平成30年10月19日の最高裁判所判決で、遺留分の侵害が争われた事件において、「相続分の譲渡が『遺留分侵害』にあたるかどうか」という点について新しいルールが示されました。
この最高裁判決によれば、相続分の譲渡をした場合に、それが「贈与」にあたり、遺留分を侵害する可能性があるという判断が下されました。この判決の内容は、相続の生前対策や、遺留分をめぐる争いに大きな影響を与えます。
そこで、今回の解説では、最高裁平成30年10月19日判決で示された新しいルールと、最高裁の示した新しいルールと相続法改正を踏まえてどのように相続対策をしたらよいかについて、相続に強い弁護士が解説します。
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遺留分が認められる割合と計算方法は、こちらをご覧ください。
相続のときに、「相続財産(遺産)をどのように分けるか」については、基本的に、被相続人の意向(生前贈与・遺言)が反映されることとなっています。 被相続人の意向は、「遺言」によって示され、遺言が、民法に定 ...
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最高裁平成30年10月18日判決の事案は?
最高裁平成30年10月18日判決のもととなった事案は、次のような事実関係です。
事案の概要
母親が父親の死亡時に、自分の相続分を息子に無償で与えた
登場人物は、父親、母親、娘、息子の4人です。まず、父親が亡くなり、次に母親が亡くなりました。
母親は、父親が亡くなった際に、妻として、遺産を相続できる立場にありました。しかし、母親は、自身の相続分(相続する権利)を、すべて息子に無償で譲渡(「相続分の譲渡」)をしてしまいました。
母親が息子に与えた相続分は財産的価値があった
母親は、自分で相続していれば、相続財産(遺産)をもらうことができました。つまり、母親の相続分には「相続財産をもらえる」という財産的な価値がありました。それを息子に無償で(ただで)あげてしまったのです。
息子だけ相続分をもらったので娘が不満に思った
母親が、もらえるはずの父親の遺産を受け取らず、息子に与えてしまったので、母親の相続の際、娘の取り分が減ってしまいました。
もし母親が父親の遺産を相続していれば、母親が亡くなった時に、その半分は、自分がもらえたはずだったからです。
息子への相続分の譲渡は「遺留分侵害」であると主張した
そこで、娘は、母親が息子に相続分を無償で譲渡した行為は「生前贈与」であって、「遺留分の侵害」にあたると主張して、息子に対して、遺産の取戻しを請求しました。
遺留分とは、相続人に認められた、遺産の最低限の取り分のことです。
母親が息子に財産的価値のある相続分を生前贈与してしまったので、自分が本来もらえたはずの遺産をもらえなかったと主張して争いとなったのが、今回解説する最高裁平成30年10月18日判決です。
「相続分」とは、相続の際の、それぞれの相続人の取り分です。民法では、一定の続柄の親族・血族を「法定相続人」として、法律上相続できる権利(法定相続分)を認めています。「相続分」は、他人に譲渡できます。対価をもらって譲渡(有償譲渡)できますし、対価をもらわずにあげる(無償譲渡)こともできます。
法定相続人のうち、兄弟姉妹以外の人には「遺留分」という、法律で認められた最低限の取り分が認められています。遺留分以下の財産しかもらえなかった場合、「遺留分減殺請求権」を行使して、侵害された分の財産を取り戻すことができます。
今回の事案で問題となったのは、「相続分の無償譲渡が、遺留分侵害にあたるかどうか」という点です。
最高裁平成30年10月18日判決のポイントまとめ
さきほど解説しました事案について、最高裁平成30年10月18日判決で示された新しいルールがどのようなものか、そして、この新しいルールが、相続対策や遺留分侵害をめぐる紛争にどのような影響を与えるかについて、結論をまとめました。
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最高裁の判決の内容は?
はじめに、今回の最高裁判所の判断内容のうち、いちばん重要な部分を引用します。
最高裁平成30年10月18日判決(引用)「共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。」
引用部分に出てくる「民法903条1項」は、特別受益に関する条文です。
簡単に言うと、相続人が被相続人から生前に贈与を受けていた場合には、その財産も元々は被相続人のものなので、「被相続人の遺産の一部」とみなして、相続人の遺産の取り分を計算しましょう、というのが「特別受益」の考え方です。
「財産の譲渡」と同様に、「相続分の譲渡」であっても、生前に行われた場合には「特別受益」の考え方によって、特別な計算方法をすべきである、というのが、今回最高裁判所が下した判決の重要なポイントです。
ポイント
【ポイント1】無償で相続分を譲渡すると、贈与として「特別受益」になる可能性がある
【ポイント2】そのため、相続分の譲渡が「遺留分侵害」となる可能性がある
【ポイント3】遺留分侵害になると、相続分の譲渡を受けた方が、相続した財産を返さなければならなくなる可能性がある
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特別受益が認められる場合と、計算方法は、こちらをご覧ください。
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【ポイント①】「相続分の譲渡」は「特別受益」になる可能性あり
判決は、「共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は・・・譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。」と述べています。
相続分を他の相続人に無償で譲渡すると、生前贈与として「特別受益」になる、ということです。
被相続人が多額の借金をして、遺産がマイナスという場合には、相続人がもつ相続分には価値はありません。しかし、遺産がプラスであれば、相続分(=相続する権利)には財産的価値があります。不動産や預貯金を生前贈与する場合と同様、相続分の譲渡も生前贈与にあたるのです。
もっとくわしく!
特別受益とは、財産の「もらいすぎ」のことです。財産のもらいすぎ(特別受益)があったときには、相続のとき、もらいすぎた相続人の相続財産(遺産)の取り分を減らすルールになっています。
具体的には、特別受益にあたる生前贈与があった場合には、その生前贈与の額も相続財産(遺産)の一部とみなして、相続分の取り分を考えます。
つまり、特別受益がある場合には、その分だけ遺留分を計算する際の基礎になる財産の額が増え、相続人の取り分(相続分や遺留分)を増やすことができます。
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相続財産のもらいすぎを「特別受益」で調整する方法は、こちらをご覧ください。
遺言や、お亡くなりになった方の生前の贈与によって、相続財産(遺産)をもらいすぎの人がいるとき、相続人はどのように対応したらよいのでしょうか。 相続財産を守る会には、「特別受益」に関する次のようなご相談 ...
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【ポイント②】「相続分の譲渡」が「遺留分侵害」となる可能性あり
判決は、不動産や預貯金を生前贈与するのと同じように、相続分の譲渡も生前贈与にあたる場合がある、と述べています。
相続分の譲渡によって、他の相続人が、本来もらえるはずの最低限の遺産すら受け取れない場合には、遺留分の侵害になる、ということです。
相続分の譲渡が遺留分侵害になれば、遺留分を侵害された相続人は、遺留分減殺請求権を行使して、遺産を取り返すことができます。
相続対策・生前対策にどう影響する?
最高裁平成30年10月18日判決が示したルールをふまえると、まず、生前対策(相続対策)を考える場面では、相続分の譲渡をする場合に、「他の相続人の遺留分を侵害していないかどうか」を確認する必要があります。
そして、実際に相続が開始された後では、生前に相続分を譲り受けていた相続人は、遺留分侵害をしたとして、遺留分減殺請求権の行使を受けるリスクがあることに注意が必要です。
逆に、生前に相続分譲渡が、他の相続人などにされてしまった場合には、遺留分を計算し、自分の遺留分以下の相続財産(遺産)しか得られなかった場合には、その遺産を取り戻せる可能性があります。
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相続財産(遺産)が債務超過の場合は?
相続財産(遺産)よりも相続債務のほうが多い場合には、「債務超過」状態であり、相続人がもっている相続分(=相続する権利)に価値はありません。
相続分に価値がないということは、「相続分の譲渡」を行っても、今回の最高裁平成30年10月18日判決の事案とは異なり、「特別受益」とはならないということです。
最高裁平成30年10月18日判決でも、「・・・当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き・・・」とあり、財産的な価値のない相続分を譲渡しても、遺留分侵害とはならないことを示しています。
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相続分を「有償で」譲渡した場合は?
「相続分の譲渡」は、最高裁平成30年10月18日判決のように、家族間で無償で行われることもありますが、有償で譲渡されることもあります。
有償譲渡の場合に、適正な対価で譲渡していれば、そもそも「贈与」ではなく、「特別受益」にもあたらず、したがって、遺留分侵害にはならないこととなり、今回の最高裁の結論とは異なる可能性があります。
ただし、適正な対価よりもいちじるしく低い金額で譲渡した場合には、「贈与」と同様であるとして、遺留分侵害であると判断される危険がありますので、財産的価値の算定に注意しなければなりません。
相続分を「相続人以外の方に」譲渡した場合は?
「相続分の譲渡」は、最高裁平成30年10月18日判決の事案のように家族間で行われることもありますが、世話になった第三者など、相続人以外の人に対して譲渡されることもあります。
相続人以外の方に相続分を譲渡した場合でも、遺留分侵害が生じうることは同じです。したがって、この場合も、遺留分を侵害された相続人は、「相続分の譲渡」を受けた第三者に対して、遺留分減殺請求権の行使が可能です。
2018年相続法改正の施行後は?
2018年の相続法改正によって、遺留分の計算方法や、遺留分を侵害された相続人が行使できる権利の内容が変更されました。
具体的には、遺留分に関する権利は「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」に変わり、遺留分を侵害した人から、財産そのもの(たとえば不動産)を取り戻す権利ではなく、遺留分相当額のお金を請求できるだけの権利に変更されました。
ただ、その他の点では、遺留分を侵害された人の救済があることに変わりはなく、今回の最高裁平成30年10月18日判決が示したルールは、相続法改正が施行された後も変わらず適用されます。
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遺留分制度について2018年法改正のまとめは、こちらをご覧ください。
相続に関するご相談でよく問題となる点の一つが、「遺留分(いりゅうぶん)」です。遺留分(いりゅうぶん)とは、民法で法定相続人に認められた、相続の際の遺産の最低限の取り分のことです。 遺留分は、相続の発生 ...
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今回は、平成30年10月19日の最高裁判所判決で示された、「相続分の譲渡も『贈与』にあたり、遺留分侵害となる場合がある」という新しいルールと、相続対策(生前対策)への影響について弁護士が解説しました。
最高裁判決で示されたルールと、2018年に行われた民法(相続法)改正を踏まえると、生前に相続分の譲渡があった場合、相続分の譲渡を受けた人に対して他の相続人から「遺留分減殺請求権」を主張することができます。
2019年6月30日までの相続について
- 【ポイント1】無償で相続分を譲渡すると、贈与として「特別受益」になる可能性がある
- 【ポイント2】そのため、相続分の譲渡が「遺留分侵害」となる可能性がある
- 【ポイント3】遺留分侵害になると、相続分の譲渡を受けた方が、相続した財産を返さなければならなくなる可能性がある
2019年7月1日以降の相続について
- 【ポイント1】無償で相続分を譲渡すると、贈与として「特別受益」になる可能性がある
- 【ポイント2】そのため、相続分の譲渡が「遺留分侵害」となる可能性がある
- 【ポイント3】遺留分侵害になると、相続分の譲渡を受けた方が、お金を請求される可能性がある
相続対策には、遺留分についての検討が欠かせません。実際に相続が開始した後であっても、より多くの相続財産(遺産)を得るためには、遺留分侵害があるかどうかの確認は重要です。
遺留分の判断には専門的な知識が欠かせません。遺留分の問題は裁判などの争いになることも多いため、相続に強い弁護士に相談されることをおすすめします。