遺留分減殺請求権とは、民法に定められた相続人(法定相続人)のうち、兄弟姉妹以外の人が、少なくとも最低限相続することができる割合を確保するため、より多く相続財産(遺産)を取得した人から取り返す権利のことをいいます。
遺留分減殺請求権は、現在の制度では、相続財産(遺産)そのものを取り戻すことが原則とされており、例外的に、権利行使を受けた人が選択する場合には、「価額弁償」といって、相当額の金銭を支払うことを選ぶことができます。
しかし、遺留分を侵害するような不公平な生前贈与、遺贈などが行われているケースでは、遺留分に関する権利行使をしたタイミングでは、既にその目的物が、第三者に譲渡、売買、贈与などされてしまっているおそれがあります。
そこで今回は、遺留分減殺請求権の目的物が、権利行使時に既に第三者に譲渡、売却されてしまっていたときの対応方法を、相続に強い弁護士が解説します。
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遺留分が認められる割合と計算方法は、こちらをご覧ください。
相続のときに、「相続財産(遺産)をどのように分けるか」については、基本的に、被相続人の意向(生前贈与・遺言)が反映されることとなっています。 被相続人の意向は、「遺言」によって示され、遺言が、民法に定 ...
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遺留分減殺請求権の行使前に、目的物が譲渡・売却されたら?
遺留分減殺請求権は、権利の行使と同時に、その相続財産(不動産・動産・株式など)に対する共有持分権に形を変えるとされています。そのため、目的物が譲渡、売却されて手元になくなってしまったのが、権利行使の前なのか、権利行使の後なのかによる場合分けが必要です。
まず、遺留分減殺請求権の行使前に、財産を多く取得していた人(受遺者)が目的物を譲渡、売却されてしまった場合のルールは、民法に次の通り定められています。
民法1040条1項(受贈者が贈与の目的を譲渡した場合等)減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは、遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。ただし、譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は、これに対しても減殺を請求することができる。
つまり、遺留分減殺請求権の行使前に、その対象となる財産を譲渡、売却してしまった場合の民法のルールは更に、その財産の譲受人が「遺留分権利者に損害を与えることを知っていたかどうか」によって場合分けされています。
遺留分権利者に損害を与えることを知らなかったとき:価額弁償
遺留分権利者が、権利行使をするよりも前に、権利を行使される人が、その目的物を譲渡、売却などしてしまって手元にない状態となってしまったとき、その価額を弁償することとされています。
遺留分減殺請求権を行使される人とは、生前贈与や遺言によって法定相続分以上の財産を得て、遺留分権利者の遺留分を侵害している人のことをいいます。
そして、この場合には、価額弁償の金額は、話し合いで決めますが、話し合いで合意ができない場合、裁判で金額を決めることとなります。
最高裁判例(最高裁平成10年3月10日判決)では、目的物を譲渡したときを評価時として、価額弁償の金額を決めます。遺留分減殺請求権の行使時や弁償時を、財産価額の評価時とするのではないことに注意が必要です。
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遺留分減殺請求されたときの「価額弁償」については、こちらをご覧ください。
民法上、相続人が最低限相続できる財産である遺留分を侵害して多くの財産を得た人は、他の相続人から「遺留分減殺請求権」を行使されるおそれがあります。 遺留分減殺請求をされたとき、不動産(土地・建物)を生前 ...
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現物返還の代わりに、遺留分の権利を行使された人が価額弁償を選択したときには、その弁償額を決めるための財産の評価時は、弁償時とされています。
しかし、これと異なり、既に目的物を譲渡、売却して手元にない場合には、譲渡、売却したときの評価額で利益を得ている可能性があり、譲渡時の評価額で計算をすべきです。
遺留分権利者に損害を与えることを知っていたとき:現物返還
原則として、遺留分減殺請求権を行使するよりも前に目的物がなくなってしまった場合には、遺留分権利者は、金銭を得られるだけです。
しかし、例外的に、遺留分の目的物を譲り受けた人が、遺留分権利者に損害を加えることを知って財産を譲り受けたときには、譲受人に対しても、遺留分減殺請求権を行使することができます。
つまり、この場合には、遺留分権利者は、遺留分の目的物となる相続財産(遺産)自体を手に入れることができます。
遺留分減殺請求権の行使後に、目的物が譲渡・売却されたら?
民法1040条の規定は、相続財産(遺産)を生前贈与や遺贈によって多く取得した人が、第三者に対してその財産を譲渡・贈与した後で、遺留分減殺請求権が行使された場合のルールです。
しかし、この場面とは異なり、遺留分減殺請求権の権利行使の意思表示がされた後で、目的物が第三者に譲渡・売却された場合、どのように対応したらよいのでしょうか。遺留分権利者は、泣き寝入りしかないのでしょうか。
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遺留分減殺請求権の内容証明の作成方法は、こちらをご覧ください。
遺留分減殺請求権とは、民法で認められた法定相続人のうち、兄弟姉妹以外(配偶者、子、孫、直系尊属)がもつ、遺言などによっても侵害されずに相続できる相続分のことをいいます。 生前贈与や遺言による贈与(遺贈 ...
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譲受人への遺留分減殺請求はできない
遺留分減殺請求権の権利行使の意思表示がなされた後で、遺留分の対象となる目的物を譲り受けた第三者に対しては、遺留分減殺請求権は行使できないものとされています。
第三者に対しても、遺留分を侵害することを知っていた場合には、遺留分の権利を行使できることを定めた民法1040条は、遺留分の権利行使前の譲渡を前提としたものであるためです。
そのため、相続財産(遺産)を譲り受けた第三者が、遺留分を侵害することを知っていたとしても、知らなかったとしても、遺留分減殺請求権を、権利行使後に財産を譲り受けた第三者に対しては行使することができません。
対抗要件(不動産の登記)を先に備える必要あり
それでは、遺留分減殺請求権の権利行使の意思表示後に、その目的物となる財産を第三者に譲渡されてしまった場合には、遺留分権利者はどのように対応したらよいのでしょうか。
遺留分減殺請求権は、さきほど解説しましたとおり、権利行使と同時に、その財産に対する共有持分権に形を変えます。そのため、不動産を目的物とする場合には、不動産の「二重譲渡」に近い形となるわけです。
そのため、遺留分減殺請求権の行使後に、目的物である不動産が第三者に譲渡された場合には、先に登記を備えたほうが、その不動産に対する所有権を主張することができます。このように対抗要件の先後によって優劣が決まる関係を「対抗関係」といい、この登記を「第三者対抗要件」といいます。
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不動産登記の第三者対抗要件については、こちらをご覧ください。
不動産登記のうち、「権利部(権利登記)」の部分については、登記を行う義務はありません。つまり、所有権移転を受けても、登記を行わなければならないわけではありません。不動産登記をすると、登録免許税や司法書 ...
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処分禁止の仮処分を行う
「対抗関係」にある場合には、対抗要件を先に備えたほうが所有権を主張できます。目的物を譲り受けた第三者が、先に不動産登記を備えたとき、遺留分減殺請求権によって獲得した所有権(共有持分権)は主張できなくなってしまいます。
共有持分権を登記するためには、「共同登記」となるため、実際には、譲り受けた人よりも先に登記を備えることは非常に困難です。このような可能性がある場合、遺留分減殺請求権を行使したらすぐに「処分禁止の仮処分」を行います。
ただし、登記がなければ所有権を主張できないのは、正当な利益を有する第三者に限られます。そのため、財産を譲り受けた人が、遺留分侵害をわかって悪意をもって譲り受けた場合には「背信的悪意者」として、登記がなくても所有権(共有持分権)を対抗できます。
遺留分減殺請求権には期限がある
遺留分減殺請求権の行使には、期限があります。具体的には、相続の開始(被相続人の死亡)または贈与・遺贈があったときから1年を経過すると、時効によって権利が消滅します。
相続開始(被相続人の死亡)のときから10年が経過したときにも、遺留分減殺請求権は消滅します。
そして、この権利の期限は、遺留分減殺請求権を、生前贈与や遺贈によって相続財産をより多く取得した人(受遺者)に対して行う場合であっても、さらにその受遺者から譲り受けた第三者に対して請求する場合であっても同様です。
したがって、まずは、遺留分減殺請求権を、できるだけ早く、配達証明付き内容証明郵便など、証拠に残る形で行使するのが先決です。
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遺留分減殺請求の期限(時効・除籍期間)は、こちらをご覧ください。
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いかがでしたでしょうか?
今回は、遺留分減殺請求権の前後のタイミングにおける、相続財産の第三者への譲渡・贈与などと、遺留分権利者の権利を保護する対応方法について、弁護士が解説しました。
遺留分を認められており、遺留分減殺請求権を行使したのに、もらえるはずの不動産(家・建物)などの相続財産がもらえない事態となってしまわないよう、タイミングと前後関係にあわせてよく理解し、登記が必要な場合などにご注意ください。
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