「自宅は妻に相続させる」、「銀行預金は長男に相続させる」といった、「~を相続させる」という内容の遺言は、「相続させる旨の遺言」と呼ばれ、遺言書の中でよく見られます。
相続させる旨の遺言がどのようなものかについては、こちらの記事で解説しています。
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相続させる旨の遺言と遺贈(特定遺贈)の違いは、こちらをご覧ください。
遺言書においてひんぱんに登場するのが、「不動産は妻に相続させる」、「A銀行の預金は長男に相続させる」といった、「~を相続させる」という言葉です。このような内容の遺言は「相続させる旨の遺言」と呼ばれます ...
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2018年7月に、民法のうち相続法に関する改正が行われました。これは昭和55年以来約40年ぶりの大改正で、相続に大きな影響を与えるものです。
相続させる旨の遺言も、この法改正によって大きな影響を受けます。
そこで今回は、この「相続させる旨の遺言」が相続法改正でどのような影響を受けるかについて、相続に強い弁護士が解説します。
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「相続させる旨の遺言」から「特定財産承継遺言」に変わる
「相続させる旨の遺言」という言葉は、一般的に使われていますが、法律に定められた言葉ではありません。もっとも、相続させる旨の遺言がどのような意味を有するかという点は、判例によって考え方が示されています。
ある相続財産を特定の相続人に「相続させる」という遺言があった場合の効果について、判例は、
- 相続財産をその相続人に単独で相続させる遺産分割方法が指定されたものとする
- 原則として、何らの行為を要せず、被相続人の死亡と同時に、相続財産がその相続人に承継される
という立場にたっています(最高裁判所平成3年4月19日判決)。
この効果をふまえて、改正法では、相続させる旨の遺言を、「特定財産承継遺言」という名称で呼んでいます。
もっとも、この点は、呼び方が「特定財産承継遺言」という新しい名称に変わるだけで、内容に影響を与えるものではありません。
法定相続分を超える権利の承継に対抗要件が必要になる
法定相続分とは、法律で法定相続人に認められた、遺産の取り分のことです。法定相続分の割合は、相続人の続柄によって、民法で次のとおりに定められています。
相続人 | 法定相続分 |
---|---|
配偶者と子 | 配偶者2分の1、子2分の1 |
配偶者と直系尊属 | 配偶者3分の2、直系尊属3分の1 |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1 |
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法定相続分の割合については、こちらをご覧ください。
法定相続分とは、その名のとおり、「法律」で定められた「相続分」のことをいいます。民法で、「誰が、どの程度の割合の相続財産を得ることができるか」ということです。 法定相続分は、お亡くなりになったご家族( ...
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法定相続分は、法定相続人が誰になるのかが分かれば、法律で定められたルールにしたがって、計算することができます。
今回解説する「相続させる旨の遺言」の改正ポイントの2つ目は、相続させる旨の遺言で相続した財産について、この「法定相続分を超える」権利の承継があったとき、対抗要件(不動産の場合、登記)が必要となるという点です。弁護士が詳しく解説します。
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不動産の第三者対抗要件については、こちらをご覧ください。
不動産登記のうち、「権利部(権利登記)」の部分については、登記を行う義務はありません。つまり、所有権移転を受けても、登記を行わなければならないわけではありません。不動産登記をすると、登録免許税や司法書 ...
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改正前のルールと問題点
改正前の民法のルールでは、相続させる旨の遺言に基づいて相続した財産については、登記などの対抗要件を備えなくとも、第三者に対して権利を主張することができます。
不動産における登記のように、財産についての権利を主張するためにそなえなければならない手続を、「対抗要件」といいます。自動車における登録も対抗要件の一種です。
たとえば・・・
不動産を例にあげて説明します。
不動産を購入した場合などは、所有権移転登記をしなければ、買主として所有権を主張することができません。不動産のような価値の高い財産については、登記で誰のものであるかを明確にさせることで、不動産取引が混乱しないようにするためです。
ただ、これまでの民法のルールでは、相続の場合には、対抗要件の例外とされていました。つまり、相続の場合は登記をしなくとも、土地や建物を取得したことを、第三者に対して主張できるのです。
「相続させる旨の遺言」によって財産を取得する場合も同様に、「相続」による権利の承継の一種として、不動産についての権利を主張するために登記は不要とされてきました。
しかし、登記などの対抗要件を備えないままでも権利主張できることを認めると、遺言の存在を知らないまま、その財産を購入しようとした者や、差押えをしようとした者に、不利益を与えてしまう可能性があります。
登記を信じて不動産を購入したのに、遺言書で、他の者が相続することとされていた、という場合などがあるためです。
改正後のルール
改正法の新しいルールでは、相続によって法定相続分を超えて権利を取得した場合には、対抗要件を備えなければ、第三者に対して権利を主張することができません。
対抗要件は、不動産であれば登記、自動車であれば登録、債権であれば債務者への通知または債務者による承諾など、財産の種類によって、方法が決まっています。
たとえば・・・
相続人が2人の子どもである場合には、それぞれの法定相続分は2分の1ずつです。子どもの1人が不動産を単独で相続した場合や、ある銀行の預金を4分の3相続したような場合には、対抗要件をそなえなければ権利主張することができません。
相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)によって財産を取得した場合には、できる限り早めに、不動産であれば登記申請、預貯金債権であれば金融機関での手続きを行って下さい。
不動産の場合は、登記の手続きが必要ですので、司法書士に相談することをおすすめします。預貯金の場合は、必要な書類や手続きを、その預貯金がある金融機関に直接問い合わせて確認するとよいでしょう。
遺言執行者の権限が変わる
遺言執行者とは、遺言をのこした方がお亡くなりになった場合に、その方の意思を実現するため、遺言書の内容を書かれた通りに実行する方のことです。なお、遺言があっても遺言執行者がいない場合もあります。
しかし、遺言執行者が遺言を執行するにあたってどこまでの権限をもつのか、何ができて何ができないのかは、必ずしも明確ではありませんでした。改正法では、「相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)」があったとき、遺言執行者の権限の明確化をはかっています。
相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)があった場合の遺言執行者の権限に関する改正点を理解し、遺言書で遺言執行者も指定する場合には、その遺言執行者に何をしてもらいたいかを明確に書いておくことが必要です。
ここでは、「相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)」があったときの遺言執行者の権限について、改正民法で明確化されたものを解説します。
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遺言執行者について詳しくはこちらをご覧ください。
相続財産(遺産)を、大切な家族やお世話になった方にどう分けてもらうかを生前に決めておく方法に、「遺言」の制度があります。遺言の中に、不動産は配偶者(妻や夫)に、預金は子どもに、などと財産の分け方を書い ...
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対抗要件の具備に必要な行為
改正法では、相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)があった場合には、遺言執行者は、その対象財産について対抗要件を具備させるための行為ができることになりました。
これまでの民法のルールでは、第三者が勝手に登記を自分のものにしてしまったという妨害状態を是正する場合などの例外をのぞき、遺言執行者に登記申請の権限はなく、登記を長男名義にするためには、長男自身が登記申請する必要がありました。
これに対して、改正法のルールでは、遺言執行者は、単独で登記申請することができるようになります。これにより、長男と連絡が取れない場合や、健康上の理由により長男が手続きできないような場合でも、登記を長男名義に変えることができます。
物の引渡し
遺言執行者が、相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)の対象となった財産を、その対象となった相続人に引き渡す権限があるかどうかは、法律に定めは置かれませんでした。
原則として、遺言執行者には、目的物を引き渡す権限も義務もありません。もしこの点についても遺言執行者の権限としたい場合には、遺言書にその旨を明確に書いておく必要があります。
預貯金の払戻し・解約申入れ
改正法では、預貯金が相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)の対象になっている場合には、遺言執行者が、その預貯金の払戻しや、解約申入れをすることができます。
ただし、解約申入れは、預貯金の「全部」を相続させることとなっている場合に限られます。
投資信託の解約等
投資信託などの、預貯金以外の金融商品について、それが相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)の対象となっている場合に、遺言執行者に解約等の権限が認められるかは、法律に定めはおかれませんでした。
したがって、基本的には、遺言の内容次第で決まることになります。もし、遺言執行者にこの点もゆだねたいのであれば、遺言の中で、解約等ができることを、はっきりと書いておく必要があります。
配偶者居住権と相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)
配偶者居住権とは、お亡くなりになった方が所有する建物に配偶者が無償で住んでいた場合に、その所有者が亡くなった後も住み続けることのできる権利のことです。2018年の相続法改正により新設された権利で、2020年4月1日から始まります。
似た権利に「配偶者短期居住権」がありますが、配偶者短期居住権は相続開始後6ヶ月程度で消滅する可能性がある権利であるのに対し、配偶者居住権は、配偶者の生存中ずっと権利として存続させることもできます。
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配偶者居住権について詳しくはこちらをご覧ください。
今回は、持ち家の相続に関するお話です。不動産を所有する方の相続では、私たち相続財産を守る会の専門家にも、多くのお悩みが寄せられます。 高齢社会の進展にともなって、夫婦の一方が亡くなったときの、のこされ ...
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配偶者居住権と相続させる旨の遺言(改正後の「特定財産承継遺言」)との関係について解説すると、配偶者居住権は、遺贈や遺産分割によって配偶者に権利を設定できますが、相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)によっては権利を設定できません。
遺贈の場合、遺贈の目的物だけの受取りを拒否して、相続自体は受けるということが可能です。しかし、相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)の場合は、その目的物の受取りを拒否する場合には、基本的に、相続放棄をする(すなわち相続自体を放棄する)しか方法がありません。
相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)によって配偶者居住権を与えるとされた場合に、配偶者が、相続放棄するか、相続をしつつ配偶者居住権を取得するかという選択を迫られるのは、配偶者にとっては酷です(配偶者居住権はいらないが相続するという選択ができない)。
そのため、配偶者居住権は、相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)では設定できないこととされました。遺言書の中で配偶者居住権を与える場合には、「遺贈」によって与える必要があります。
改正法での特定財産承継遺言のメリット・デメリット
特定遺贈と比べた場合の、相続させる旨の遺言(特定財産承継言)のメリットとしては、以下の点があげられます。
メリット
- 受益相続人が単独で登記申請できる(不動産が対象の場合)
- 賃貸人の同意が不要(賃借権が対象の場合)
反対に、特定遺贈と比較して、相続させる旨の遺言(特定財産承継言)のデメリットとしては、次の点があげられます。
デメリット
- 対象財産の受取りを拒否する場合には、相続そのものを放棄するか、他の相続人全員の同意を得て遺産の分け方を変える必要がある
- 配偶者居住権を与えることができない
改正前との違いとしては、特に、相続させる旨の遺言(特定財産承継言)であっても、法定相続分を超える部分の権利の承継については対抗要件が必要となり、この点で、遺贈と比べた場合のメリットが失われる点が大きいといえます。
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いかがでしたか?
今回は、相続させる旨の遺言が、相続法改正によってどのように変わるかを解説しました。遺言書を作成する場合には、相続法改正の内容も理解した上で、財産を誰にどのように与えるかを考える必要があります。
遺言書の作成の際には、民法のルールや相続税にも配慮して、内容を考える必要がありますので、弁護士や税理士などの専門家に相談されることをおすすめします。
遺言書の作成を含む相続対策は、「相続財産を守る会」の弁護士にぜひお任せ下さい。