相続、不動産に関する支援をおこなう司法書士は数多くいます。その中でも、今回は、地域に密着し、曾祖父より代々、地元大田区の相続、不動産に関する支援をおこなう司法書士を紹介します。
相続・事業承継の支援は、司法書士にとって、お客様に対するサービスとして行うものではありますが、四世代にわたって司法書士事務所を継続したことから、事務所内の事業承継にも尽力されたのではないでしょうか。
士業事務所も、内情は中小企業と同様であり、自身の事業承継を円滑に進めた経験は、地元の中小企業の経営者のお悩み解決に、直接生かすことができます。
今回は、大田区大森で、地元密着の身近な法律家として、四世代80年にわたって司法書士事務所を経営する、菱田司法書士事務所、四代目司法書士の菱田陽介先生にお話を伺いました。
菱田司法書士事務所
四代目 菱田陽介
当事務所は、大田区大森にて地域密着型で、四世代80年にわたって相続、事業承継、不動産を中心に業務を行う司法書士事務所です。
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司法書士を目指したきっかけは?
――菱田先生は、物心ついたときから、司法書士事務所の経営を間近で見てこられたわけですよね。最初から、司法書士になりたい、ご実家の家業を継ぐのだ、と考えていたのでしょうか?
菱田(以下、敬称略):そんなことはありません(笑)。「代々司法書士の家系」とはいっても、子どものころは司法書士の仕事はよくわかりませんし、子どものころは親の仕事を説明できませんでした。
――幼い頃のご記憶で、実家の司法書士業務を意識したご経験はありますか?司法書士家系ならではのご経験などございましたら教えてください。
菱田:家が二世帯であったため、同じく司法書士であった祖父とも同居していましたし、経営していた司法書士事務所が、通っている小学校の向かい側にあったこともあり、父と祖父が一緒に働く姿を見ていました。
ですので、私も親子で働くことには、まったく違和感がありませんでした。私も父と働いてみようかな、と思ったら、父の職業が司法書士であった、というのが正直な印象です。
――代々継いでいこうという思いが「初めから」あったわけではなかったとしても、お父様が司法書士ですと、司法書士の仕事に入りやすいでしょうね。司法書士のお仕事を間近で見て、どのように感じていましたか?
菱田:父は、司法書士の仕事を楽しそうにしていましたので、子どもながらに「楽しい仕事なのかな?」と思っていました。事務所にお客様もよくお見えになりますし、人の役に立っている仕事だと漠然と感じていました。
祖父は「昔の男」という印象でしたから、小さい頃は怖かったですね。
大田区・大森に密着したバラエティに富んだ業務
――現在、司法書士としてはどのようなお仕事が多いですか?
菱田:まずは、司法書士の専門領域である登記業務が多いです。
当事務所でお取り扱いしている不動産登記は、相続に関連するものが圧倒的に多いですが、不動産売買に関する登記や離婚に伴う登記のご依頼もあります。
相続の仕事は、人が亡くなった後は遺産相続の手続き代理業務です。最近は長生きされるので、相続人も高齢であったり、相続人同士が近くに住んでいなかったりと、だれかが仲立ちしないと相続が進まないことが多いと感じます。
――遺産相続に関する登記業務を特に多くお受けになっていらっしゃるのですね。最近相続業務が増えていると感じますでしょうか?ご経験がございましたら教えてください。
菱田:人が亡くなる前の相続の仕事、特に、生前贈与、遺言書、民事信託の相談、依頼が増えています。
法律を積極的に使って財産をコントロールしようとする流れがもっと大きくなってほしいです。高齢化の影響か成年後見に関する相談も多くなりました。
これらの業務が半分で、もう半分が会社等の法人登記の仕事です。会社の設立や、本店移転、役員変更、合併等の登記手続きの代理業務です。登記手続きだけの仕事もありますが、登記までに至る会社内での法務の相談が増えました。社会からコンプライアンスが求められている影響ではないでしょうか。
――大田区・大森に密着して80年とお聞きしていますが、特に地域制から来る特色などを踏まえて考えると、他の司法書士事務所との違いはどのような点ですか?強み、メリットなどありましたら教えてください。
菱田:大田区、品川区のお客様が多いのですが、この地域は住宅街もありながら、企業も多いので個人、法人の様々な相談が寄せられます。
長く住んでいる住民が多い地域なので相続や借地などの生活に身近な相談が多いです。港区や千代田区のオフィス街の司法書士事務所に比べると依頼内容のバラエティが多いのではないでしょうか。
あと、ふらっと相談に来られる方も多いのも地域性かもしれませんね。買い物ついでに銀座のオフィスに立ち寄ることもないでしょうから。
ーーそれにしても、四世代80年という長い歴史はすごいですね。やはり、周辺地域のお繋がりの方からのお問い合わせが多いのでしょうか?どのあたりまでが「周辺」でしょうか。
菱田:大田区の大森、山王エリアと品川区の大井のお客様が多いです。
祖父のお客様の相続のお仕事も多いのですが、祖父のお客様は大森エリアに加え、池上や久が原、田園調布が多いです。
周辺の住民の方にも、知り合いがだんだんと増えました。街中、駅、レストラン、スーパーなどでお客様に会うことが増えましたね。この前は、案内されたレストランの席がお客様と近かったので、お店が気をつかっていただき、席を移動してくださいました。
四世代80年にわたる事業承継の歴史を生かす
――菱田先生から見て、中小企業の事業承継の現場で、実際に問題点となるのはどのような点でしょうか?
菱田:企業ごとにコンディションが違うので一概には言えませんが、やる気のある後継者がいる前提として、先代との関係を含めた人・組織の問題、財務の問題、これからの時代に合ったビジネスモデルの問題、株式を含め会社の統治基盤を整える問題は必ず立ち向かうことになります。
――お客様の事業承継をお手伝いするだけでなく、菱田先生の事務所でも、四世代間の事業承継を経験していますね。菱田先生の事務所では、どのような点が、お父様からの事業承継の際に特に問題となりましたか?
菱田:「所長の息子」ではあるものの、最初に入所したときは見習いのような姿勢でした。とにかく自分の事務所の仕事を覚えることで精一杯だったので、話合うのは案件の担当と経費分担くらいでした。
しかし、だんだんと私も仕事を覚え、自信もついてきて、私の代で今後どうしていこうか将来の方針を考えるようになってからは、先代の思考、行動と私のそれらがマッチしなくなってきました。
先代とは35歳差ですから、考えることが違って当然なのですが、思った通りにならない状況にストレスを感じることもあります。
――先代所長との年代の差は、大きなギャップを生みそうですね。同様に、先代の頃から事務所にいる社員との軋轢などもご経験されたのではないでしょうか?
菱田:具体的なトラブルがあったわけではないですが、先代が採用した社員は、私が給与を払ったとしても「先代の社員」なのだということも実感しました。
人間関係は理屈ではないなということを勉強しました。
――司法書士事務所の事業承継をするにあたって、そのような様々な苦難を乗り越えていったわけですね。
菱田:まだ現在も、苦難を乗り越える「道中」ではありますが、現在は、承継を急がなくてよかったと感じています。私も20代と若いうちに司法書士になれたのと、先代も60代前半で健康でしたから、焦る必要はありませんでした。
定期的に食事に誘ったこと。そこで仕事を含め、お互いの今後の描いているキャリアを話合ったことが功を奏しました。親子でも思っていることはわかりませんので、落ち着いて話し合う機会を設けることを心掛けています。
事務所の財務状況を開示してもらったり、取引先との関係性を教えてもらったりと、基本的に後継者側からアクションを起こすことが必要な場合も少なくありません。
――特に、司法書士事務所となると、事業承継ではお客様の信頼をつかむことが重要なのではないでしょうか。菱田先生が、お父様からお客様を承継するにあたって、どのような点に注意して進めていきましたか?ポイントがあれば教えてください。
菱田:司法書士の業務では、依頼者に、「自分の理解者」だと思ってもらえないと仕事ができません。
先代からのお客様の承継は、お客様の前で、「でしゃばらず、でもフレッシュさを伝える。」ことに気をつけました。これは、ある時代小説から学んだ態度です。江戸時代の優秀な商家の跡取り息子の描写からヒントを得ました。
――司法書士事務所の後継者(四代目)でよかったと感じるのは、どのようなときですか?
菱田:当事務所のメリットとして、後継者がいることでお客様に安心してもらえることが多いので、その時は後継者である価値を感じます。
――菱田先生は、JC(青年会議所)にも加盟していらっしゃいますね。理由や、よかったことなどはありますか?
菱田:私がJCに加盟した理由は、友達をつくりたかったからです。同年代の友達ができるからおいでよ!と誘われ、どんな団体かわからず、そのまま入会しました。
入会して気づきましたが、青年会議所には後継者の立場でなければわからない悩みを抱えた経営者が多くいます。そこで聞く後継者の悩みや、普段見せない弱気な部分を垣間見れることはいろいろな発見がありましたし、そんな仲間のためにももっと後継者支援の勉強をしようと思いました。
司法書士事務所を承継した経験で、お客様の相続・事象承継をサポート
――菱田先生自身が、司法書士事務所を承継したご経験が、お客様の相続・事業承継のサポートに生きたご経験はありますか?エピソードなどありましたら、教えてください。
菱田:祖父の相続、祖母の介護の経験は、お客様の理解にとても役立っています。
4代目ということもあり、後継者の方々からは仲良くしてもらいやすのかなと思います。一方で、事務所の承継の経験が役に立つのはこれからであると、気を引き締めています。
――菱田先生が、相続・事業承継に関するお仕事に取り組むにあたって、気を付けていることはどのような点ですか?お仕事のやりがいはどのような点にあるのでしょうか。
菱田:相続は波を立たせず、速やかに財産を移転させることが重要ですので、依頼者との信頼関係の構築に力を入れます。相続の話を人前で話す機会が増えましたので、私の経験をお伝えし、積極的に相続を準備する方が増えるとうれしいです。
事業承継の主役は後継者ですので、後継者と私のポジショニングに気をつけます。私が先に行くようなことがあってはいけませんし、後継者を支える姿勢を崩してもいけません。
後継者を支援する仕事は、人を応援する仕事ですから、やりがいがあり楽しいです。
――最後に、相続・事業承継問題に直面している経営者や、特に、菱田先生と同様に後継者の立場にある方に向けて、一言メッセージをお願い致します。
菱田:相続と事業承継が同じように語られることが多いですが、まったく別の問題です。
相続はいやでも自然発生して、その後も法律や裁判所での手続きが用意されていますので、受け身でもどうにかなりますが、事業承継は受け身ではいけません。
先代のもと、走り続けている会社を自分のものにしていくための能動的な活動です。それを円満に行えることが許されている唯一の存在が後継者だと自覚して頂く必要があります。