平成19年に信託法が改正され、投資を目的とした商事信託だけでなく、自己信託など、新しい類型の信託が可能となりました。
これに伴って、相続問題の解決法としても、民事信託による新しい方法が注目されています。民事信託は、「家族信託」と呼ばれることもありますが、今回お話をうかがう協同組合親愛トラストでは、「信頼」と「愛情」を意味する「親愛信託」を標榜し、注力しているそうです。
「親愛信託」に込められた思い、活用法などについて、協同組合親愛トラストであり、行政書士事務所の代表でもある松尾陽子先生にお話を伺いました。
協同組合親愛トラスト
代表 松尾 陽子
人の親しみと愛情を意味する「親愛信託」を掲げ、信頼と愛情に基づく民事信託によって相続問題の解決に取り組んでいます。
[toc]
「親愛信託」とは何なのか
――まず、御社の核となる「親愛信託」について、教えて頂けますでしょうか。民事信託という言葉を使うのではなく「親愛信託」とした点に込められた思いは、どのようなものでしょうか?
松尾(以下、敬称略):私たちの取り組んでいる信託は、業として行われる商事信託ではない信託行為のお手伝いです。金融行為である商事信託と違って、信頼関係のもとで行われるものです。
民事信託という言葉でなく親愛信託という言葉を使うようになったのは、最初からではなくて実務を行っていくうえで生まれたものです。
自分の財産の管理や承継に対して、ご相談を受ける中で、信託をご提案する際に「民事信託」もしくは「家族信託®」という言葉を使っていたのですが、「民事信託」に関しては、民事裁判や民事事件というものを連想してしまうため、なんとなく争いごとを考えてしまいますという意見を聞くようになりました。
「家族信託®」に関しては、相談者から「私には家族がいないので信託はできないのでしょうか?」という質問や「家族信託®の契約は何親等以内の人と出来るのでしょうか?」というような質問を受けることが割と多くあり、誤解何かもっと適切な言葉はないかと考えた結果「親愛信託」とすることに決めました。
――なるほどですね。最初から「親愛信託」という名前があったのではなく、ご相談を受ける中で、対話の中で必然的に決まっていったのですね。「親愛信託」には、どのような意味が込められているのですか?
松尾:信託とは財産を持っている人が、信頼できる人に自分の財産を託すという行為です。まず財産を託された人はその財産の管理をしたり、処分をしたり、次に適切に引継げるようにすることになるのですが、基本的には無報酬で行います。
財産を持っている方の意思を尊重して、その方の目的を達成するためにいろいろな行為を行うという、親が子のためを想い無償の愛で愛情を注ぐ行為のようなものです。そして、財産を持っている方は、自分の選んだ人を100%信じて、財産を託すことになります。これは子供が親のことを何の疑いもなく信じているようなものです。
民法上の家族や戸籍に関わらず自分の信頼できる人との間で成立するのが、親愛信託です。もちろん、戸籍上の関係にこだわらずというだけで、家族や親子で信託契約することが多いです。ただ、信頼できる人が親族だったというだけで、戸籍上の親族でないといけないというわけではないのです。
私たちがお手伝いしている信託行為は、親と子の無償の愛情の関係のようなものということで、「親愛信託」と呼んでいます。
従来昔から契約の必要なく、慣習として行われていたものが、ごく一部の心無い人がいるために、本人確認が非常に厳しくなってきています。さらに、離婚や再婚を繰り返したり、さまざまな事情で相続関係が複雑になり、以前は少なかった争いごとが増えてきています。
そのようなことを望んでいる人はいないと思います。純粋な親子の愛のように思いやりの心で財産事を考えてほしいという想いも込めています。
協同組合親愛トラスト様の「親愛信託」についての書籍

――民事信託ももちろんですが、高齢者が準備しておくべき相続問題を解決するための相続対策・生前対策には、最も有名なものとして遺言作成があるかと思いますが、「親愛信託」との違いを教えてください。
松尾:遺言はよく知られている制度ですし、身近に感じられる方も多いと思います。ただ、遺言の効力はその方が亡くなってからなので、老後の対策にはなりませんし、自分の想いを言葉で伝えることにもあまり適していません。
ただ、信託契約で信託財産にできるものは、その契約をした時に持っている財産になるので、そのあとに増えた財産は追加信託するか、遺言で誰に渡すのかを決めておく必要があります。遺言で出来ないことを親愛信託では出来るけれども、やはり遺言も必要ということになります。
――成年後見との違いは、どのような点にありますか?
松尾:成年後見人の選任の申立てをして、成年後見人が選任された場合の成年後見人のお仕事内容は財産の管理と身上監護になります。財産管理の面では、自由度が少なく使いづらいということで、その点では自分の思った通りに財産管理や承継が出来る親愛信託が優れています。ただ、信託は財産に対してだけなので、身上監護の部分は必要であれば、成年後見人制度を使うことになります。任意後見契約も同じです。
――他にも遺言作成、成年後見人の選任申立、任意後見契約など、他の多くの方法と比べて「親愛信託」がすぐれているメリットを教えてください。
松尾:親愛信託は、お元気な時も老後少し弱った時もお亡くなりになった時も、お亡くなりになった後の何代か先の時にも対応ができ、しかも、管理の方法や承継の方法を自分の思った通りに契約できるというとても優れたものです。
「親愛信託」のメリット
財産に対して、管理の方法や承継方法を自由に決められる。
管理する人と承継する人を別々のルートで指定することができる。
自分の亡くなった後、何代先までも指定できる。
民法や法定相続に関係なく指定できる。
ただし、財産についてのみなので、身上監護などに関しては後見制度などを使う必要があります。
「親愛信託」の活用例、成功例とは?
――「親愛信託」の基本的な知識を教えていただいたところで、次に、「親愛信託」にまだ接したことがない方に向けて、「どのような方が、『親愛信託』を活用することができるのか」を教えてください。
松尾:「親愛信託」を活用することのできる場面は、大きくわけて次の4つです。
老後の対策
人は誰しも平等に年を重ねます。時代はどんどん進化していき、IT化され、いろいろな手続きがインターネットで行われるようになり、ログインしてパスワードを設定してください、ダウンロードしてください、スマホをかざしてくださいなど、わからないことがたくさん増えてきています。
そんな慣れないことに頭を悩ますのではなく老後は財産の管理は子供や後継者にお任せして、悠々自適に暮らせるように親愛信託を活用します。もちろん認知症対策には非常に有効的ですが、認知症だけでなく老後の対策にもなるということです。
財産をお持ちの方が将来ご自身の認知症が心配というような場合はもちろん、認知症の心配はないけれども将来財産の管理をするのにいろいろなようの中の変化についていけない心配のある方におすすめです。
承継対策
会社の社長さんなどが自分の会社を承継させるための活用や、不動産などの資産の承継にも活用することができます。
株式や不動産そのものを渡すためには、相応の資金と税金が必要になります。そして、もしも当初の予定とは違う状況になってしまった時に、元に戻すことは大変ですし、渡した人の合意が得られなければ元に戻すことは出来ません。
親愛信託を使うと設定時は管理する人を変えるだけですので、そこに資金も税金も必要なく、もしも管理する人が管理できない状況になれば他の人に変えることも、しばらくまた自分自身に戻して、管理することも可能です。ということは、将来の後継者にお試しで管理させてみることも可能になるのです。
会社にしても、不動産などの資産にしても、相続などでいきなりあなたのものです。今後あなたが管理してくださいと言われてもどうすればよいかわかりません。相続で引き継ぐとどうすればよいか聞きたくても元の持ち主はもうこの世にはいないのです。その点、親愛信託ならお元気なうちに名義を後継者に変えて、管理を任せるので二人三脚で後継者に引き継ぐことができるのです。
資産の分散・集中対策
財産を権利を持っている人と管理する人を親愛信託であれば分けることができるので、共有名義の財産の名義を一人の名義に集めることや逆に一つの財産を複数の人で権利をもつこともできるのです。土地や自社株式など分けることができないものや分けてしまうと使いづらいもの、逆に分けておいた方が良いもの等に活用します。
活用の方法はその人の置かれている状況や将来の希望に応じて一人一人違うものになります。
所有権ではできなかったこと
親愛信託を使い、管理する人も利益を得る人も同じで、所有者が自由にできるという所有権では出来なかったことが、親愛信託で出来るようになります。財産に対してその人にあった計画性のある財産の管理や承継が出来るのです。
――松尾先生のご経験で、「親愛信託」を活用して、相続問題を解決した成功例は、どのようなものですか?
松尾:「親愛信託」を活用して、相続問題を解決した成功例を4つ、ご紹介します。
所有者が高齢
すでに売却が決まっている土地なのですが、契約後の条件がそろうことに時間がかかり、売買が完了して登記の名義変更するまでに、所有者であるお父さんが94歳と高齢のため、条件が整い売買が完了しても名義変更が出来ない可能性が出てきました。
その時に親愛信託を使い名義を息子さんの名義に変更して、権利はお父様が持ったままなので、売却の代金はお父様の老後に使えるようにしました。
財産の持ち主が高齢の場合、財産の活用が出来なくなりその結果本人も困ることにならないように、お元気なうちに親愛信託を使い管理を子供たちに任せるようにしておきます。
共有財産が大きく分けることが困難
一つの財産を今は仲よく持っているが将来相続人が増えていき、考え方も様々になった時にもめないように、共有財産の持ち主の意見がそろっているうちに、共有の持分を共有の持分所有者のみなさんで一般社団法人を作り、一般社団法人に管理を任せるようにして、その利益はそれぞれの相続人たちが持分の分だけ引き継いでいけるようにしておく。
将来もしも相続人が増えてもいろんな考えで意見が分かれないように、親愛信託で管理の方法や財産権の承継先を決めておく。そうすると、共有持分を引継いだ相続人はすでに決まっていることを護っていくことになるので意見の食い違いが起こりにくくきちんと財産をまもっていくことができる。
先祖代々引き継いできた土地があり、兄妹4人で4分の1ずつ共有持分として持っていた。これまでは、もめることなく仲良くして来たのですが、将来子供や孫世代になるとそのまま仲良くやっていけるのかが心配。土地を4つに分筆しようかとも検討したのですが、そうすると土地の価値も下がるし、どこを誰のものにするのかが決まらなかった。
分離手続きをしようとしていたがそうすると財産価値が減るので、親愛信託を使い土地を分筆することなく財産に対する権利を共有持分者それぞれが引き継いでいく形をとることができました。
共有者の一人が高齢
お父さんの相続の時に法定相続してしまったため、土地がお母さんと子供たち3人の共有になってしまっていました。近々、売却することができそうですが、はっきりいつになるかわからない。
そのときに、お母さんの持っている2分の1の共有部分を長男の名義にする親愛信託契約を結び、もしも今後お母さんが認知症になっても、その土地の売却が可能なようになりました。
株価の高い自社株式
現株主である代表取締役のお父様が高齢であり、本当は子供に株を渡して、会社の経営を任せたいのだけれども株価が高いため、多額の資金や税金がかかるので、渡せない状況だったのですが、親愛信託を使い、株の名義のみを子供に渡し、議決権を子供が行使できるようにしました。
経営を任せて、財産権はお父様が持ったままなので、親愛信託契約時には課税関係は生じないのでその後株価対策をしながら、相続の時にその株の財産権を子供に継がせるようにしました。
親愛信託を使うとその信託財産に対しては相続の手続きの必要がなくなります。ただし、みなし相続財産となりますので、相続税はかかります。相続税はかかりますが、管理する人と財産を持っている人が違うので、認知症になってしまっている配偶者に財産権を渡し配偶者軽減を使うことも可能になってきます。
――「親愛信託」を活用すると、他の相続問題解決方法や、他の司法書士、行政書士などが提案している民事信託、家族信託と比べて、どのようなメリットがあるのでしょうか?
松尾:まず、親愛信託を使うと相続手続きの必要がなくなります。そのため、契約で次に権利を引継ぐと決めた人に権利が確実に承継されることになります。
もちろん、遺留分の問題についてはまだ最高裁判例が出ていないので、その点についてはきちんと対策を取っておく必要がありますが、親愛信託を使うとその対策をとるのにも有効に使えます。
相続対策をするときに、相続税対策のみに重点を置いてしまい財産を守るためにはリスクをともなう分け方をしているのを見かけますが、親愛信託を使うとこれまでできなかったことができることになり、より依頼者のご希望にそった内容にすることができます。
――松尾先生が、「親愛信託」を行う上で、心掛けていることは、どのようなことですか?
松尾:私たちが常に心掛けていることは、依頼者の方に寄り添いなおかつ契約書を作って完了ではなく、信託は契約書を作成するまでにはどれだけ依頼者の想いを文章にするかということと、契約書を作ってからがスタートなのでそのあと信託が終了するまで、寄り添いフォローをするということです。
その長期間に渡るフォローを実現するため、協同組合で活動し、その協同組合の会員は各地域の一般社団法人にしています。
信託は、信託がスタートしてから次の世代に承継され、その次、その次と何代にもわたる可能性も有ります。その時に行政書士として個人で、受任している行政書士の私にもしものことがあるとその契約に関して、フォローできる人はいなくなります。
そうなると困るのは依頼者です。
――「親愛信託」を運営するよつばグループは、各地域ごとに一般社団法人を設立されていますが、これには信託契約のフォローの意味合いもあるのでしょうか?
松尾:私どもは各地域の一般社団法人が受任し、その情報を協同組合が共有し、一般社団法人がその案件に対応できるようにしておき、さらに協同組合でも対応が可能なようにして置き、人的リスクや、災害や震災など自然のリスクにも対応できるようにしています。
基本的にその契約に関しては、実費は別として追加の報酬は発生しません。
他と比べると報酬が少し高い気がするかもしれませんが、信託が終了するまでの永久保証料と思っていただければよいと思います。それだけの報酬を頂くには満足していただける、想像以上のものを提供していくようにしています。
「親愛信託」にかける思い
――「親愛信託」を広める協同組合親愛トラストは、よつばグループというグループ化をし、全国に一般社団法人の組織を作っているのですね。グループ化して一般社団法人を全国に設立した目的は、どのようなものですか?
松尾:まず、先ほどお話ししたように、一人だけしかその案件の情報を知らなければその人にもしものことがあればその案件に関してフォローする人がいなくなります。それをより手厚くするために一般社団と協同組合で、フォローするようにしています。
全国組織にした目的は、信託の案件において、親子や信頼できる人や共有持分を持っている方々が、近くに住んでいるとは限りません。県外に住んでいることもありますし、全国いろいろなところにかかわりのある人が住んでいたり、財産があるケースもあります。
全国に組織があれば、費用も時間もかからなくて済みます。実費の費用が掛からないのがいいのはもちろん、認知症対策の場合など迅速性が必要な場合は以下に時間を短縮させて、契約を成立させるのかが重要になってきます。全国に仲間がいると迅速に対応することができます。
あとは、金融機関や公証役場や法務局などの情報も正しいものを、グループ内のそれぞれの人がもつことができます。
もう一つは、一人一人の力は小さくても同じ目的を持った人が、力を合わせると大きな力になり、大きな力にも負けないようになれるためでもあります。スイミーという絵本をご存知でしょうか?
小学生の教科書にも載っているお話なのですが、小さな赤い魚が大きな魚に食べられていて、みんながおびえて暮らしていたのですが、一匹の黒い魚が「僕が目になるよ」と言ってみんなで1匹の大きな魚の形になって、大きな魚にも食べられなくなったというお話です。各地方で個々人で頑張っている人が、力を合わせて依頼者のために大きな力になろう!というのが目的です。
――よつばグループに協力して「親愛信託」を広めるコンサルタントの協力も欠かせないですね。コンサルタントには、どのような専門家の方がいらっしゃるのでしょうか?
松尾:財産の管理や承継、相続に関わる様々な分野の専門家がいます。
まず、私と同じ行政書士です。契約書を作るのは行政書士のお仕事です。そして、登記が関わるので司法書士、財産権の移動や相続税の申告などに関わる税理士、事業承継等に係る社会保険労務士、中小企業診断士、金銭や保証の専門家の生命保険を取り扱っている者、不動産に関わる不動産業の方など。
一つの案件に対してでもそれぞれの専門家で、注目する観点が違ってきますし、将来のリスクの気付きも違います。それぞれの分野で、常に最新の情報を得られるように、いろいろな専門家が協力して一つの案件に対するスキームを考えます。
ーー「親愛信託」では解決できない事案もあるのでしょうか。そのような場合には、どのように対応していますか?
松尾:親愛信託だけで解決できない場合や他の方法の方が適しているケースもあります。その時にはその分野の専門家が、自分の専門分野での提案ができるようにしています。
信託のプロとして、何が一番依頼者のためになるのか?依頼者の願いや想いを叶えるにはどうすればよいのか?そのためにはどんなリスクがあり、それを回避するためにはどのような方法があるのかをしっかり提案できる仲間たちがそろっています。
――皆さん、「親愛信託」の思いに共感されているのですね。最後に、「親愛信託」の利用にお迷いの方に向けて、一言メッセージをいただけますでしょうか。
松尾:病気の治療にしても、ダイエットにしても、早い方が費用も時間もかかりません。財産に関しても、早い方が選択肢も広がりますし、費用も総体的に考えるとかからないケースもたくさんあります。
日本人は、リスク回避に対して支出をするということに慣れてはいません。しかし、生命保険が当たり前の世界になってきたように徐々にリスク回避の必要性が、広がってきています。
今は、新しいことのように感じますが、必ず親愛信託が当たり前の世の中になると思います。必要な時に必要な情報が入ってくるようになっています。信託のことが気になった時が、活用するタイミングだと思います。実際に活用された方は、あの時に決断しておいてよかった。
もう少しタイミングが遅れたら大変なことになっていたということを聞きます。信託契約をした後に、ちょっとしたことがきっかけで認知症になってしまい、信託契約しておいてよかったと思うという声も聞きます。
費用のことが、気にかかっているのであれば、もしも信託契約しなければ将来のリスクに対して、どのくらいの費用が掛かるのかというのをしっかり検討していただければと思います。意外と皆さま具体的に費用を考えられていなかったりするので。
最後に、もしも迷っているのであれば何に迷っているのかをご相談下されば、きっと良いアドバイスができると思います。