
(受託者)
第3条 本信託の受託者以下の者とする。
(信託金銭の管理)
第4条 受託者は信託金銭につき、信託に必要な表示又は記録等を行い、自らの固有財産と分別して管理しなければならない。
2. 信託金銭は、以下の各号のためにのみ使用することができる。
一 犬の飼育及び治療の費用
二 犬の飼育の委託費用
三 犬の葬儀及び墓所の費用
四 その他の犬の飼育のために必要な一切の費用
(業務の委託)
第5条 受託者は、本信託の業務の一部について、第三者に委託することができる。
2. 本信託の効力発生時には、犬の飼育は委託者がみずから行い、受託者が必要と認めたときは、受託者が委託者より犬を引き取り飼育し、又は第三者に飼育を委託する。
(受益者及び受益権)
第6条 本信託の受益者は当初委託者とする。
2. 本信託の受益権の内容は、犬の幸福な生活により、精神的な利益を受ける。
3. 本信託の受益権は譲渡又は質入れをすることができない。
4. 当初受益者が死亡した後は、以下の者を受益者とする。
(信託の終了)
第7条 本信託は下記の事由により、終了する。
一 犬が死亡し、葬儀を終えたとき
二 信託法に定める事由が生じたとき
三 信託金銭が、無くなったとき
信託契約書には必ず作成日を記載し、委託者と受託者が、それぞれ署名押印して作成します。押印する印鑑は実印である必要はないものの、偽造されやすいシャチハタは避けるようにします。契約書2通を同内容で作成し、委託者と受託者が各1通ずつ保管します。
ペットの世話を任された人は、信託契約によって善管注意義務、忠実義務、分別管理義務という3つの義務を負います。そのため、信託された財産は、自身の財産とは分けて管理し、ペットの世話という信託の目的のみに利用しなければなりません。
遺言書を作成する
信託契約書によってペットの信託をしたら、そのことを相続人に対しても示すため、遺言書にも記載するのがお勧めです。信託財産をペットのために残すことは、その分だけ相続できる財産が減少することを意味し、相続人の理解を得る必要があるからです。
遺言書の基本について
信託監督人を選任する
信託を行うとき、あわせて信託監督人を選任することができます。信託監督人は、受託者が、信託契約を遵守しているかどうかを監督する役割の人です。ペットの信託において、信託契約が守られないとペットの世話が果たされませんから、その不安を解消するのにお勧めの方法です。
信託監督人には弁護士や司法書士など専門家を選任することで、法的に適切な監督がなされ、信託の目的を果たすことが期待できます。
ペットのための信託のメリット
次に、ペットのための信託を活用すべきメリットについて解説します。
死後のペットの生活が保障される
まず、信託の活用によって、飼い主の死後もペットの生活が保障されます。そのための飼育費用について目的を定めて預けるため、遺産が他の目的に流用されてペットの世話がおろそかになる心配を消すことができます。
高齢でもペットを飼う決断ができる
ペットのための信託によって、死後の世話を気にする必要がなくなった結果、高齢であったり介護が必要な状態だったりしてもペットを飼う決断がしやすくなります。老後の寂しさ、独居の辛さを癒やすのに、ペットを飼うことは効果があります。
相続人の負担を軽減できる
飼い主の愛情は、他の家族や相続人には理解されないこともあります。このとき、ペットを残されて死亡された相続人には、その世話が負担となることもあるでしょう。そして、ペットの行き場がなくなるおそれがあります。信託を活用すれば、相続人の負担を減らすことができ、ペットを巡る相続争いを回避できます。
ペットのための信託と負担付贈与との違い
ペットのための信託と同じ目的を果たすために、負担付遺贈または負担付贈与を活用する方法があります。いずれも「ペットの世話をきちんとしてくれる」という条件付きで、遺産を遺言によって贈与する(遺贈)、もしくは生前贈与するという手です。
負担を定める遺言書には、例えば次のような内容を加えます。
第XX条(負担)
遺言者は、次の遺言者名義のXX銀行の預金を受遺者XXに対し、遺言者の愛犬◯◯の世話を責任もって行うという負担付きで遺贈する。
しかし、このような負担付の遺贈ないし贈与の方法は、ペットのための信託に比べ、次のようなデメリットやリスクがあります。
遺贈は放棄できる
負担付遺贈の形で、死後のペットの生活を保障しようとしたとき、遺言による贈与(遺贈)は、受遺者の意思によって放棄できる点が問題となります。遺贈を放棄されれば、当然ながらそれに付随した負担も実行されず、結局ペットの世話はされません。
遺贈の放棄について
負担を実行されない危険がある
負担付遺贈では、負担として付けられた行為を実行せずとも、遺贈そのものが無効になることはありません。そのため、生前には「ペットの世話をする」と約束した人が、死後になって突然に気持ちを変え、負担を実行してくれない危険があります。
財産の使途を制限できない
負担付で贈与した財産には、「ペットの世話をする」という負担はついているものの、贈与を受けた財産を全てその負担のために使わなければならないという制限はありません。そのため、ペットの世話はするもののその飼育費用を節約し、贈与された財産は他の使途に使ってしまうことを止めることができません。これに対し、ペットのための信託なら、信託された財産はペットの飼育費用にのみ充当されます。
ペットのための信託にかかる費用
最後に、ペットのための信託にかかる費用について解説します。
まず、信託する財産が必要です。これは、ペットを将来に渡って世話するための飼育費用をイメージしてもらえば、どれほど必要か理解できるでしょう。また、信託契約書の作成費用として、専門家の報酬が必要となります。
まとめ
今回は、ペットのための信託について解説しました。
愛するペットを残して亡くなる方の不安を解消する手助けになれば幸いです。相続財産が多く、金銭的に余裕のある方でも、ペットの世話はお金だけでは解決できず不安が尽きないでしょう。ペットのための信託を活用することで、将来のペットの生活を保障できます。信託を活用する際は、信託契約書や遺言書の作成など、複雑な手続きはぜひ専門家にお任せください。