みなさま、「お寺」というと、どのようなイメージを抱くでしょうか。お亡くなりになった方の「お墓」のイメージを抱く方が多いのではないでしょか。しかし、お寺の役目は、決してお亡くなりになった後のお墓としての機能だけではありません。
相続問題を解決するためには、死亡後の相続手続きだけでなく、生前からの相続対策が非常に重要となります。このとき、生前からお寺が相談窓口として機能していれば、よりスムーズに相続問題を解決することができます。
昔はあった「檀家制度」による地域コミュニティも、今では数が減ってきているというイメージもあります。そこで、今回は、お寺が相続問題の解決に果たす役割や、あるべきお寺の未来などについて、伝統ある山梨耕雲院、副住職の河口智賢氏に伺いました。
耕雲院
副住職 河口 智賢
曹洞宗耕雲院(山梨県都留市)室町時代に創建され600年以上の歴史ある禅寺。同寺院副住職、全日本仏教青年会理事・全国曹洞宗青年会副会長。
寺院を開放し、主に子どもと独居老人が集う地域食堂など様々な地域コミュニティの活性化事業を行う傍ら、映画製作や精進料理教室、ヨガ坐禅など禅の魅力と多様性との融合をはかる活動に取り組む。
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お寺の現状が抱える問題点とは?
――本日は、「お寺と相続問題」というテーマでお話を伺えればと思っています。冒頭でも紹介したとおり、一般的な意識としてですが、最近は「檀家制度」、「家督制度」という言葉もあまり聞かなくなってきました。お寺側の立場として、河口様のご感覚はいかがでしょうか?
河口(以下、敬称略):檀家制度の意識としては全国的にみてもおよそ3、4割程度ではないでしょうか。地方の過疎化、少子化や都心部では人的ネットワークの希薄化の進行などが檀家減少の理由の一つとして挙げられます。
お寺ではまだ檀家さんが重要なコミュニティとなっていますが、今後は少なくなっていくと思います。
――河口様のお寺では、実際にどのような活動を行っているか、ご紹介いただけますでしょうか。
河口:私が副住職を務めている山梨の耕雲院では、檀家さんは300件程度ですが、坐禅会や写経会の他にも、マルシェやヨガ教室などを催しています。最近では特に子どもの貧困と独居老人への対策に取り組んでいます。
その一環として地域食堂を定期的に開催することでお寺へ足を運びやすい環境を整える努力をし、相続はもちろんですが、その他の生活のコミュニティとしても活用していただける工夫をしています。
耕雲院で行われるヨガ教室の様子など
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耕雲院で行われるマルシェの様子など
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――率直な話、経済的に困窮しているお寺もあるのでしょうか。
河口:それはもちろんあると思います。お寺によって状況はさまざまですから、「相続問題の窓口になる」という今回のテーマと関連して考えても、お寺の状況ごとに、どんな檀家さんを組織しているか、どんな活動をしているかなどを考えて対応していく必要があります。
特に、お寺の存続問題は深刻です。相続、事業承継は、お寺自身もまた、考えなければならない喫緊の課題となっています。
相続問題におけるお寺の役割は?
――お寺の、相続問題における役割、位置づけはどのようなものでしょうか。
河口:お寺は、地域住民と専門家の窓口として、第一次的な相談役になれるのではないかと考えています。お寺には、相続や終活をはじめとした「死」にまつわる問題はもちろんですが、それ以外にもさまざまな不安、心配、相談ごとが寄せられます。
単に漠然とした不安を打ち明けたいだけで、何に困っているのか、どう解決してよいのかが、自分ではわからない、という方もおられます。
この状態では、弁護士や税理士などの専門士業に相談にいっても問題解決ができませんし、そもそもこのような人たちは、「士業に相談しよう」とすら思い立たないことでしょう。私達僧侶が、このような人生の悩みを解きほぐすのに最も適しています。
――さきほど、お寺によって、状況はさまざま、対応方法も変えていく必要がある、というお話もありましたが、こと「相続問題の窓口」としてお寺を活用してもらうために、特に気を付けるべきことはありますか?
河口:お寺の果たす役割は、都市部と郊外とで大きく異なります。相続の窓口として活用していただくに際し、都市部のお寺の場合には、地方からの人口の急激な流入によって、お寺との関わりが薄い方が多くみられます。
墓地などの相続について相談したいけれども、どのお寺に行ったらいいのかわからない、またお寺によっても相談の窓口としての受け入れ状況が整っていない場合があります。ですから、相談者の受け入れと、事前に情報を収集できる窓口の情報開示を整えていくことがポイントとなります。
――なるほどですね。都市部の人口が増えるとともに、人と人との繋がりは希薄化しているのではないかと思いますが、お寺も同じ状況なのですね。都市部以外のお寺の場合にはいかがですか?
河口:郊外のお寺の場合には、人口の流出によって墓じまいなど都市部と別の問題を抱えています。それはお寺の困窮にも繋がる課題でもあります。しかし、その様な状況だからこそお寺が終活相談や相続の窓口として関わりを持ち、トータル的にその方に寄り添える環境を整えていくことが必要です。
そこにはお寺という安心感が求められていると考えます。ですから、今後はかつての寺子屋への原点回帰が必要となるでしょう。
いずれにしても、相続問題はとても広範であり、お寺だけの力では解決できませんから、さまざまな専門家との連携が不可欠となります。
――お寺から、専門家への連携を、相続問題でどのように進めていくのがよいとお考えですか?
河口:ご家族の方などからの深刻なご相談は、「僧侶」という役割を尊重して打ち明けられている部分もあります。そのため、どのように士業などの専門家につないでいくかはとても難しく、私も課題を感じている部分です。
大切にしていることは、ご相談者に本気のサービスを提供し、ご相談者にも本気度を示してもらうことです。お寺を窓口にすることで、門戸を広くすることができますが、相続問題の敷居は決して低くありません。
――相続問題の敷居を下げよう、ということと、窓口を広くしようということとは異なるのですか?
河口:私は、その2つの問題を分けて考えなければならないと思っています。お寺を窓口にし、相続問題の間口を広げることで、さまざまな方のお悩みを聞き、解きほぐしていくことができます。
しかし、お寺のできることはここまで、いざ専門家につなごうとなると、そこの敷居は、ある程度高く設定し、本気で相続問題を解決したい、本気で生前からしっかりと対策したいと考えている人こそが、次の段階に進むべきものです。
お寺主導で進める相続対策のポイント
――相続問題を真剣に考えている僧侶のお話をお聞きする機会は貴重で、とてもありがたいです。お寺が主導的に、相続問題をリードしていく際のハードルはありますか?
河口:現状を見ると、お寺の機能は、一般の方から遠ざかってしまっています。かならず行う「お葬式」を担当する葬儀社などからのご紹介で、高額な紹介料を支払わなければならないお寺もあるのが現状です。
ご相談をいただく方にいいサービスを提供するためには、「お金をもらうこと」はもちろん大事なことではありますが、資本主義の原理の枠外にある、私達お寺が、親身に寄り添って、心理的な面で救ってあげることが大切です。
――ご相談者の方の心理面をケアするサービスを大事にされているのですね。本来サービス業というのはそうでなければならないと思うのですが、お寺の特殊性はありますか?
河口:葬儀社のお話をしましたが、弁護士、税理士、司法書士、保険、不動産など、全ての専門家と私達の違いは、私達は、「死」を乗り越えて、さらに幸せになってほしいという理念があることです。
ご家族の死はとても悲しいことですが、葬儀が終わってますます不幸になったというのでは、相続問題の解決とは到底いえません。
現在では、このような私達の活動をより広く知ってもらうため、山梨で宿坊を経営する予定です。都心部から1時間程度でお越しになれるリセットスペースとして提供させていただく予定です。
――話は変わりますが、河口様は、映画もお作りになるのですね。どのような映画なのでしょうか。
河口:「典座-TENZO-」という映画で、2019年秋頃に公開されます。禅宗には典座(てんぞ)という、炊事を担う役職があります。典座の教えには、食を通じて今を生きる心得が説かれています。
様々な悩みや葛藤を抱える現代社会において、典座の教えから導かれ受け継ぐいのちの循環をテーマにした相続にも深く関わる映画です。
もしよろしければ、全国のミニシアターなどで上映予定となっていますので、是非ご覧になってください。
――本日はありがとうございました。最後に、相続問題に興味関心がある方などに向けて、お寺の僧侶という立場から、一言メッセージをいただけますでしょうか。
河口:本日はこの様な機会をいただきありがとうございました。相続とはものやお金だけではないと私は考えます。
ご先祖さまから受け継がれ親からいただいた私たちの命も相続されたものであることをお心に留めていただければ幸いです。