相続の生前対策として「遺言書を書くこと」がよくあげられます。しかし、お亡くなりになったご家族残していた遺言が、かえってトラブルの原因・発端となることもあります。
「遺言書がなくて遺産分割でもめた」という話はよく聞きますが、逆に「遺言があったことでもめた」という相続相談も、弁護士のもとには多く寄せられています。遺産分割でもめると、相続税申告、相続登記などにも影響します。
そこで今回は、遺言書がかえってトラブルの原因となるケースと解決法を、相続に詳しい弁護士が解説します。遺言書は、争い回避の手段ですが、不適切な遺言はトラブルメーカーでもあるのです。
まだ相続が開始していないご家庭の方も、遺言書を発端として起きた解決事例と遺言の危険性を知っていただき、問題化しづらい遺言の残し方を理解してください。
「遺言」の人気解説はこちら!
[toc]
遺言がある場合と遺言がない場合の違いは?
相続が開始したときの遺産分割の方法は、遺言がある場合とない場合とで、大きく異なります。
そのため、遺言が残っていたことでトラブルとなってしまうケースの解決事例を紹介する前提として、遺言がある場合とない場合の相続手続きの違いを理解してください。
遺言がある場合の相続手続き
遺言がある場合には、遺言で指定された相続分(指定相続分)にしたがって遺産分割が行われ、この指定相続分が、民法に定められた法定相続分より優先します。ただし、法定相続人が最低限もらうことができる「遺留分」の侵害はできません。
遺言書には、自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言のほか、緊急時に残す特別方式の遺言がありますが、公正証書遺言以外の遺言の場合、遺言書を発見した相続人は、家庭裁判所に「検認」の手続を申し立てる必要があります。
遺言がない場合の相続手続き
遺言がない場合には、原則に立ち返り、法定相続分にしたがって遺産分割します。遺言書がなければ、遺産分割のためには相続人全員が参加する遺産分割協議で、相続人全員の合意が必要となります。相続人に不参加の人や、反対の人がいると、協議は成立しません。
遺産分割協議のとき、未成年者や認知症の人がいるとき、代理人が必要です。法定代理人となる親権者や、成年後見人もまた相続人の場合には、利益が相反することから特別代理人が必要です。
遺産分割協議による話し合いで、遺産分割協議書に合意できないときは、家庭裁判所に申し立てて遺産分割調停・遺産分割審判にて遺産分割方法を家庭裁判所に決めてもらいます。
-
-
遺産分割協議の流れと、円滑な進め方は、こちらをご覧ください。
遺産分割協議とは、ご家族がお亡くなりになってしまったときに、相続人が、遺産の分割方法について話し合いを行うことをいいます。 遺産分割協議が行われるのは、相続財産(遺産)の分け方に争いがあるケースです。 ...
続きを見る
【ケース①】遺言者が認知症であったことでトラブルになる場合
遺言によるトラブル
遺言書が、ある相続人にとってとても有利な内容となっていたとき、他の相続人は、相続分や遺留分を害され、相続できる財産が減ってしまうかもしれません。こ他の相続人が考えるのは「亡くなった親は、遺言を書かされたのではないか。」ということです。
遺言を書くよう強要されたのではないか?と疑問・不安が生じます。特に、自筆証書遺言の場合、本人の意思だけで、専門家士業や公証人の関与なく作成できるため、悪い意図のある相続人にとって、遺言を強要することが容易です。
遺言者が認知症である場合など、成年後見人を選任する手間が面倒であったり、時間を惜しんだりして自筆証書遺言を作成する例がありますが、その遺言はトラブルの元と言わざるを得ません。
民法で定められた法定相続人となる人が、お亡くなりになったご家族に遺言を無理やり書かせたり、書かれた遺言を隠したりしたことが判明した場合には、「相続欠格」となり、相続財産(遺産)を得ることができません。
-
-
相続人になれない「相続欠格」・「相続廃除」は、こちらをご覧ください。
民法に、相続人になることができると定められている人のことを「法定相続人」といいます。法定相続人は、本来、必ず相続人になることができますし、相続権を侵害されても「遺留分」という考え方で守られています。 ...
続きを見る
解決策・対策
成年後見人を選任してから遺言を作成するか、弁護士などの専門士業に依頼し、公証役場で「公正証書遺言」を作成してもらいます。「公正証書遺言」は、公証人と立会い証人が、遺言をのこす能力があるかどうかを確認しています。
自筆証書遺言や秘密証書遺言だと、そのときの遺言能力は、診断書やカルテなどでしか証明できませんが、公正証書遺言の場合これに加えて公証人や証人の証言なども加わり、遺言能力を証明することができます。
【ケース②】宗教・マルチ商法・洗脳などでつくられた遺言の場合
遺言によるトラブル
宗教団体、マルチ商法、詐欺、洗脳など、高齢者にとって、危険な誘いは多いものです。特に、少子高齢化、未婚化、晩婚化にともない「独居老人(お独り様)」が増加しており、社会問題となっています。
おひとりでお住まいの老人にとって、話し相手になってくれる宗教家や詐欺師が優しく見えてしまい、「全財産を寄付する」といった内容の遺言を残し、トラブルとなるケースがあります。
解決策・対策
通常では想定しがたい、寂しい老人の足元を見た遺言でも、その内容が常識的ではないというだけでは無効になりません。遺言の内容だけでなく、遺言を強制したことを裁判などで立証するための証拠を収集することが解決の近道です。
まずは、生前からご家族の様子を頻繁にチェックすることで、新興宗教団体、マルチネットワークなど、強制的に遺言で財産を吸い上げる危険な団体が接近していないか注意してください。
【ケース③】家族・親族以外に財産を与える遺言でトラブルになる場合
遺言によるトラブル
遺言を、生前の相続対策に活用するとき、法定相続分とは異なる割合で家族・親族に財産を与える利用方法が一般的ですが、家族・親族以外に財産を与える遺言を残すこともできます。
例えば、家族・親族以外で、遺言により財産を得ることの多い人は次のとおりです。
ポイント
- 遺言者の介護の世話をしたヘルパー
- 遺言者と常日頃から親交のあった近所の老人仲間
- 遺言者の内縁の妻(愛人)やその子供
法定相続人となる家族・親族以外の人に財産を与えるという内容の遺言は、その反面で、法定相続人が「相続できるはず」と考えていた遺産を減らすことになり、トラブルの原因となります。
特に、突然遺言によって相続することとなった内縁のパートナーや愛人と正妻との間では、感情的な対立が大きく話し合いも困難で、トラブルは必至です。
解決策・対策
財産が金銭だけであった場合には、単純に金額で分割すれば済みますが、家族・親族以外に思い入れの深い方がいるとき、よく遺言で相続・贈与される財産は、不動産や物など、分けづらいものが多いため、ますますトラブルになります。
家族・親族以外の第三者(いわゆる「他人」)に遺言を残すときは、相続人の理解を得るための付言(遺言に記載しておける遺言の理由など)を書いたり、生前にしっかり説明したりして遺言の理由を相続人に納得してもらうことが解決策となります。
【ケース④】遺言書が遺産分割後に発見されトラブルとなる場合
遺言によるトラブル
冒頭で解説しましたとおり、遺言書がある場合と遺言書がない場合とでは、遺産分割の方法・手続きに大きな違いがあります。
遺言書がないと考えて遺産分割協議を行い、協議書に署名押印までした後に遺言書が発見されたとき、後から発見されたとしても遺言書のほうが優先するため、遺産分割協議のうち遺言書に反する部分は無効となってしまいます。
特に、後から発見された遺言書に、次のような記載があったとき、遺産分割協議に反する可能性が高く、遺産分割はすべてやり直しになる危険があります。
ポイント
- 遺言書に、法定相続分とは大きく異なる相続割合が指定されていた場合
- 遺言書に、法定相続人の一部についての相続廃除が記載されていた場合
- 遺言書の記載により、新たな相続財産(遺産)が発見された場合
特に、遺言書によって、法定相続人が廃除された場合には、遺言をのこした故人の遺志を尊重し、その相続人は、最初から相続人ではなかったかのように扱われ、相続順位に大きな変動がある場合があります。
-
-
相続の順位と「誰が優先順位か」は、こちらをご覧ください。
配偶者相続人が、常に相続順位のうちの最優先順位にいるのに対して、血族相続人には、相続順位に優劣があります。 血族相続人の相続順位には、「相続順位の優先する相続人がいる場合には、その人は相続人になること ...
続きを見る
解決策・対策
遺産分割を終えた後で遺言書が発見されることによるトラブルを回避するためには、遺産分割協議をはじめる前に、必ず遺言を徹底的に探しておくことです。
まず、公正証書遺言について、公証役場の検索システムを利用して調査をし、その後、自筆証書遺言について、故人の書斎、仏壇、貸金庫などに保管されていないか、また、仲良くしていた弁護士などに遺言を作成してもらっていないか確認してください。
-
-
遺言書の調査方法と検認手続は、こちらをご覧ください。
「遺言書」が、相続において非常に重要であることは、一般の方でもご理解いただけているのではないでしょうか。遺言が存在する場合には、民法の原則にしたがわない遺産分割を行わなければならないことが多いからです ...
続きを見る
【ケース⑤】遺言書が無効となってトラブルとなる場合
遺言によるトラブル
遺言には、自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言のそれぞれの類型ごとに、有効要件が民法に定められています。この要件を満たさない遺言は、法律的には遺言として取り扱われることはなく、無効となります。
特に、公証人や弁護士などの関与することなく作成された自筆証書遺言では、折角遺言を作成したのに、遺言としての有効要件に反し、無効となることでトラブルの元となる場合があります。
例えば、次のような自筆証書遺言は、無効です。
ポイント
- 自筆証書遺言に正確な年月日の記載がなく、いつ書かれた遺言かがわからない
- 自筆証書遺言の一部が手書きではなくパソコンで印字されている
- 自筆証書遺言に押印がされていない
遺言が無効となっても、故人の遺志を表示したであろう書面が残されていたことを相続人が知ってしまったとき、無効となった遺言で利益を受ける相続人は、「遺言は有効なはず」「遺言にしたがって遺産分割すべき」と強硬に主張し、トラブルの元となります。
自筆証書遺言で、「すべて手書きする」要件を満たすけれども遺言の文字が解読できないという場合も、どのような内容の遺言を残したかったかが不明なため、遺言は無効です。鑑定に出しても遺言の文字が読めない場合には、遺言として機能しません。
-
-
自筆証書遺言の有効要件と書き方は、こちらをご覧ください。
お亡くなりになったご家族の方の意思を、死亡後も、相続に反映する方法が、「遺言」(いごん・ゆいごん)です。 「遺言」は、お亡くなりになったご家族(被相続人)の一方的な意思によって、相続人の合意なく、その ...
続きを見る
解決策・対策
せっかく残しておいた遺言書が無効となってしまうトラブルを回避するためには、自筆証書遺言の有効要件をしっかりと理解して、ミスのない遺言書を作成することです。
おひとりでは、ミスのない有効な遺言を作成できるか自信のない方は、相続に詳しい弁護士に作成を依頼したり、作成後にチェックしてもらったり、公正証書遺言の方法で遺言を残したりといった解決策があります。
【ケース⑥】遺言が遺留分を侵害することでトラブルになる場合
遺言によるトラブル
冒頭で解説したとおり、遺言による指定相続分は、法定相続分よりも優先しますが、法定相続人に民法上みとめられた「救済策」である遺留分を侵害することはできません。
遺言による相続で遺留分を侵害された法定相続人は、遺留分を侵害して財産を取得した人に対して、遺留分減殺請求権をし、財産を取り戻す請求をすることができます。
この遺留分減殺請求権は、話し合いによって解決できない場合には裁判になることも多く、遺言がトラブルの原因となるパターンの多くがこの例です。
-
-
遺留分の認められる割合と計算方法は、こちらをご覧ください。
相続のときに、「相続財産(遺産)をどのように分けるか」については、基本的に、被相続人の意向(生前贈与・遺言)が反映されることとなっています。 被相続人の意向は、「遺言」によって示され、遺言が、民法に定 ...
続きを見る
解決策・対策
遺留分減殺請求による相続人間のトラブルを長期化させないためには、遺留分に十分配慮した遺言を作成しておくことが対策になります。
遺留分を侵害しない程度の範囲であれば、たとえ法定相続人の相続できる財産が減ったとしても、減らされた相続人が「遺留分減殺請求」によって争うことはできないからです。
【ケース⑦】遺言執行者が不適切でトラブルになる場合
遺言によるトラブル
遺言書で、遺産分割を実際に担当する人を指定することがあります。これが「遺言執行者」です。遺言執行者は、遺言を守るためのとても大切な役割であり、責任感をもってのぞまなければなりません。
しかし、遺言執行者を選任する内容の遺言を残したことが、かえってトラブルの元となったケースもあります。例えば、次の場合です。
ポイント
- 遺言執行者が、不適切な人物(相続人と利害関係のある人など)であった
- 遺言執行者が、遺言執行の任務を怠った
- 遺言執行者が、けがや病気で解任され、相続手続きが滞った
解決策・対策
遺言執行者をつけることで、遺言の確実な執行が可能であり、遺言執行者を選任することには大きなメリットがあります。弁護士などの相続の専門士業を選任することにより、確実な遺産分割を行ってもらうことができます。
【ケース⑧】遺言以外の故人の意思が原因でトラブルになる場合
遺言によるトラブル
相続についてのサービスを提供する会社が増えています。その中には、遺言をサポートする弁護士などの士業だけでなく、遺言以外に故人の意思を残すことを推奨するサービスも多くあります。例えば、次のものです。
ポイント
- エンディングノート
- 終活手帳
- 映像(ビデオ、動画など)による遺言
エンディングノート、終活手帳などは、自筆証書遺言としての要件を満たす場合には法的にも「遺言」になりますが、そうでないケースも多くあります。映像による遺言も「遺言書」とは認められません。
遺言がないけれどもエンディングノートなどでお亡くなりになった方の意思が伝えられたとき、遺産分割が紛糾します。エンディングノートなどに残された意思で得する相続人は、それにしたがった遺産分割を求めますが、損する相続人は、原則どおりを主張します。
この場合、遺言がないので、遺言にしたがった指定相続分に基づく相続はできず、遺産分割協議で「エンディングノートにしたがう」ことが相続人全員で合意できないと、調停・審判といった裁判所の手続で争うことになります。
解決策・対策
エンディングノートや終活手帳などを残すとき、必ず、それと矛盾しない遺言書を作成することをお勧めします。弁護士などの士業に依頼してエンディングノートを作成するときは、当然遺言も同時に作成することが多いのではないでしょうか。
しかし、エンディングノートや終活手帳などは、文具店や書籍でも購入することができるため、故人がこれらのサービスを利用していることが判明した場合には、遺言も合わせて作成するよう求めるのがよいでしょう。
【ケース⑨】家族仲を過信した遺言がトラブルになる場合
遺言によるトラブル
少子高齢化が進み、核家族化が進んでいることで、相続人の人数は減少傾向にあります。相続人の人数が少ないと、「うちの家族は仲が良いから大丈夫」といった具合に、家族仲を過信する方も少なくありません。
しかし、遺言者の生前は仲が良かった家族も、ご家族が亡くなり相続が開始するととたんに喧嘩を始めることがあります。その原因は、例えば次のことです。
ポイント
- 相続財産(遺産)がもらえるという金銭的な利益が争いを招く
- お亡くなりになった方(被相続人)の威厳が争いを抑えていた
- 家族の死亡によって精神的に不安定となった
たとえ相続人が少なくても、相続財産がそれほど多くなく裕福でなかったとしても、相続のトラブルはどこの家庭でも起きる可能性があります。
解決策・対策
ご家族仲を過信して、遺言書を作成しないことは、トラブルの元となります。どれほど生前には仲がよいように見えたとしても、望む相続方法、相続割合があるときは、遺言書を残しておくことがお勧めです。
ほぼ法定相続分どおりの相続であったとしても、「どの財産が誰のものか」という点だけでもトラブルの原因として十分ですから、遺言があるに越したことはありません。
遺産分割は、「相続財産を守る会」にお任せください
いかがでしたでしょうか?
相続問題のうちの多くは、遺言がなく、お亡くなりになった方(被相続人)の意思が明らかでないためにトラブルになっています。「生前には、財産はすべて私にくれるといっていた」といった主張をする相続人が出現するためです。
しかし、遺言を残したとしても安心できないと注意するのが今回の解説の趣旨です。遺言を残しただけでは、その遺言自体がトラブルの原因となることも多く、適切な遺言であるかを、生前にしっかり精査したいところです。
「相続財産を守る会」では、生前、死後を通じて、遺言を活用した、より円満かつスムーズに相続を進める方法について、相続を得意とする弁護士の立場から、経験と実績を生かしたアドバイスを差し上げます。ぜひ無料相談ください。